第3話 化物のための指令

 叫び散らかしてから暫くした後、思考が出来るほどに落ち着いた俺は、目の前の少女をマジマジと見つめていた。


 対する少女は俺を見つめ返し、返答がないからというように愛らしく小首を傾げている。可愛い。

 いや、そうではない。一先ず言葉を出さなくては。


「えと、もう一回名前を言ってもらっていいか?」

「アイデアル。マスターの名前は?」

「……マスターって、俺のこと?」

「肯定。それ以上でもそれ以下でもない。私が観測する生物の中で、貴方は最も知性ある生物の一人。だからこそ、私は貴方を宿主として選んだ」


「…………俺の名前は、イナテス。そう、呼んでくれ」

「了解、イテナス」


 ……言葉から感じられる、凄まじい人外感。

 少なくとも俺の記憶では、幼い子供はこんなに知性を有した発言はしていない。

 あったとしてもそれは神童以外にあり得ないし、神童がたまたま俺の病室のベッドで寝ていたという奇跡みたいな偶然があるわけ無い。


 たった今俺の中では、あの小さな部屋にいた黒い化物と、目の前の少女とのイコール関係が結びついた。

 外は今、夏真っ只中で日光が強く降り注ぎ暑くなっているが、目の前の少女が化物だと認識した途端、全身に伝う冷や汗で季節外れの涼しさを経験する。


 何かの夢であってくれと頬をつねったが、鈍い痛みと仄かな指の暖かさが伝わっただけであった。


「イテナスは、何故頬をつねった?」

「……いや、気にしないでくれ」


 何故こうなったのだろう、と思う。

 神の気まぐれと言われれば、確かにそうなのだろう。最も、その場合神に該当するのはあの老いぼれていて偉そうなクソジジイになるのだが。

 俺が試験で少し点数が低ければ、そもそも入隊を志望していなければ、家族が病気でなければ、兵隊に憧れなければ……いろいろな分岐点が頭の中で堂々巡りとなる。


 程なくしていっその事ふて寝してしまおうかと思ったその時、部屋をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 俺はそう即答したが、そういえば俺は端から見れば見知らぬ少女を病室に入れている変質者とならないか? と頭の片隅に疑問が浮かんだ。

 もう少し時間があったらそういえば病院自体関係ない人物は立ち入りが禁止されているからそんな可能性はないのだと解決するが、そんな事を考えること自体、どうやら杞憂だったようだ。


 室内に入ってきたのは、他でもない俺をアイデアルの宿主にした、あのクソジジイ――もとい、『パクス共和国直属陸軍大佐』の肩書を持つスパモン・アルトベットであるからだ。


「失礼する……と、どうやら無事起きたようだな」

「っふぅ……」


 分かるか分からないかぐらいのため息をついて思考を整える。

 上司で無ければ今すぐに顔面を殴り飛ばしたかった。


「イテナス、体調はどうだ?」

「概ね、良好かと」


 ふむ、と一度俺の顔を見た後、視線はすぐにアイデアルの方へ向けられる。


「剣ではなく、少女なのだな」

「……? それはどういう意味ですか?」

「アイデアルは、宿主の心理に合わせてその姿を変える……何、単にコヤツが珍しい姿をしているから気になっただけよ」


 期待しているぞ、そう声をかけた後、スパモン大佐はドアノブに手を掛ける。

 それから何か言い忘れた事があるように、こちらの方を振り向いた。


「少し休憩した後、アイデアルと共に執務室に来い。退院手続きは済ませてある」

「分かりました」


 スパモン大佐が部屋を出ると、沈黙が訪れる。


「行くか……」





 病院から退院し、アイデアルを連れて外に出る。

 仲良く――いや仲良くはないが、アイデアルと手を繋いで訪れたのは、巨大な洋館。

 パクス軍事局と呼ばれる、軍の中枢施設であった。


「失礼します」


 2階建てで構成されるこの施設の2階、その一室にスパモン大佐が仕事を行う執務室がある。

 だがしかし、そこは随分と質素な執務室であった。強いて豪華な物を挙げるとするなら、部屋の隅の棚にギッシリと詰まった、表彰状やトロフィーだろうか。

 ともかく、家具のありとあらゆる場所に職人が彫った装飾も無ければ、素人目でも分かるような作品が飾られていたりもしていない。


 正面の事務机に座っていたスパモン大佐は、手を止めてこちらを見つめる。


「……この部屋は、儂の若い時代からの癖が残っておるだけよ。豪華な物で綺羅びやかに飾るより、多少人間味を残しただけの最低限の飾り付けが儂の性にあった、それだけだ。あぁ、そこのソファにでも座るがよい」

「え、えぇ。分かりました」


 俺はアイデアルの手を引き、目の前にあったソファに座る。

 少し硬めの座り心地であった。


「硬い」

「化物でも感想は述べるのだな。……っと」


 事務机から離れたスパモン大佐は、俺らと向かいのソファに座り、何かが書かれた紙をいくつか机に置く。


「手に取って見るといい」


 一つずつ手に取って目を通す。

 少しずつ読み進めて、俺は血の気が引いていくのが分かった。


「さて、ここに書いてある通り、お主にはこれからアイデアルの試験運用……もとい、儂からの指令を受けてもらう。それが今日お主を呼んだ理由だ」


「兵卒には些か酷い内容ではあるが、アイデアルの宿主である貴様に殆ど無いし、それに軍は不要な事をせん。そこに書かれてあるのはかつて国で打首モノの大罪を犯した咎人とがびとのリストと……その処分に関する指令書だ」


 俺は簡単に目を通した後、その紙から一際濃い字で書かれた事を――すなわち、指令書に書いてあることを読み取る。

 全てを一言で述べるなら、それは「殺し」であった。

 これは論ずるまでもない事だが、人間はそう劣悪な環境に取り込まれたり、狂気に取り憑かれたり、ともかく精神がそう振り切らない限り、人を殺すなんてことはあり得ない。


 俺もその一端で、今の今まで人を殺した事なんてない。

 軍に就いてからある程度覚悟はしていたつもりだが、こんなに早く訪れるとは思っていなかった。


「これからお主には、人間の血肉をその少女化物にたんと吸わせなきゃならん。そうしなければ、こやつは我々の望む兵器たりえんからだ」


 スパモン大佐曰く、アイデアルは人間の血肉を養分として溜め込み、それを元に魔法のような技を使うらしい。

 それこそがアイデアルが兵器足り得る理由だそうで、今回は俺がアイデアルの扱いに慣れてもらうのと同時に、アイデアルがその技を扱えるようにするのが目的だそうだ。


「――と言ったところだ、紙は渡す。決行は明日、集合場所と時刻は依頼書に記してある。では、下がって良いぞ」


 初作戦が明日なのか、という所にストレスが掛かるが、上司命令は逆らえぬため、アイデアルの手を繋ぎ、礼をして執務室から出る。

 瞬間煌びやかな装飾が廊下を埋め尽くしているような様を見て、まるであの執務室とこの空間は何らかの魔法で繋げられているのではないかと、そんな錯覚を覚えた。


「アイデアル、行くぞ」

「どこへ?」

「俺の家。母さんと一緒に住んでいるんだ。訓練は何故か今日から免除らしいし、それに何故か寮の部屋は使えなくなったらしいし……今日は一旦状況を整理したいから、早めに帰る事にする」

「わかった」


 そうして足早に軍事局を出た後、寮へ一直線に向かう。

 途中、一緒に軍に入隊した友と出くわしたが、端から見たら友が突然少女を連れ回している光景の為、友は不思議そうにして俺と少女を見つめるだけだった。

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