第9話:二人だけの冒険(2)
二人は、地図にある様に大部屋の行き止まりに行き着いた。
特に注意事項などの記載は無かったが、実際には無数の大岩が転がり、地面の一部が丘の様に隆起し視界が悪い。ダンジョンの中にまた別の迷路がある様だった。
冒険者からダンジョンは『殺意の塊』と比喩され、年に一度その構造を造り変える事から『生きている』とも言われている。
その為、ダンジョンの各所にはより危険な区域もあるのだが、そう言った場所には『冒険者を誘き寄せる餌』となるものがあるのも常だった。
「行くか?」
「はい」
レオンの小さい呼びかけにリゼッタは答え、それぞれ短剣とメイスを手に岩陰を移りながら大部屋の中に入る。
息を殺しつつ周囲に気を配る。
洞窟内というのに何故か時折吹き抜ける風には、常に土と獣臭の中に鉄臭さや生臭さが薄く交じり
魔物の唸り声や物音も無い。
「……」
レオンはリゼッタに目配せをし、手近な小石を拾って岩陰から適当な方向に幾つか投げる。
地上での洞窟であれば、ゴブリンやウェアウルフが居れば多少の探りで反応があるものだが――、
「……魔物は、居ない――のでしょうか?」
「多分、な」
リゼッタの警戒しながらの問いに、レオンは僅かに息を吐いて頷いた。
「よし。それじゃ、警戒しつつ探索してみよう。何か良い素材が採れるかもしれない」
ギルドの情報やこの数日の探索の経験上、上層でも地上では中々採れない上質の鉄鉱石や薬草が手に入る。
他に思わぬお宝があるかもしれない。
ダンジョンそのものが冒険者をおびき寄せる為に、魔物を生み出す様に稀にアイテムを生成する事がある。
現に先日、ダンジョンの壁からキノコの様にニョキッと生えた剣を掘り起こそうと躍起になっているパーティを同階層で見かけたばかりだった。
「――にしても、こう言うのは不謹慎かもしれないが、こうやってじっくり探索してると『冒険してるなぁ』って思うわな」
レオンは岩の肌や隙間を調べながら呟くと、リゼッタは頷いて、
「確かにそうですね。私も冒険者になったばかりの頃は、廃神殿の調査など何も無いと分かっていても妙に期待をしていました」
どこか照れくさそうに小さく笑う。
「はは、冒険者の
二人は開けた部屋の中央部に出ると、再び周囲を見渡した。
隆起した丘や石柱、転がる大岩ばかり。
「――あれは……」
採取が可能な素材は無い様だったが、リゼッタが小さく声を漏らした。
彼女の視線の先。乾いた地面に部分的に密集した花畑に一振りの大剣が刺さっている。
ダンジョンが生成する『餌』は様々だが、冒険者の好みが分かっている様に武具である事が多い。
なんらかの特殊能力が付与されている聖剣、魔剣の類『ユニークウェポン』と呼ばれるものであるならば今後の冒険者としての活動が大きく飛躍する代物だ。
「お、遂にレアアイテムゲット……――?」
レオンの心が僅かに踊るが、近づいて見ると眉を顰めた。
その剣は簡素な造りで、価値がある様には思えない。
何より柄は黒ずみ、刀身には無数の刃こぼれがある。
「コレは――」
ダンジョンが生成した『餌』では無い。冒険者が残した得物。
そして、白と淡い青の花弁の花に目を見張る。
「……!」
レオンが察した直後、
「ギャキャキャ!!」
大部屋に無数の下卑た笑い声が響いた。
岩陰から、丘の上から声の主――ゴブリンが現れる。
若干の体格差がありつつ、子供の様な背でだらしのない中年の様な体躯の四体。弓持ち二。槍持ち一。杖持ち一。
そして、丘の上にやせ細った青年の様な変異種――恐らくは群れのボスが両手に剣を持ち、千切れたチェインメイルを着込んでいた。
ゴブリン達が持つ武器は、手入れはされていない様で薄汚れているが、どれも煌びやかな装飾が施されている。
――例えば、これからダンジョンに挑もうと意気込む冒険者パーティが奮発して新調した武器の様な。
変異種の品定めする様な目に、嫌な光景が脳裏に浮かぶ。
「リゼッタ!」
「はい!」
