第2話 それは少女であり、相棒であり、異形である
――馬車に揺られる感覚がする。
瞼を擦り目を開けると、城壁に囲まれた巨大な都市が見えていた。
『パクス共和国』と呼ばれる国は、15世紀に成立した国家であり、この時期には珍しい共和制をとった国家である。
とはいえ、その制度は現代のアメリカやその他南米などが採用している大統領制に限りなく近い。
そんなパクス共和国の首都が、今目の前に見えている『オーラレ』。20万もの人が住む巨大都市である。
ぼーっと手綱を握りながら、そういえば俺はオーラレに用事があって遥々馬車を動かしてきたのだと、今更ながら思い出していた。
馬が律儀に道路を走ってくれていたのもあって、都市には後もう少しで着きそうだ。
それと同時に、さっきまで見ていた夢を思い出す。
正確に言えば、夢ではなく過去の話。
それはパクス共和国の一兵隊として入隊してから日も経たない頃に起きた、人生の分岐点。
俺が「相棒」と呼ぶ異形の存在に出会った日だ。
俺は馬車の後方に目をやって、荷台の中で丸まって寝ている相棒を起こす。
「そろそろ着くぞ、起きろ〜」
「んぅ……」
獣皮で作られた継ぎ接ぎの布団に包まって餅のようになっていた相棒は、モゾモゾと布団から這い出る。
布団から最初に出したのは、西洋人形のように整った可愛らしい顔であった。
――剣が割れてから、一秒が経ったか経たないかだったか。俺は気がつけばベッドの上にいた。
あんな酷い気絶の仕方をしたのは初めてなもので、あの後目覚めて飛び起きた時には、滝のように冷や汗をかいたのを今でも覚えている。
落ち着いてきた頃、自分の精神を安定させようとして、俺はあの出来事をただ妙に生々しかっただけの悪夢だと思い込む事にした。
軍事局内の隠し通路。
正気を著しく削る長く暗い地下の廊下。
その先に封印されていた、深い黒。
それでも、俺はそれが現実なのだと認識してしまう。
あの廊下で持った燭台の感触を覚えている。
鼻を曲げるような腐敗臭を覚えている。
血肉の中から見えたあの頭蓋骨を覚えている。
――視界を覆い尽くす黒より黒い漆黒を、覚えている。
断片を思い出すだけでも戦慄する、そんな記憶を一刻も早く消したい、早く日常に戻りたい、そんな強迫観念にも近い感情は、俺をベッドから突き動かす。
だが這い出ようとした時、不意に何かが当たる感覚がした。
それは人に触れた時のような生暖かさを持つ感触で、横を見ると、小さな人の形をする不自然な膨らみがあった。
耳を澄ますと、小さな呼吸音が聞こえる。寝ている、のだろうか。
「だ……誰だ?」
困惑した。俺にはこんなに小さな弟や妹がいた覚えがない。そんな友人もいない。
ならば、早急に中に誰がいるのか確かめ無ければならないと、俺は恐る恐る布団を捲る。
親指と人差し指で摘みつつ、何時でも逃げれるようにベッドから両足を出しながら。
そうして中から出てきたのは――
――白色の髪が目立つ幼い少女であった。
「しょ……うじょ!?」
思わず大きな声が出てしまい、少女はピクッと身震いをする。
申し訳ないと感じた。
(どうしよう、この女の子は誰の子だ? 親御さんと間違えて来たのか? いやだとしたら一人でここに来るのはおかしいそれに俺の記憶にこんな綺麗な女の子に出会った覚えはないしとなると起きた時にできるだけやんわり部屋が違う事を伝えた方がいやでも――)
噛み合わない歯車が空転をし続けるように平行線上の問いを延々と考えるうちに、女の子はムクリと起き上がる。
すると、俺が今着ているような簡素な病衣を、この子も身に纏っているのが分かった。
(患者……? いや、にしては健康そうだ。血色もいい。となるとなんで……)
また俺が思考の海に入りかけると、ふぁ、と欠伸を一度してこちらと目が合う。
見たことのないほどに透き通った、赤の瞳だった。
「……自己紹介が、まだだった」
ふわりとした声で、女の子は話す。
何ともマイペースだな、と思うのも束の間、衝撃の言葉が女の子より明かされた。
「アイデアル。人間からは、そう呼ばれてる。宜しく、
「は?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
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