第31話
クランへ到着すると、すでにアナスタシアの危機的な状況は伝わっていた。
シルヴィアが派遣していた使用人が、クランの主要メンバーへ迅速に情報を伝達してくれていたからだ。
クランハウスへ入ったところで、リーリエが丁寧に頭を下げてからシルヴィアに声をかける。
「シルヴィア様。すでに作戦室のほうへ幹部の者たちは集めています」
「分かったわ、ありがとう。リーリエ。クリストフさん。私は幹部たちと作戦会議を行うわ。リーリエは引き続き、寄生型の魔物についての情報を整理しておいてちょうだい。クリストフさんも、そちらの方に向かってもらうと助かるわ」
「分かったよ」
クリストフはゆっくりと頷き、去っていくシルヴィアの背中を見送った。
それから、クリストフはリーリエと合流し、資料室へと向かった。
資料室では、すでに数名の治癒班メンバーたちが山のような資料と格闘していた。テーブルの上には、ギルドから提供されたばかりであろう羊皮紙の束や、過去の寄生型魔物の討伐記録などが広げられている。
「リーリエ、何か魔物について分かったことはあるのかい?」
「いえ……それが同じ症状のものは見当たりません。武器を介して寄生するというのは……。ギルドが暫定的に名付けた――ナイトメアファントムという魔物と同じようなものはない状況です」
「……そうか」
クリストフも資料室内にて集められた情報へと目を通していく。
「ナイトメア・ファントム」の断片的な情報、そして過去に確認された様々な寄生型魔物の特性や、それに対する治療法……あるいは失敗例が詳細に記されていた。
クリストフは元々、寄生型の魔物については詳しくないため、それらに目を通していく。
一つ一つの情報を慎重に読み解き、リーリエに次々と質問を重ねていく。寄生型魔物への干渉の仕方、何よりも治癒士として打つ手があるのかどうか。
「……一般的な寄生型魔物であれば回復魔法で対抗できる場合があります。魔物自身が神聖な力を極端に嫌うためですね。しかし、ナイトメアファントム、そしてそれに汚染されたアナスタシア様は、それらを遥かに凌駕する邪悪な力を持っている、とローゼンリッターの方々から言われています。……同行していた治癒士もそれなりに腕の立つものだったようですが、彼らの全力の回復魔法が黒いオーラに触れた瞬間に霧散し、全く効果がなかったとなれば――中途半端な治癒士では治療は不可能だと考えられています」
リーリエの説明は、状況の深刻さを改めてクリストフに突きつける。彼は腕を組み、資料から顔を上げると、眉間にしわを寄せるように考え込んだ。
回復魔法が通用しない。
「そうか」
それは、アナスタシア嬢に残された時間が、刻一刻と失われていることを意味する。
脳裏に浮かぶのは、シルヴィアの悲痛な表情だった。
――この迷宮都市に来てから、彼女には助けられてばかりだ。Sランク冒険者として、クランリーダーとして、常に気丈に振る舞っている彼女だが、友人を失うかもしれないという悲しみは、きっとその心を押し潰さんばかりだろう。彼女の力になりたい。彼女の笑顔を守りたい。
その想いが、クリストフの胸の奥から強く湧き上がってくるのを感じた。そして、それはアナスタシア嬢自身に対しても同じだった。
もし、自分にできることがあるのなら――。
クリストフは、意を決したように顔を上げ、リーリエの目を真っ直ぐに見つめた。
「俺の回復魔法ならどうだろうか」
その言葉には、決して自信があるわけでも、自分の力を過信しているわけでもない。ただ、これまで自分が施してきた「触れる」治癒が、他の治癒士たちの魔法とはアプローチの仕方が違う。
だからこその純粋な疑問だった。自分にできることがあるのなら、どんな小さな可能性でも探りたいという一心だった。
「クリストフ様の、でしょうか」
「すまないね。こんなことを聞いてしまって。……あまり俺は、自分の能力をよく把握していなくてね。第三者の意見を聞いてみないことには、判断ができないもので。……どうだろう?」
「……それは――」
リーリエはぽつりと息を吐いてから、まっすぐに目を向ける。
「――可能かもしれません。クリストフ様の魔法は、私たちが知る魔法とは少し異なります。可能性は、ゼロではないかもしれません」
その言葉は、リーリエ自身の願望も含まれているのかもしれない。しかし、クリストフにとっては、その微かな可能性こそが全てだった。彼は黙って頷き、そして静かに問いかけた。
「そうかい。なら、話は早い。直接俺が同行すれば、解決の糸口が見つかるかもしれない、ということだね」
「ですが……クリストフ様。迷宮内は危険です。たとえ奥の階層でなくとも、今回はユニークモンスターが関わっています。何が起こるか……」
「危険は承知の上さ。だがね、若い君たちが命を懸けて前線で戦っているのに、このおじさんだけが安全な場所で腕を組んでいるわけにはいかないだろう? 治療、できる可能性もあるわけだしね」
クリストフはそう言ってから、笑みを浮かべる。
「それに――俺自身が彼女を助けたいと思っているんだよ。治癒士というのは、患者の命を救うためなら、どんな場所へだって踏み込むものだろう」
クリストフがそういうと、リーリエは小さく息を漏らした。
「そう、ですね……。まさに、その通りでございます。こちらとしても、クリストフ様の安全を最優先に考え、万全の護衛を用意するように手配いたします」
「ありがとね。それじゃあ、あとはシルヴィアに、このおじさんのわがままを伝えに行こうかな」
「……はい。お願いいたします」
クリストフは静かにうなずいてから、資料室を後にした。
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