第45話:英雄

 ダンジョンから中央区に続く大通り。


 その惨状に、逃げ惑う民衆を掻き分けて駆けつけたレオンとリゼッタは息を呑んだ。


 凱旋の為であろう馬車は両断された様に崩れ、綺麗に舗装されていた石畳は至る所がひび割れ、抉れている。


 街路樹はへし折れ、出店の殆どは瓦礫と化し、炎がちらほらと上がっていた。


「ははっ――ははははは!! こんなものか、都市最強の英雄ってやつは! 全然、大した事無いじゃないか!!」


 多くの冒険者が傷つき、倒れている地獄な様な光景の中でただ一人、ヴィル・アルマークの狂気染みた高笑いだけが響いている。


 彼が握る紅い剣は異様な魔力を放っていた。それは鍔から赤い茨の様なものが生え、右腕に巻き付き浸食する様に一体化している様だった。


「――ヴィル……!」


 レオンの声に、ヴィルは顔を向ける。


「なんだ、レオンか。『竜姫』に来て欲しかったんだけどなぁ?」


 かつての兄弟弟子であり、パーティリーダーでもあった彼の久しく見る笑みだったが、酷く歪なものだった。


「……お前は、何をしているんだ?」


「あぁ、コレかい? 勿論、英雄になる為だよ」


 絞り出したレオンの問いにヴィルは当然の事の様に答える。


「誰よりも強いのが英雄だ。強い事を証明する為には、強い奴と戦って勝てば良い。――そうだろ?」


 同意を求める様にレオンに言う。だが、彼の返事など聞く気は無い様にヴィルは自身の右腕を見た。


「コレは良い剣だよ。僕の魔力放出にも耐えて、強力な一撃を叩き込める。これでようやく僕は本当の実力が出せるようになったんだ!」


 ヴィルは周囲を見渡してから、レオンに視線を戻す。


「見てくれよ。都市の誇る英雄達が僕一人に敵わなかった! もう僕こそが最強の――“本当に人々が求める英雄”だと思わないかい!?」


 そして、また空を仰ぎ高笑う。


「――お前、なにを……っ」


 一瞬、目の前の何かが放った言葉が理解出来ずにレオンは、呆けたが――血が滲む程に強く拳を握る。


「レオ。あの剣は、おそらく強力な呪いが付与されています。力と引き換えに精神を蝕むような……。あの様子では、既に正常な判断は出来ていないのでしょう」


「あぁ、そうらしい……」


 リゼッタの声に、レオンは静かに頷く。


 そこへ、別の足音が駆け寄って来た。


「ヴィル! どこに行ってたのよ! 心配したんだから……!


