第24話 吊り橋効果
最初の謎解きをクリアした後も、続く道は迷路のように入り組んでいた。
高い足場に飛び乗ったり、落ちる床を駆け抜けたり、また小さな謎かけがあって解いて進んだり。
幸いにして、俺とアイギスが動けたから、アスレチックっぽいのは俺と二人でウィズを支え、シンプルに知識の必要な場面はウィズが活躍した。
何というか、いかにも訪れる者に試練を与える内容というか、来訪者の資質を問うような障害が続く。
まるで……ゲームで、伝説の武器が隠された特別なダンジョンのように。
「次はこの吊り橋か」
俺たちはそれぞれにある程度疲弊しながらも、次の障害に辿り着く。
目の前には断崖絶壁。そして掛けられる、か細い吊り橋。
いかにも橋が落ちるタイプの罠ですと言わんばかりだが、はたして、と俺は腕を組む。
ウィズは俺よりも注意深くて、吊り橋を掛ける土台の部分に触れ、入念に確認している。
対照的に、誰よりも早く吊り橋に足を踏み出したのは、アイギスだった。
「? 何よ二人して二の足踏んじゃって。早く行くわよ?」
「ちびっこは軽いでしょうから気にしないのかもですが、こんな脆そうな吊り橋は、普通警戒してしかるべきなんですよ」
「アタシとテクトだけ渡ったら、アンタごと吊り橋落としてやるわ」
「はいはい仲良くしろ。んー……パッと見、罠とかはなさそうに見えるが」
俺が言うと、ウィズも頷く。
「少なくとも魔法系の罠は確認できませんでした。警戒は必要ですが、渡ってもいいと思います」
「ほら~! 言ったでしょ? さっさとこんなの渡った方がいいのよ。最悪でも、テクトが危なかったらアタシが助けるし」
「ウィズが危なくても助けてやってくれよ?」
「善処するわ」
ぜってー助けねぇこいつ。
俺はアイギスに続いて歩き出しながら「適当なこと言いやがって」とアイギスの頭をワシワシと撫で揺する。アイギスは「きゃははっ」と楽しそうだ。
そんな俺に、落ちないように支えるためか、後ろからウィズが歩み寄ってきて、俺の体に触れない程度に手を添えてくる。
やっぱり何か過保護なんだよな、と思いながら、俺はウィズの手を取った。
「何だよ、不安なのか? 安心しろ、アイギスはアテにならないけど、ウィズが落ちたら絶対俺が助けてやる」
「っ……! ひゃ、ひゃい……」
「アタシを撫でながらイチャつくなー!」
そんな風にして、俺たちはワチャワチャと吊り橋を渡る。一歩進むごとに、足元の木の板がギィギィと音を立てる。
そうやって、真ん中くらいに辿り着いた時だった。
「おやおや、ガーランド君たち。随分危ない橋を渡っているようじゃないか。―――文字通り、ね」
そう言いながら、俺たちの後ろから現れたのは、ナルシスたちだった。
「ッ! おまっ、ついに来やがったか!」
俺は歯噛みしてナルシスを睨む。
というか、あの巨大ゴーレムはどうした! 無事スルーしたってか! クソ、こんな時に。
ナルシスは、勝ち誇るように朗々と語る。
「君たちが『王家の秘密』に触れようと考えていることを、偶々耳にしてね。まったく、取るに足らない騎士家だと思ったら、侮れないものだよ、君は」
ナルシスが指を鳴らすと、背後に控えていた女子たちが、吊り橋の支えへと走り出す。
―――吊り橋を落とすつもりだ。
その意図が分からない俺たちではない。俺は「アイギスッ、走れ!」と言いながら、ウィズの手を引いて駆け出した。
ナルシスだけが、ゆったりと続ける。
「耳ざとく、そして強欲。どこでこんなことを知ったのか……。だが、残念ながら僕の方が、ここについてよく知っている」
「何の話をしてんだよ、ナルシス! お前、マジでクラスメイトを殺すつもりなのかよ!」
「君のように、この期に及んでしらばっくれるような奴は、早々に消えて欲しいとは思うよ。そして、君になびくような変わり者もだ」
