第30話 イリューシア王女殿下

 同学年の王女様こと、イリューシア・ファラーチェ・コンスタンティン第三王女殿下について、俺の知る情報をまとめたい。


 俺が彼女のことを初めて目にしたのは、入学式での王族挨拶の場でのことだ。


「皆様、お初にお目に掛かります。イリューシア・ファラーチェ・コンスタンティンです。現王妃の三番目の娘にございます」


 ピンクのブロンドを縦にロールさせた、いかにもお嬢様な髪形をした、柔和な少女だった。


 話しぶりはしっかりしていて、丁寧な口調で、知性と品性を感じさせる少女だった。それでいて、底知れなさというか、カリスマ性のある人物だった。


 実際、その後の短期間で、すでにちょっとした派閥づくりに成功している。現一年生への影響力は強く、生徒会入りも内定しているとか。


 アイギスにしていた風紀委員的な活動も、その一環なのだそうだ。アイギスも相当学園カースト上位だが、それでも王女様を無視はできない。


 一方で、悪い噂が全くない人物、というワケでもなかった。


 例えば、王族でありながら同性愛者である、という噂。


 この男女比1:30の世界において、女性同士の同性愛者はめずらしくない。夫婦ならぬ婦婦ふうふで結婚し、子種だけ男からもらう、みたいなことは平民なら一般的だ。


 だが、それは平民の話。


 貴族においては、同性愛は悪とされている。何故なら貴族の女は男と結婚してその息子を生み、実権争いに勝利することが求められるからだ。


 その点、王女様は王族。王族で同性愛などもっての外。でありながら、男子に敵意を向ける女子で派閥を構成してしまっている。


 人呼んで百合ハーレム。その長が、今回会う王女様なのだ。


 とにもかくにも俺の感想は、雲の上の人物、の一言だ。


 身分も何もかも雲泥の差。話しかけることすらおこがましい。そんな存在。


 で、そんな存在に直接お会いしなければならないのが、今、放課後のことだった。


「い、胃が痛い」


 キリキリと胃を痛めながらアイギスに案内されたのは、上級貴族クラスだった。


「てっ、テクト君……! しっ、視線、集めてます。視線が集まってますぅ……!」


「お、落ち着けウィズ。アイギスが先導してるんだ。殺される事はないはず。どっ、堂々と、堂々としていようぜ、うん」


「本当に堂々としなさいアンタら。下級貴族っていうのより、その挙動不審さで視線を集めてるのよ」


 小心者な俺たちは、廊下を歩きながらびくつきっぱなし。


 それにアイギスは、首を横に振りながら呆れのため息だ。


 だって仕方ないじゃん。上級貴族クラスってことは、本来なら接することもないような大貴族の子女たちである。恐縮するのが普通だ。


 そんな風に考える俺に、アイギスは言った。


「っていうか、これから会うのは、この上級貴族クラスのトップよ? 王族よ? その辺の大貴族の子女に怯えてて、姫様とまともに話せるの?」


「話せるわけなくね? 俺アレだぞ。騎士の息子だぞ。ほぼ平民だぞ」


「無理ですぅ……! あ、あい、アイギスさぁん」


「テクトは開き直ってんじゃないわよだし、陰キャは都合のいい時ばっかり名前呼びするんじゃないわよ」


 最終的に、俺とウィズは、揃ってアイギスに首根っこを掴まれて引きずられることに。


 そうして、俺たちはついに、アイギスの所属する上級一号クラスに足を踏み入れた。


「王女様ー! 昼に話した通り、連れてきたわよー!」


 アイギスが声を上げると、固まっていた女子たちが、一斉にこちらに目を向けた。


 その視線にこもる敵意に似た感情に、俺は竦む。何か睨まれてる感じがする。


 しかし、その最奥から響いた声は、穏やかで柔和だった。