それを振り払う様に、レオンとリゼッタは短剣とメイスを構えそれぞれ魔力を練り上げる。
「ガァアァ!!!!」
それと同時に長身のゴブリンが剣を二人に向けて吠えた。
「ギャキャキャ!」
「グキャキャ!」
「ケキャケキャ!」
ボスの指示に従う様に、弓持ちがそれぞれ矢を番え、杖持ちが独特な言語を呟いて火球を作り出す。
そして下卑た笑いと、明確な殺意を込めて力強く正確な矢が続けてリゼッタに射られた。
だが彼女は臆さない――その必要が無い。
なにせ、
「せやっ!」
レオンが居る。
彼は、リゼッタの前に出て飛来する二本の矢を続けて短剣で斬り払う。
その迎撃直後の隙を狙う様に、僅かにタイミングをずらして火球が放たれた。
だが、それも承知の上なら対処は容易。
「――っ、らぁっ!」
火球の熱気を肌で感じる前に剣を逆手に持ち替えて、三度剣を振るう。
刃が火球に触れた瞬間、ゴブリンの魔法は搔き消えて中途半端な長さの刀身にその魔力が吸収、蓄積された。
「ガ、キャ……!?」
群れのボスの変異種が自分の戦略が外れた事にたじろいだ。
追撃に控えていた槍持ちが困惑し、先制した三体も『次の手』が無いのか新たな矢を番える事も魔法の詠唱も出来ないでいる。
なまじ、力と知恵を持った故に意気揚々と挑むも、ソレが通用しないとなると途端に脆くなる。
まるで、才能だけで成り上がった冒険者の様だとレオンは小さく苦笑し、
「“その矛先は我が手の内に――惑え”《ヘイトコントロール》!」
ゴブリン達が何か行動を起こす前に、レオンは自分に敵意を強制的に集中させる。
「――ギィィ……!!」
一瞬の間を置いて、四匹のゴブリンがレオンに飛び掛かった。
彼は弱い冒険者では無いが、決して英雄と呼ばれる類では無い。
特に対複数戦闘は不利だ。ゴブリンとはいえ一人で何匹もの敵を一度に相手にする程の力は無い。
だが臆さない――その必要が無い。
なにせ、リゼッタが居る。
ゴブリン達に掴みかかられる直前、レオンは幾つかの小石程の結晶を腰のポーチから掴み取り投げたと同時に、
「“囲う内に安息を――包め”《スフィアウォール》!」
リゼッタの球状の下位領域防御魔法が結晶ごとゴブリン達を包む。
「ァ、ギャ――!?」
直後、結晶――魔法を内包したアイテム『ジェム』が炸裂した。
ジェム系アイテムは結晶が大きくなる程に内包する魔法の規模も大きくなる。この小石程度のサイズに内包されるのは、火系下位魔法の劣化版程。
それだけでは魔物を殺す程の威力は無いが、爆風や熱の逃げ場の無い狭い空間では、多少の
その多少で十二分。
「“刃の冴えよ――研ぎ澄ませ”《シャープエッジ》!」
ゴブリンの魔法を《インパクトアブソーバー》で吸収した刀身にリゼッタの
「《
刃から蒼い炎の様に魔力を放出し、斬撃の射程を延長する剣術下位スキルで、まとめて両断した。
四つのゴブリンの魔石が地面に落ちる前に、レオンは残るゴブリンの変異種に駆ける。
変異種は、取り巻きが全滅した事に一瞬怯むが迎え撃とうと構えた。
レオンが間合いに入ろうと加速した瞬間、
「ガァッ!!」
変異種は片手の剣をレオンに投げた。
「――!」
ソレを短剣で弾いた直後、踏み込んで来た変異種の突きを短剣の刀身で滑らせ、往なしながらレオンは目を見張る。
(――カウンターを警戒して間を潰す為の投擲……!)
そのまま変異種の体当たりを短剣の鍔元で受けるが、脚力と見かけ以上の体重に弾かれてレオンは踏鞴を踏んだ。
その隙を逃すまいと、変異種は踏み込んでレオンの首を撥ねようと剣を振るう。
「っ……!」
レオンは強引に踏ん張り、受け流す為に身構える――が、
「グル、ガァ!!」
変異種は剣を短剣に当てる寸前で止め、足捌きで身体を回転させながら逆側から斬り返す。
「っぅ、ぐっ!!」
レオンは一瞬、判断が遅れるが、短剣を持ち替えて迎撃する。
鍔迫り合い、踏ん張る足が地面を抉りながらジリジリと押されるが、変異種の視線が自分に向いていない事に肝が冷えた。
(――マジか……!)