「ナルシスくんっ! 準備終わったよ! いつでも落とせる!」
女子がナルシスに報告する。俺たちは必死で吊り橋を渡る。
あと、あと少しだ。俺とアイギスの脚力なら間に合う。ウィズだって俺が手を引いている。だから、あと少し―――
「落としたまえ」
そう思っていたのに、ナルシスの命令により、俺たちは一気に落下した。
「ぁ―――」
俺はウィズと共に、吊り橋の落下と共に宙に浮く。もがきながら、懸命に地面の木の板に手を伸ばす。
だが、脆くなっていた足場の木の板は、そこに限って、掴むだけで崩れるほど老朽化していた。俺とウィズの二人分の体重に、耐えられなかったのか。
俺の手の内で、バキッ、と音を立てて板が割れる。俺は掴む先を失って、更に落下する。
「落とさせ、ないッ!」
そこで、アイギスはただ一人跳躍によって、対岸へとたどり着いていた。すかさず反転し、俺の腕を掴んでのける。
結果として、俺たちは命拾いした。アイギス、俺、ウィズの順に手をつないで、どうにか崖の淵で耐え忍んでいる。
大笑いを上げたのは、ナルシスだ。
「ハーッハッハッハッハ! 今のを耐えるとはね! いやぁ、涙ぐましい努力じゃないか。男に助けられるデルフィアさんにはガッカリだが、二人を支える小柄な女子には感心だよ」
「はぁ……!? 何よ、アンタ、アタシのこと知らないの……!? これでも学年主席なんだけどねぇ……!」
「へぇ、となると上級貴族クラスかな。なら申し訳ないね。男子と言うのは、上級貴族クラス一つ分よりも少ないから、女子のことなんて覚えていられないんだよ」
「へぇ……! そりゃ、可哀想なこと……! テクトとは違って、敬意を払う事の大切さも教えられず、人間未満の育てられ方をしたのね……!」
俺たちを細腕で助けながら、ナルシスと言葉でやり合うアイギス。歯を食いしばり、血管が浮き出るほどの力を込めて、俺の手を掴んでいる。
「ふぅん……? 思ったよりしぶといね。みんな、斉射の用意を」
「「「はい! ナルシス君!」」」
ナルシスが言うと、女子たちが並んで、俺たちに杖を向けてくる。
「おいおいマジかよあいつら……! アイギス! もういい! お前だけでも逃げろ! あいつら本気だぞ!」
「テクト君!? ダメです! ちびっこ、いえ、アイギスさん! テクト君だけでも助けてください! 私は、私はもう良いですから!」
言いながら、ウィズが掴む手を弱める。俺は必死になって、ウィズの手を掴む。
「ダメだ! ウィズ一人で落ちるなんて! お前を犠牲に助かるなんて嫌だ!」
「一緒に落ちても死人が一人増えるだけです! いいから、放してください! テクト君を巻き添えに死ぬなんて、死んでも死に切れません!」
暴れるウィズに、それを意地でも話さない俺。ナルシスたちの詠唱は淡々と行われ、杖の先に色とりどりの魔法が宿る。
そんな最中で、アイギスはウィズを見て、目を丸くしていた。
「……驚いたわ。アンタ、そんな覚悟の決め方してんの? テクトのために、迷わず命を捨てるようなこと言うなんて、思ってなかった」
「何を悠長なことを言ってるんですか! いいですか、アイギスさん! 私は今から落ちますから、テクト君のことは任せましたよ!」
「ふざけんな! 俺は落とさないからな、ウィズ! 絶対にこの手は離さないぞ!」
三人でギャーギャー言い合う間にも、ナルシスたちの魔法は完成していく。
「まったく、死に際まで賑やかな人たちだったね。……では、斉射」
ナルシスが腕を振るう。女子たちが一斉に魔法を放つ。
俺はそれを見て、アイギスとつなぐ手から力を抜き、ウィズとつなぐ手に限界まで力を込めた。
ウィズは俺に一歩遅れて、力を抜いた。しかし俺が全力で力を込めていたから、落ちなかった。
そして、俺も同様だった。アイギスが俺を掴む力が強すぎて、俺は落ちることができなかった。
