第8話


 シルヴィアと共に村に戻ったクリストフは、その道中でシルヴィアから様々な話を聞くことになった。


「あなたに出会い、あなたに命を救われてから……私はもっと強くなろうと必死で頑張ってきたの。全てはクリストフさん、あなたのおかげよ」


 シルヴィアはそう言って微笑むが、クリストフは大げさに褒めてくれる人だな、くらいの認識で彼女の言葉を受け取っていた。

 村に戻ったクリストフは村人たちに「しばらく村を空ける」とだけ簡潔に告げたが、特に引き留められるということはなかった。

 むしろ、クリストフの状況を理解して楽しんでいるところもあった。この村から治癒士が離れることになるが、それは大きな問題ではないだろう。そもそも、地方の村に治癒士が常駐していること自体が珍しいことでもあった。


 隣村にも治癒士はいる。

 以前、クリストフがその隣村の治癒士に協力したこともあり、関係は悪くない。村の人たちが事情を伝えれば、何かあっても恐らく問題なく対応してくれるだろう、とクリストフは考えていた。


 クリストフは最低限の着替えと、愛用の道具、そして趣味で調合しているポーションの材料となる薬草の種などを鞄に詰め込む。

 その間もシルヴィアは、目を輝かせながら彼の診療所や、丁寧に手入れされた薬草畑を興味深そうに眺めていた。

 薬草畑はクリストフの趣味の一つだったが、今はちょうど何も栽培していなかったので、そちらを気にする必要もなかった。


 準備を終え、いよいよ出発という時、クリストフは改めてシルヴィアに尋ねた。


「シルヴィアさんほどの冒険者なら、もっと腕のいい治癒士をいくらでも雇えるんじゃないか?」

「もう、クリストフさんったら。あなたの回復魔法がどれほど凄いか、分かっていないの?」

「俺が? あの時も、そんなことを言ってくれたね」

「ええ。直接触れる必要があるといっても……私のあの重傷を、後遺症もなく完全に治せる人なんて、世界中探したっていないわ。断言できるわよ」


 シルヴィアは少し得意げに笑顔を込めて言った。


「それは、過剰な表現だとは思うけど」

「いえ、過剰なんかじゃないわ……っ!」


 クリストフは、褒められて悪い気はしないものの、やはり半信半疑だった。しかし、シルヴィアの曇りのない瞳を見ていると考えも少し変わる。

 シルヴィアを否定するのとは話が違うだろうとも思っていた。


「それは――まあ……そういうことなら……頑張ってはみるけどね」


 昔の記憶が、謙遜ともいえない、もはや卑下とすら呼べる否定の言葉を口の端まで連れてくる。

 だが、クリストフはそれをぐっと飲み込んだ。この若くて才能溢れる娘が、これほどまでに自分を期待してくれているのだ。

 期待してくれている彼女に、何度も否定の言葉をぶつけるというのは彼女に対して失礼だと感じたからだ。

 シルヴィアの口元に笑みが飾られ、それからゆっくりと歩きだす。


「いつも通りにしてくれれば、それでいいのよ。ほら、それじゃあ出発しましょうか」


 彼女はクリストフの手を引くように馬車へと促した。

 そして、二人はシルヴィアが手配した立派な馬車に乗り込み、ミドリバ村を後にした。


「そういえば、シルヴィア。これからどこへ向かうんだい?」


 馬車が走り出してしばらく経った頃、クリストフが尋ねた。

 村を出発することは聞いていたが、具体的な目的地は聞いていなかった。


「うふふ、それは着いてからのお楽しみ、と言いたいところだけど……『迷宮都市』アルカディアよ。私の活動拠点なの」


 迷宮都市。その言葉を聞き、クリストフは大きく目を見開いた。

 迷宮都市アルカディアは王都と並び称されるほど有名な大都市であり、国内でも最大級の迷宮が存在している。

 一攫千金を夢見る冒険者たちが世界中から集まるような場所だ。


「迷宮都市、か。……確か、夢見る若い冒険者がたくさんいるところだったね。この歳になると、そういう場所は少し気後れするというか……場違いな気がするんだが、大丈夫かね?」

「ふふ、そんなことないけれど……もしかして怖気づいているのかしら?」

「……まあ、正直なところ、少しね。このおじさんには、ちょっと眩しすぎる場所かもしれないと思っているよ」

「大丈夫よ、私がいるもの。色々教えてあげるわ」

「それは、助かるよ。しかし、家はどうしようかな……」

「あら、説明していなかったわね。その心配はないわよ?」

「心配はない? どういうことかな?」

「クリストフさんには私の家で一緒に暮らしていただくわ。だから、安心して」


 少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに微笑むシルヴィア。

 しかし、クリストフはその言葉に思わず目を丸くした。


「一緒に? それはさすがに……シルヴィアも色々と不便なことがあるんじゃないかな。この歳のおじさんだし、若い君とは、生活リズムも何かもが違うだろうに」

「何を言っているのよ。私が提案しているのだから、嫌なわけないでしょ? あっ、でもごめんなさい……クリストフさんは嫌だったかしら……? そうよね……私だけが一人で舞い上がってしまって……すぐに、向こうについたら宿の手配をするわね……」


 シルヴィアが少し寂しそうに眉を下げてしまう。

 その悲しげな表情に、クリストフは慌てて首を横に振った。


「いやそういうわけじゃなくてね。シルヴィアの負担になるようなことはしたくないというか」

「別に、負担ではないわ。こちらからお願いしてきてもらうのだから。……でも、一緒の家が嫌ではないというのであれば……一緒でもいいかしら?」

「……うん、まあ別に構わないよ」

「やったっ。決まりよ、よろしくね」

「……ああ、よろしく頼むよ」

(……先ほどの泣きそうな表情はどこへ行ったのだろうか)


 シルヴィアは、クリストフの言葉に嬉しそうに微笑んでいる。彼女が笑顔ならそれでいいか、とクリストフも深く考えることはやめた。


 そんなやり取りをしながら、馬車は迷宮都市アルカディアへと進んでいった。


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