「お待ちしておりましたわ、アイギス。どうぞ、こちらにお連れになって?」


 俺は恐縮しきりで進み、その人物と対面した。


「あなたが、わたくしにお話がある方かしら?」


 その少女は、ひどく人当たりの良い子だった。


 ピンクのブロンドを長く伸ばし、縦にロールさせている。垂れ目気味の目が、優しそうな雰囲気を醸し出していた。


 第三王女。イリューシア・ファラーチェ・コンスタンティン、その人だ。


「テクト」


 アイギスに促され、俺はハッとして答えた。


「はい。この度はご相談に乗っていただきありがとうございます、イリューシア殿下。私はプロテクルス・ガーランド。ガーランド騎士の息子に当たります」


 俺はその場に片膝を突き、顔を伏せる。


 アイギスとの初対面の礼儀よりも、一段上の礼儀だ。


 それに、周囲の女子たちがざわめいた。俺は密かに動揺しつつも、体勢を崩さない。


 何でざわつくんだ。標準的な礼儀作法だろこれ。母親から叩き込まれた奴だから、間違ってないはずなのだが。


 そんな俺に、王女様は言った。


「まぁ……! 礼儀正しい方ですのね。ですが、お気になさらないで。ここは学園。王宮のような堅苦しい場所ではないのですから」


 王女様が、「皆様に椅子を」と言うと、取り巻きの女子が人数分の椅子を近くの席から用意してくれる。


「お座りになって? お話、聞かせていただきますわ」


「ありがとう存じます」


 俺は座る。取り巻きの女子たちが、困惑の面持ちでこそこそと話を交わしている。


「だ、男子って礼儀とか知ってるんですか……?」「知ってても女子にすることは相当珍しいですよね……」「王女様とすれ違って、鼻で笑う男爵子息を見たことありますよ私……」


 何だか怪訝な目で見られていて、縮こまる思いである。何かミスったのかな。騎士の息子とか言う最下級貴族なので、どうか目こぼしいただきたい。


 俺はこの場の居心地の悪さをどうにかすべく、強引に話し始めた。


「今回相談で赴きましたのは、殿下のお母様……つまり、現在の王妃様に関わる内容だったためです。ですから、その」


「ふむ……構いませんよ。ここに居るのは信頼できる者だけ。すでに人払いは済んでいます」


 俺はサッと教室を見回す。まばらに女子がいるからどうなのか、と思っていたが、すでに対策済みらしい。


「では、お目汚しを失礼いたします」


 言って、俺は右腕の袖をまくる。


「っ」「なんてこと」「そんな」「男子の肌なのに」


 俺の腕にまとわりつく呪詛を見て、周囲の女子たちが揃って息を飲む。


 王女様も一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣そうな面持ちになって、俺の腕に触れた。


「これを、どこで?」


「学園でささやかれる、とある噂の一つの深部にて、剣を抜いたらこうなりました。噂の詳細は、不明点が多いので伏せさせていただきます」


 ナルシスはもう分からせたからな。ナルシスが主犯というワケでもないし、ここは庇っておいてやろう。


「そうですか……」


 王女様は、細い指先で俺の腕の呪詛を撫でる。すると、呪詛がわずかに立ち上る気配があった。


「姫様、それ以上お触りになると、危険です」


 俺は慌てて王女様の手を取り、呪詛に触れるのをやめさせる。


 すると、王女様は驚いたように目を開き、俺の目を見つめた。


 ……あ、やべ。ふ、不敬か? 不敬罪か?


「し、失礼しました」


「……いえ。少し驚いただけですわ」


 俺は目を逸らし、王女様は柔和に微笑む。


 こ、こわいよ~! 王族こわいよ~! 気を抜いたら地雷踏みそうで怖いよ~~~!