「っ、最悪だ。これじゃ、全員殺される……!」
俺は歯を食いしばる。魔法が一斉に向かってくる。その魔法の数々が、俺たちに突き刺さる―――
その瞬間、アイギスが言った。
「アンタ、本気でテクトのために死のうとしたわね。いいわ、覚えておいてあげる、ウィズ」
直後。
俺とウィズは、アイギスの膂力一つで、空中数メートルの高さまで投げ上げられた。
「え?」「ひゃっ?」
俺たちは宙に舞い、真下を襲う魔法の数々から逃れる。だが、寸前までそこにいたアイギスは避けられない。
しかし、俺は見た。アイギスの不敵な笑み。嵌められた指輪を親指で撫でながら、こう呟くのを。
「来なさい、リトルフォートレス」
魔法が、アイギスに殺到する。
「――――アイギスッ!」「アイギスさん!」
魔法が爆ぜる。空中にいる俺たちですら、余波に目をつむるほどの衝撃。もうもうと膨らむ煙。
その煙を盾で打ち払い、それは現れた。
それは、まるでゴーレムだった。四角形の整然としたものではなく、人間の子供サイズの岩石が、そのまま屹立しているような、そんな姿。
その両手には、武器が握られていた。
左手には、ゴーレムの全身を覆って余りあるほど巨大な、岩塊めいた大盾。恐らく俺なら持ち上げられもしないようなサイズだ。
逆に右手には、巨大なハンマーがあった。これまた俺の体よりも大きな、石で出来たハンマーだ。
そのハンマーを軽々肩に担いで、岩石は言う。
「この姿だと、抱きとめてあげられないわ。でも、テクトなら受け身くらい取れるでしょ?」
その言葉にすぐあとに、俺は地面に手をついて受け身を取った。無事着地だ。ウィズは「マジックウォール!」と杖を振るい、防御魔法で安全に着地する。
困惑するのは、ウィズだ。
「え……? い、今の声、この雑なゴーレムの化け物みたいなの、まさか、ちびっこですか……?」
「そうよ陰キャ。雑なゴーレムの化け物で悪かったわね」
頭の辺りにいくつか穴が開いていて、その部分をガシャリと上げると、アイギスの顔が現れた。
俺も一瞬疑ったが、これマジでアイギスじゃん。
「あ、アイギス、さっきの魔法だけど」
「この通り無傷よ。この鎧はね、あの程度じゃビクともしないんだから」
アイギスは、鎧の顔覆いを下ろす。それから、ナルシスたちを見た。
ナルシスは、同様に目を剥いていた。全身を震わせ、「な……! そんな……!?」と呟いている。
アイギスは、ハンマーを掴む手に力を込めながら、話し始めた。
「そういえば、アタシの血統の詳しい話、テクトたちにしてなかったわね」
アイギスは、ハンマーを振りかぶりながら語る。
「アタシの血統、『小さな要塞』はね、代々コンスタンティン王国の大将軍を務めてきた名血統。二つ名の由来は、『要塞を小さくしたような防御力があるから』―――じゃないわ」
巨大なハンマーを握る腕に、力が込められているのが分かる。アイギスの腕が、ぶるぶると震え始める。
「要塞が小さくなってそこにある。だからアタシたちは『小さな要塞』。この違い、分かる?」
「……か、彼らの様子、何かおかしいぞ。おい、魔法の準備を……」
そこで、アイギスの予備動作に、ナルシスたちが気付き始める。
しかしアイギスは、構わず続けた。
「小さいから侵入できず、小さいから攻撃を当てづらい。なのに機能は要塞そのもの」
「……ッ。いや、ダメだ、間に合わない。戻るぞ君たち! その扉を、は!? 開かない!?」
ナルシスたちが、状況の逼迫を察して慌てだす。だが戻ろうにも、ここに繋がる入り口の扉が開かないらしい。
「要塞同様の防御力を持ち、要塞同様に砲を放って軍に穴をあける。もっとも、アタシは次世代次席だから、このハンマーはレプリカだけど……」
「早くっ! 早く扉を開けろッ! 僕には分かる! 彼らは、彼らは本当に、僕たちを殺すつもりだ!」
