第25話 我らが盾

 扉を開けた先にあったのは、シンプルな広場だった。


 真中へと足を進めながら周囲を窺うが、今のところ何もない。最初のエリアみたいに泉があったり、謎解きのヒントが書かれていることもない。


「休憩エリアか?」


「どうでしょうね……。結構進んできましたし、そろそろダンジョンボスが来そうな気もしますが」


「っていうか、本丸倒すためのテクト用の魔石をずっと探してるのに、全然魔物が出てこないんだけど~?」


 俺たちが好き勝手言っていると、奥の壁から、三つの爆発が起こった。


「ッ! 警戒!」


 俺が号令をかけると、それぞれ武装する。


 俺は刀。ウィズはバラの杖。アイギスは盾。


 そして待っていると、煙の中から、俺たちほどの背丈のゴーレムが、三体現れた。


 ……俺たちほどの背丈、っていうか。


「何かあのゴーレムたち、俺たちに似てね?」


 ゴーレムと言うには、細身の石の人形たち。刀を持つ者、バラを握る者、盾を持つ者の三つがいる。


 俺は言った。


「ウィズ、魔法で足止めできるか? アイギス、俺たちでゴーレムを叩くぞ」


「は、はい! でも、テクト君……」


「刀だけでゴーレム倒すのは厳しいでしょ。石よ? 刃が通らないような相手、女でも刀じゃ挑まないわ」


 心配そうな二人に、俺は肩を竦める。


「ダメだったら二人に任せる。行くぞッ!」


 俺が駆け出すと、「ああっ、もう! 陰キャ! アタシは良いから、テクトのサポートを!」「舐めないでください! 全員サポートします!」と二人は言い合う。


「ファイアボール! ファイアボール、ファイアボール!」


 ウィズが杖を振るい、三つの火の玉を打ち出した。それらはゴーレムたちにぶつかり、その体をのけぞらせる。


 スタン。俺たちには、それで十分だった。


 素早く駆け寄る。スタンが入っている以上、敵の反撃は考えなくていい。


「ふぅぅうううう――――」


 長く息を吐く。限界まで集中する。


 刀に意識を集める。刀筋を立て、駆け抜け様に渾身の力で振るう。


「―――シッ!」


 一閃。


 重い、手応えだった。手がビリビリするほどのそれ。


 本来なら、刀の方が敵ゴーレムより脆かったのだろう。女でも刀で挑まない、という理由を知る。つまりそれは、飴細工で鎧を殴らないのと同じ理由だ。


 しかし、だからこそ、俺の技量が生きる。


「テクト! こっちは砕いたわ! すぐそっちの、……え、マジ……?」


 俺は立ち上がる。振り返った先では、胴体を真っ二つにしたゴーレムが、そこに崩れていた。


「ふぅ……アイギス、お前が正しかった。刀で挑む敵じゃないわ」


「い、いやいや……それを刀で斬っといて、何言ってんのよ……」


 アイギスは引きながらも、「まぁいいわ。残る一匹はアタシが砕く!」と跳躍し、巨大な盾を叩きつけ、粉々に変えてしまう。


「ふぅっ! やっぱこの手の敵は、破壊力よね! で、テクト!」


 アイギスは砕けたゴーレムの中に手を突っ込んで、俺に何かを投げつけてきた。


 空中で掴む。手を開けば、二つ魔石が乗っていた。


「これでパイルバンカーは動くかしら?」


「任せろ。魔石一つで、パイルバンカー一発分になるからな」


 俺は自分で倒した一匹からも、魔石を回収する。これで三発分。


 あとは、パイルバンカーがどの程度敵に通じるか―――


 そう考えていた、その時だった。


 ズシン、と地響きが起こった。最初の巨大ゴーレムが動き出したのだろう。だが、魔石が揃ったこのタイミング。ここに来るなら好都合だ。


 そう思いながら待ち構えていたから、いざ奴が現れて、俺はギョッとした。


 何故か。


「ハァーッハッハッハッハッハ! 僕を殺さなかったことを後悔するんだね! 君たちが恐れていた巨大ゴーレムは、いまや僕のシモベさ!」


「ナルシス乗ってる!!!」


 ナルシスが乗っていたからである。ゴーレムの肩に。


 何で乗ってんだよ。従えたってこと? どういうこと? っていうか想像以上に復活が早すぎる。


 俺の困惑に答えるように、ナルシスは大声で語り始める。


「僕のオルヴィエート家はね! 元々王家に求められるものを作る、魔法具職人を輩出してきた家系! そしてこの『王家の秘密』と呼ばれる鏡は、僕の家が献上した魔法具!」


 つまり、とナルシスは続ける。


「ここの試練を、知り尽くしているのさ! 巨大ゴーレムのことも、君たちが乗り越えてきた迷宮についてもね!」


 再び高笑いを上げるナルシスに、俺たちが来た扉からぞろぞろと現れるクラスの女子たち。


「もっとも、過去の職人が手を入れたのは、オルヴィエート家の人間にゴーレムが従う、という命令だけだったからね。どうしたものかと考えていたら、君たちが挑むようだったから、利用させてもらったのさ!」


「……ともかく、ナルシスが徹底的に俺たちの敵だってことまでは分かった」


 もっとも、分からない点はいくつか残っている。


 ナルシスはデカゴーレムを従える手段はあったが、ここの試練を乗り越える抜本的な手段はなかった。そして、


 何だかきな臭くなってきた。そう思っていると、ナルシスは手を振った。


「先ほどは屈辱をありがとう! そのお返しに、ゴーレムの一撃をお返ししよう!」


 巨大ゴーレムが動き出す。遠目にはゆっくり見えるそれが、しかしその巨大な体躯ゆえに、俺たちが全力で逃げ回っても逃げきれないと悟らせる。


「ッ、まずい! ああクソ、どうする! あの野郎ふざけやがって。ここでのしたら、さっきの比じゃないくらいボコボコにしてやる!」


「そっ、そんなこと言ってる場合じゃないです! まずは自分の身を守らないと―――マジックウォール!」


 ウィズが俺の前に飛び込んで、防御魔法を掛ける。しかし、オークの連撃で砕けたような防御だ。きっと巨大ゴーレムには通じない。


 ゴーレムの拳が迫る。視覚的にはゆっくりと、しかし眼前に迫るにつれ、まるで隕石が降りくるような光景に、思わず歯を食いしばる。


 だから。


「アンタらバカなのッ!? このレベルの攻撃防ぐなら、アタシの盾以外に選択肢があるわけないでしょ!」


 岩石のような鎧を身に纏いながら、俊敏に飛び込んできたアイギスが、ゴーレムの拳の前に立ち塞がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る