第38話:【エンハンサー】の安堵

「――幸い、今はベッドが空いてる。今日は特別に隣のベッドを使わせてやる」


 冒険者ギルドの裏手にある治療院の六つのベッドが並ぶ病棟。


 長い紫色の髪をした女性の治癒師がレオン・グレイシスの処置を終えて、心配そうに彼を見つめるリゼッタ・バリアンに声をかけた。


「よろしいのですか?」


「よろしくはない。だが、私はギルドの治癒師長だ。冒険者の健康を守るのが仕事でね」


 溜息交じりに肩を竦ませる。


「上位治癒魔法に加え、特別に調合したエリクサーを使用している。明日の朝には全快しているから心配するな、と【ハイプリースト】の私が保証してもお前は今夜、眠れぬのだろう? だったら、”自分の男”が見える所で寝た方がまだ精神衛生的にましだ」


「お気遣い感謝します」


「ではな。何も無いと思うが何かあったら直ぐに呼べ」


 頭を下げるリゼッタに治癒師長は軽く手を振り、欠伸混じりに隣の控室に戻って行った。


 ダンジョンへは日々、数えられない程の冒険者が赴いている。


 いつ重症な患者が運ばれるか分からない、いかに【ハイプリースト】とはいえど、休める時には休むべきだろうと思いつつ、リゼッタは取りあえずレオンのベッドの横にある椅子に腰かけた。


 目を覚ます気配は無いがスースーと寝息を立てる彼に苦痛はもう無い様で、やっと心から安心出来た。


 いや、別にレオンは”私の男”とかそういう関係じゃないですよー。と、訂正するのも些細な事に思える。


「……明日はゆっくり休みましょうね」


 自分達の目的は単純な稼ぎの為だ。


 幸い、レオンのお陰でこの数日でも大分稼ぐ事が出来た。ただ生活するだけでも高くつくこの迷宮都市でも二、三日は贅沢しのんびり出来る程の余裕はある。


 それこそ、孤児院での経費なら一か月程度なら十分だろう。


「――あぁ……そうですよね」


 ポツリとリゼッタは呟いた。


 元々、レオンとはその為に一時的なパーティを組んだだけだった。


 彼も今後の為に資金を貯めるのが目的。


 ……初めからこの関係はそう長くは続かない、と改めて思うと……妙な気分だった。


 素直に惜しいと思ってしまう。


「目的と手段が入れ替わってしまった様ですね……――」


 呟いて大きな欠伸が出た。それを、はしたないと自重する思考も急に押し寄せて来た疲労と眠気に止まる。


「っ――ぁ――」


 隣のベッドに移ろうとしたが、身体の力が抜けてレオンの隣に腕をついた。


 それでも何とか力を入れるが、その肘も折れて彼の隣に転がる。


 起きなければ、と思いつつも横になる心地良さに身体が喜んだ。


「…………」


 ――それはそうと、と。


 十八の自分より幾分、歳上であろうレオンのあどけない寝顔に、年下の女はどう思うのだろう?


 なんて思いつつ、閉じる瞼を開ける気力はもう彼女には無かった……。

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