そして、アイギスは力を貯め終えた。
「投げれば、大砲一発分くらいの威力は出るわ」
アイギスが思い切り、対岸にハンマーを投げつける。
「うわぁぁあああああ! 開けろッ、開けろぉぉおおおおおお!」
「「「きゃぁああああああ!?」」」
ナルシスたちが叫ぶ。恐らく俺の何倍もありそうな巨大な石のハンマーが、とてつもない勢いで飛んでいく。
着弾。
巨大な瓦解音と共に、土煙が対岸に舞った。ナルシスたちの姿が見えなくなる。ウィズが、「え、ま、マジですか? ちびっこ、本当に殺しちゃったんですか?」と顔を青くする。
アイギスは鎧の顔覆いを上げて、呆れた顔をした。
「バカね、するワケないでしょ」
煙が晴れる。するとそこには、対岸の地面を深々とえぐるハンマーが、ナルシスたちの足元に迫っていた。
「あ、あぁ、あぁぁ……」
ナルシスは命の恐怖にさらされて、助かったことで緊張の糸が切れたのか、情けない顔で泣きながら失禁した。そのズボンが、濡れて黒く染まっていく。
それを見て、アイギスは鼻で笑った。
「あんなダサイ男じゃ、アタシの
アイギスの言葉に、ナルシスが歯を食いしばる。
それからアイギスは踵を返して、岩石ゴーレムの姿で俺たちに言った。
「ほら、二人とも立ちなさい。本丸は、あいつらとは比べ物にならないんだから」
「……そうだな。先に進もう」
俺はウィズを助け起こして、立ち上がる。
そこで、ナルシスが吼えた。
「ぼっ、僕に恥をかかせたな! こんなっ、こんなみっともない姿を晒させて、許さない! 君たちのことは絶対に許さないぞ!」
「……うわ、この期に及んで出てくる言葉がそれ? ホント、テクト以外の男って……」
アイギスがドン引きの目でナルシスを見る。だが、ナルシスは自分を殺しかけたアイギスを見てすらいない。
奴はずっと俺を見ている。
どこまでも俺をこそ、敵対視しているのだ。
「……それで? どうするつもりだよ、ナルシス」
俺がすごんでみせると、ナルシスは「うっ、く、撤退するぞ、君たち!」と言って、入り口の扉に取り掛かる。
すでにある程度準備が終わっていたのか、扉はすぐに開き、ナルシスたちは消えて行った。
「あっ、逃げられた! どっ、どうします!? 追います!? アイギスさん、あのハンマーで今度こそ連中を」
「落ち着きなさい、ウィズ。吊り橋は落ちたし、ハンマーは対岸に突き刺さってる。そもそもハンマーだけあっても殺しちゃうでしょうが」
慌てるウィズの頭を、ぽんと叩くアイギス。ちょっと仲良くなったのが窺える。
「でも、どうしようかしらね。あいつら、あの感じだとまた襲ってくるかもしれないわ。でも、殺すわけには行かなかったし……」
警戒と共に呟くアイギス。
それに俺は、こう言った。
「気にすんな。アイギスはできることをしてくれた。そもそもあんな武器で、良く殺さずに済んだもんだ。この落ちた橋越しには、連中を無力化する方法は俺たちにはなかった」
ナルシスたちはすぐに戻ってきそうだが……それも仕方のないことだ。
何せ俺たちはどこまで行っても学生で、ここは学園であって戦場ではないのだから。
意見の割れる二人に、俺は言う。
「だから、あいつらがまた襲ってきたら、また叩きのめしてやろう」
俺が言うと、二人はパチクリとまばたきしてから、クスっと笑った。
「そうですね。次も負けないよう頑張りましょう!」
「そうね。その時は、陰キャのお手並み拝見ってところかしら」
「陰キャ呼びに戻ってるんですけど! このちびっこ!」
「同い年なんだけど!」
二人のやり取りはいつも通りツンケンしていたが、しかしどこかに信頼関係の芽生えが見て取れた。
俺はそれに肩を竦め、「よし、じゃあ先に進もう」と歩き出す。
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