第23話
「……君が、どんなことを背負っているのかは、俺には分からないけど。でも……今はそう思っていても、人生というものは、どこに転がるか分からないものだよ」
「……それは――」
「俺だって、若い頃に抱いた夢は叶わなかったさ。だけど、今はそれなりに楽しくやっているんだ。生き方なんて、いくらでもあるものでね。いつか君にも、心から笑える日が来るはずだ。……君をそうさせてくれる人や物と出会えるかもしれないしね」
「……」
「……そんな君の未来を、俺は見てみたいよ。だから……もう少しだけ、生きてみないかな?」
ファナは、彼のこれまでの人生を思い浮かべながら、その言葉に心を揺さぶられていた。
彼も、自分とは違う意味でこれまで苦労してきたのだろう。
それでも、今はこうして誰かのために生きる彼を見て、ファナの心の奥底に沈んでいた「諦めたくない」という感情を、揺り起こした。
「……わかった。やってみてくれないか」
ファナはそう告げた。
「ありがとう。……ただ、俺の回復魔法は少し特殊でね。直接、患部に触れないといけないんだ。痛かったら言ってね」
触れる、という言葉に、ファナの心に僅かな疑問が浮かぶ。
(触れる魔法……聞いたことがないな。……まあ、なんでもいいか。今の何もない私を仮に少しでも治療できたとすれば、この男の心も満たされることだろう。……ここまでしてくれたこの男に、せめてものお礼としてそのくらいは返したい、な)
クリストフの手が、彼女の不自由な左腕に触れた。
その瞬間、ファナの全身を、今まで感じたことのないような、力強くも優しい魔力が駆け巡った。
(な……なんだ、この魔力は……!? 生命力が……あふれ出すかのような、神聖な……神聖すぎる力……っ)
彼の手から放たれる淡い光が、彼女の腕を包み込む。死んでいたはずの神経が繋がり、筋肉が再生し、痺れと痛みが嘘のように消えていく。ファナは、恐る恐る、自分の意志で左腕を動かしてみる。
――動く。かつてのように、自由に。
「目も治療するよ」
「あ、ああ」
クリストフの手が、ファナの右目の傷跡へと伸びてきた。
同じように温かい光が注がれると、永遠に失われたと思っていた視界に、再び光があふれ出す。
先ほどから起きる奇跡の連続。それにファナはただ、茫然としていることしかできなかった。
「こんな感じかな。これで、目の傷は癒えたはずだ。確認するかい?」
クリストフが鏡を持ってきて、そこに映った自分の姿を見て、ファナは絶句した。
傷跡は消え、両の瞳がかつての力強い輝きを取り戻していた。
「……まさか、こんな――」
「あとは、魔力回路、だね。傷の原因は心臓のところにあるみたいだ。胸元に触れるけど……いいか?」
「……た、頼む」
もはや、ファナにためらいはなかった。彼女は、クリストフの治療を受け入れるように服を脱いだ。
そして、クリストフの手がゆっくりとファナの胸元へと伸びる。
彼の手が振れる。そこから魔力が流れ込むと、やはり奇跡のようなことが起きる。
ズタズタにされていた魔力回路が修復され、体中に力がみなぎっていく。以前よりも、さらに魔力が研ぎ澄まされ、強化された魔力回路を、ファナは実感する。
(……彼の回復魔法が、私の肉体を活性化させているのか……っ)
失われた全てを取り戻したファナは、早速風の魔法を展開する。
以前のように、いや以前よりも素早く展開できた魔法が近くの物を一瞬持ち上げ、元の位置に戻る。
完全に使えるようになった魔法に、ファナは涙をこぼした。
「……まさか、またこんな……魔法を使えるようになって……」
「良かったよ。俺の力で何とかなるくらいの怪我で」
微笑を浮かべていたクリストフに、ファナは涙をぬぐいさる。
これほどの方に、立ち尽くしたままというのは失礼だ。
彼の足元へ、膝をつく。
「……ちょっと? どうしたんだ?」
戸惑っている様子のクリストフへ、ファナは声を張り上げた。
「この恩は、言葉では言い尽くせない。……我が主よ。本当に感謝している。私の失われた力、そして、何よりも生きる意味を与えてくださった」
「わ、我が主……? いやちょっと、待ちなさい。おじさんなんかにそんな――」
「このファナの命、魂、そしてこの身に宿る全ての力は、今日この瞬間より、我が主のために……すべてをささげるつもりだ。我が主! さあ、どのようなご命令も! なんでもしようじゃないか! な、なに? 鞭で私を叩きたいと!? ええ、いいですとも。我が主! さあ! どうぞ好きにしてください!」
「……えーと。うん。とりあえず落ち着こう。鞭で叩くつもりはないから」
「え、叩いてくれないのか……?」
「叩かないよ。したいなら、自分で勝手にどうぞ」
「放置プレイ!?」
「……とにかくだよ。俺のことなんて気にしなくていいの。君は自由に生きていいんだ」
クリストフは僅かに頬を引きつらせながら、ゆっくりと口を開いた。
ファナは彼の言葉を受け、改めて自分のこととして考える。
そして、すぐに答えは出た。
「……私の自由は、主に仕えることだ。このファナ、生涯をかけて貴方様に仕えたい。……しかし、まずは、この御恩に報いるだけの力をつけなければ、いけなければならない……か。確かに、今のままでは主に仕える資格はないな」
「いや、別に力とかじゃなくてね……」
「どれほどの鞭で叩かれても耐えうる限りの耐久性を手に入れなければならないな」
「目指す方向性が違うんじゃないかな」
「こうしてはいられない。私は旅に出よう。必ずや、主に相応しいだけの力を手に入れ、そして、必ずまたこの場へと戻ってこよう。その時は我が主よ。私に首輪をつけて鞭でしばき倒してくれて構わないからなっ」
「おーい……俺のことは別にいいから……はあ。まあ、元気ならそれでいいかね。というか、最近の若い人たちって何というか……人の話を聞かない人が多いというか……うん、まあ元気でいいの、かね……?」
ファナは、クリストフの声を聞きながら、力強く走り出した。
クリストフへの絶対的な忠誠を胸に抱きながら。
――主の剣となり、盾となる。そのためには、もっと強くならなければならない。そして、主を守り、支えるために生活基盤を。
つまりは主のどのような要求にも答えられるようにしなければならない。
そう決意したファナは、その日のうちにミドリバ村を後にし、ギルドへと就職したのだった。全ては、いつか再び、主クリストフを養うために。
ファナは、迷宮都市へと戻りながら、クリストフとの出会いを考えていた。
そして、同時に怒りも燃やしていく。
「シルヴィア……っ! 我が主、必ずあなたを救い出して見せましょう……っ。そして、ご褒美を……っ!」
ファナの欲のまざった雄たけびに、乗っていた馬はわずかに体を竦ませるのだった。
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