「ヴィル、平気……? これは何があったの……?」


『鋼の翼』のメンバーであるミリンダ・ルクワードが叫び、ライラ・リーイングは息を呑む。


 二人は状況を察した様だが、それでも慕う仲間を信じようと希望と悲しみが混じった表情を浮かべている。


 だが、


「君達か……。何を言っているんだい? パーティは解散したんだ、君達とはもう関係ないだろ?」


 それを見て、ヴィルは大袈裟に肩を竦ませてみせた。


「そもそも、僕に仲間なんてもう必要ないさ。この力があれば、僕だけで英雄に成れるんだから!」


 彼の言葉にミリンダとライラの顔から血の気が引いていく。


「――さて、もう地上に僕に敵う奴は居ないみたいだし、そろそろダンジョンに行くとするよ。到達階層なんて、直ぐに塗り替えてやるさ。――けど、その前に……」


 彼女達を気にも留めずに、ヴィルはレオンを見て不敵に、そして不気味に笑う。


 紅剣の剣先をレオンに向けて、


「一応、君も倒しておこうか。英雄の僕が『落ちこぼれ』の君に劣るなんて万が一にもあってはならないんだからね!!」


 怒号と共に魔力の奔流が放たれた。禍々しく殺意に満ちた気迫にリゼッタやミリンダ達は後退る。


 だが――。


「リゼ、頼む」


 レオンはヴィルに応じる様に前に進み出る。


 短剣の柄を握るのに迷いは無かった。


 既に剣としては限界を迎えてしまった相棒だが、あと一度だけその力を借りる事は出来る。


「……はい!」


 リゼッタは彼の覚悟を汲んで、魔力を練り上げて詠唱を開始する。


「確かに、お前は英雄になる事に必要以上に固執していたな……。その剣の影響を受けているだろうが、こんな事をしでかしたのはお前自身が望んだ事でもあるんだろうよ」


 レオンが短剣を鞘から抜くと、リゼッタの固有スキルが発揮されクリアグリーンの《大剣》の魔力武装を纏った。


「同じ師匠に教わって、此処まで一緒に旅をしたよしみだ。――お前は、俺が止めてやる」


 レオンが構えると、ヴィルは歓喜に震えながら地面を蹴った。


「ははは! やってみろよぉおおお!!!!」


 蹴った地面が抉れる轟音と共にヴィルが直進する。


 紅剣から猛毒の様な魔力が迸り、彼の周囲の空気すら蝕み軋ませているようだった。


「はははははは!!!!」


 心底、愉快そうに笑いながらヴィルは紅剣をレオンに叩きつける。


 それをレオンは《大剣》で迎え撃つ。


「――っ、ぐっ……!」


 互いの刃が触れた瞬間に全身に衝撃が走り、レオンは息を詰まらせた。


 先日のデスナイトの膂力や速力、魔力を優に超えた一撃だった。


 最後まで真っ当に受けきれば容赦なく潰されると、刹那で理解する。


 腕が折れる前に剣先を操り、紅い剣を《大剣》の魔力の刀身で滑らせ、いなす。


「そらっ!!」


 紅い剣先が地面に当たり、石畳を砕いて大きく抉らせるが、それに構わずヴィルはレオンの首を刎ねようと斬り上げる。


「――っ!?」


 それに後ろにレオンが跳び退くのと同時に目の前を赤い剣先が掠めて行く。


「“眠れる膂力よ――拳を握れ”《ストレングス》!」


 続けて紅い剣から放たれる魔力の塊を《大剣》で受けるが、間際に施されたリゼッタの身体強化魔法で辛うじて防ぎ、弾き飛ばす。


 その間にもヴィルは振り上げた紅い剣に大量の魔力を帯びさせていた。


 上位スキルの予兆。


 そのまま放たれれば、周囲への被害は免れない。


「させるか……っ!」


「“その身は軽く風の如く――駆けよ”《クイックネス》!」


 彼女の俊敏強化魔法で加速した速力でレオンはヴィルに肉薄し、紅剣が振るわれた直後の十分な威力が生まれる前にその刀身に《大剣》を押し付ける様にして受ける。


 自然と鍔迫り合いになり、互いの視線が間近でぶつかった。


「ははは! やっぱり大した事ないね! 君をパーティから追放したのは正解だったよ!」


「――っ!」


 純粋な力比べに、レオンは徐々に押し負けて行く。


 それでも体捌きで逃れるが、すぐさま禍々しい魔力を纏う紅剣の斬撃の嵐に襲われた。


「そらそら! どうだこの力は! 圧倒的だろ!」


 一撃ごとが上位防御魔法すら砕く程の必殺だった。


 速度も尋常では無く、複数の場所から同時に斬撃が飛んでくるように見える。


「っ、ぁ゛……!!」


 レオンはリゼッタの強化魔法で限界まで引き上げた身体強化でも、ギリギリで凌ぐのが精一杯だった。


 紙一重で躱し、防ぎ、いなし続けているが、全ては捌き切れずに全身に傷が増えていく。


 リゼッタも強化魔法の制御に追われ、回復魔法まで手が回らない。


 確かにヴィルが吠える様に、差は圧倒的だった。


 膂力も速度も魔力の質も量も、そのどれもが桁が違う。


 今の彼の『力』は英雄と呼べる程なのだろうと、レオンは朦朧とする意識の中で思う。


 だが、


「僕こそが『英雄』だ!!」


 それだけは、違うと断言出来た。


 トドメと真っ向から振り下ろされた狂気の紅剣にレオンは《大剣》を斬り上げて迎え撃つと、その軌道は大きくズレて何もない宙を斬る。


「――お前のどこが『英雄』だって?」

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