「……王女と言えどテクト君の手を……」「油断ならないわね……」


 そして、ウィズとアイギスが険しい顔で王女様を見ている。王女様は反応しない。強い。


 それから、王女様はしばらく俺の呪詛を見つめながら、考えこんでいた。俺はただ、無礼のないようにじっと静止するばかり。


 果たして、王女様は言った。


「ある程度、分かりましたわ。呪いの種類も、恐らくは容易に解呪も可能と存じます」


「本当ですか! ありがとうございます」


 俺は笑顔で頭を下げる。王女様はまた目を大きく開いて、俺の目をじっと見つめている。


「……姫様?」


「―――ええ。こほん。では、この呪詛がどんなものであるかを説明いたしますわね」


 王女様は咳払いをして、話し始めた。


「まず確認ですが、この呪詛は、確かにお母様……王妃殿下に関わるもの。というよりは、王妃殿下を狙ったものですわね」


「はい」


 周囲がざわめく。だが、王女様は淡々と続けた。


「わたくしも詳細が分かるわけではございませんが、この文様を見たことがあります。我が『幻影妃』の血統において、忌人とされる者が宿していたとされる文様です」


「忌人……?」


「はい。従えるべき幻影に反旗を翻され、殺された。我が血統の恥ずべき汚点です」


 従える。幻影。召喚魔法的な魔法の血統なのかな、と俺は推測する。


「その歴史から、この文様は我が血統では忌避されるものでした。もし王妃殿下がこの呪詛に蝕まれれば、文様から血統内の冷遇は免れなかったでしょう」


「なる、ほど……?」


 俺は釈然としないままに相槌を打つ。


 何故釈然としないのかと言えば―――それは、あくまで腕に浮かんだ文様の説明でしかないからだ。


 呪詛そのものについての説明とは、少しずれてくる。


「解呪方法は、恐らくですが王宮の資料を当たれば発見できるかと。ただ、重要度の高い情報になりますから、禁書庫の管轄でしょう」


「禁書庫、ですか」


「はい。臣下に司書がおりますので、調べるよう命じれば解呪方法は判明するはずです」


 となれば、解決は秒読みだろう。詳しい人に調べてもらい、それを実践するだけ。


 俺はほっと一息つく。ひとまず急に命に障るようなものではなさそうだし、解決の目途が立ったならそれ以上の事はない。


 そんな俺に、王女様は言った。


「ですが、そのように差配するかどうかは、まったく別の話」


 ……ん?


 何かいきなり雰囲気が変わった気がして、俺は王女様を見る。


 王女様は柔和で穏やかな微笑みのまま俺を見つめて、言った。


「下級貴族に何ら見返りなく施しをしたと知れれば、それは良くない前例となりましょう。彼を厚遇したのだから自分も、という生徒に、押しかけられたくはありません」


「えっ、と」


「ですから、対価を要求いたします。王族たるわたくしが、第三王女イリューシア・ファラーチェ・コンスタンティンが、動くに足る対価を」


 俺は冷や汗をかき始める。


 手土産一つないのに、王族がお前一人のために動くと思ってんのか? という話らしい。


 いや、そりゃそうだよ、という話ではあった。油断していた。紹介があったから、その辺りはなあなあだろう、と。


 そこで、アイギスが立ち上がる。


「イリューシア、アタシの紹介よ? アタシに恥をかかせる気?」


「あなたを軽んじるつもりはありませんわ、アイギス。コンスタンティン貴族学園一年の首席生徒にして、名門『小さな要塞』のですもの」


「へぇ……? 度胸あるじゃない、アンタ……」


 アイギスは瞳孔を開きながら、眉間にしわを寄せる。いつものウィズとのケンカとは、温度感の違う緊張がこの場に走る。


 それを遮るように、俺は言った。


「な! ……何、すればいいですか。交渉の場を作ってくれたってことは、俺が到底払えないようなものはお求めじゃないんでしょう?」


「テクトっ! いいから、ここはアタシとイリューシアで決着をつけるから!」


 アイギスが焦燥交じりで俺を制する。


 そこで、王女様は、ぽつりと呟いた。


「頭も回りますのね。礼儀や気遣いも繊細、なのに無防備で無垢……本当に、面白い男」


 俺は、王女様を見る。王女様は、俺ににっこりと笑いかけた。


「では、しばらくあなた、わたくしの付き人をしてくださる?」


「はい? ……つ、付き人?」


「ええ、付き人ですわ。騎士の子なのでしょう? なら、今後の訓練にもなりましょう」


 困惑する俺に、にこやかに笑みで王女様は続けた。


「それとも……付き人なんて卑しい仕事は、殿方にはできませんか?」


 その煽りに、俺はカチンときた。


 何故かって言えば―――それは、他の男どもカスと俺が同じと言っているのと同義だったからだ。


 だから俺は、立ち上がり言っていた。


「できらぁっ!」


「あら、何ができるのですか?」


「付き人くらい余裕だって言ってんですよ! 何なら朝から晩まで付きっ切りでもやってのけますよ!」


「テクト君っ!?」「ちょっとテクト!?」


 俺がつい条件反射で大言壮語すると、ウィズとアイギスが驚き、王女様は「ぷっ」と噴き出し、腹を抱えて笑い始めた。


「うふふふふっ、うふふふふふふふふっ! 本当に面白い男。……では今から、わたくし付きのメイドから訓練をつけさせます。ついてきてください」


 王女様は立ち上がり、教室の出口へと向かう。


「えっ、あ、え、そんなすぐに……?」


「ほら、早くおいでください。明日から朝から晩まで付きっきりで付き人をしてくださるのでしょう?」


「え!? 本当に朝から晩まで付きっきりで付き人を!?」


「ふふっ、うふふふふっ」


 王女様は心底楽しそうに、廊下に出て行ってしまう。


 その後ろ姿を見ながら、俺は「安請け合いし過ぎたかもしれん……」と頭を抱えるのだった。

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