そう彼が思う直後、後方でゴブリンの甲高い笑い声。
手斧を持ったゴブリンの中でも小柄なソレが岩陰から飛び出しリゼッタに襲い掛かった。
「ゲキャキャ」
伏兵が動いた事に群れのボスは、いやらしく顔を歪ませた。
「リゼッタ――!」
基本的に後衛のクラスは近接戦闘が苦手だ。最低限、武器が扱える者も居るがその武器に適した近接スキルを発現する冒険者は稀。
故に、多くの後衛クラスはどんなに敵が弱くとも、一対一で肉薄された時点で勝ち目が無いとも言われている。
この群れは対冒険者戦の経験を積んでいるのだろう『冒険者達は後ろに居る奴を狙われると弱い』というのを知っていた。
だから、遠距離攻撃で狙い、伏兵を潜ませていたのだ。
ダンジョンで生まれ生き残ったゴブリンの戦略。
これで、自信に満ちゴブリン程度と侮った何人もの冒険者を屠って来たのだろう、確信を得た様に変異種は汚い声で高笑う。
だが、生憎とこの二人は、自分に自信が無いのでゴブリンだろうと侮らない。
「そっちは任せた!」
「――お任せを!」
レオンに答えリゼッタは腰のホルスターから投擲用のダガーを抜き、飛び掛かろうとするゴブリンに投げた。
「ガキャ!?」
その小さな肩に刃を受けて怯むゴブリンにリゼッタはメイスの長柄で脚を払い、転倒させる。
それを背で感じつつ、レオンは下位スキルを起動させた。
「《
押し合う刀身から衝撃波を撃ち出し、変異種を剣ごと吹き飛ばす。
そしてリゼッタが伏兵のゴブリンの頭部にメイスを振り下ろすと同時に、レオンは地面を蹴って追い駆ける。
「ギィギャ!?」
変異種が受けた衝撃に数メートル程地面を転がる間に、
「”その身は軽く風の如く――駆けよ”《クイックネス》!」
リゼッタの俊敏強化を受けて加速したレオンは、変異種が顔を上げた頃には既に肉薄していた。
「……ッ、グルァッ!!」
変異種の起き上がりざまに力任せに薙ぎ払われる剣を、レオンは待ち構えて短剣で弾く。
固有スキル《インパクトアブソーバー》が発揮され、その衝撃が魔力に変換され刀身に蓄積すると同時にノックバックを変異種に押し付ける。
大きく仰け反った変異種に、
「せやっ!」
レオンは剣術下位スキル《
「ギィ、ァ、ガッ……!」
変異故の強靭さと高い生命力なのか、仰け反りながらも堪え、口から大量の血を溢しながらレオンを血走った目で睨みつける。
ゴブリンが剣を振りかぶる内に、レオンは追撃のスキルを起こす。
剣術下位スキル《
レオンの背で、首を無くしたゴブリンの身体は倒れ、魔石を残して霧散する。
「――ふぅ……」
レオンはスキル使用後の硬直が抜けたのを感じて、大きく息を吐き身体に循環させていた魔力を逃がした。
身体を強化していた魔法も解け、全身の感覚が緩やかに本来のものに戻るのを実感する。
「グレイシスさん、お怪我はありませんか?」
その頃に周囲を警戒しながらリゼッタが駆け寄って来た。
「あぁ、良いバフのおかげでな」
「ですが、先の鍔迫り合いは負荷だった筈です」
“内なる活力――集え”と彼女の詠唱で発動した下位回復魔法がレオンの身体を包む。
スッと、四肢の疲労感が抜けていく。
「他にお身体に違和感などはありませんか?」
「んー……」
レオンは短剣を何度か素振り、納得した様に頷いた。
「寧ろその逆かな。違和感が無いのが違和感だよ」
人体への強化魔法は『身体能力を他人の魔力で、瞬時にそして一方的に底上げする』為に対象者は、自身の感覚と肉体との不一致に違和感はどうしても感じる筈だった。
「それは何よりです。強化の調整は上手くいっているようですね」
リゼッタはどこか自慢げに小さく微笑んだ。
彼女曰く、対象者に対してもっとも効果的な強化を施すのが【エンハンサー】の本領らしい。
「グレイシスさんは左右の手で剣を扱いますが、左手で振るう事が多く、右足で強く踏み込む傾向がありますので、身体強化は今回をベースにその都度、コンディションに合わせて調整を行っていきますね」
その繊細な強化を施すリゼッタの技量に感嘆しつつ、彼女を不要と追放したパーティの見る目の無さにレオンは呆れて苦笑する。
「今頃『ホーリーソード』はリゼッタを手放した事を後悔してそうだな。俺ならしてる」
「それでしたら『鋼の翼』も安易な選択を悔いているかもしれませんね。私ならしています」
リゼッタはレオンの言葉に一瞬、目を丸くしてからクスリと笑う。
「まさか。奴らは今頃、自由にやってるさ。俺は口五月蠅かっただろうしな」
つられて、レオンも小さく笑った。
「それはそうと、さっきの群れ、他のに比べたら妙に強くなかったか?」
言われてリゼッタはハッとして僅かに眉を顰める。
「はい――。ダンジョンの魔物は、変異している個体が多く、地上種と比べると全体的に強い印象がありますが、先のゴブリンの変異種は、グレイシスさんのカウンターを警戒して投擲で対応していました。その上、フェイントを入れる程度に戦い方を理解している様でしたね」
「おまけに、伏兵まで用意して後衛を優先に狙う知恵もある。地上だったら『ゴブリンの王』のサナギ、って所だったな」
レオンにリゼッタは頷いた。
変異を繰り返し、高い戦闘力や知性を獲得し『
仮にその予兆があったのなら、街に滞在する冒険者総出でゴブリンの掃討を行う程の大事なのだが、
「って言っても、このダンジョンじゃ良くある事なんだもんな。『殺意の塊』とは良く言ったもんだ」
レオンは疲れた様に乾いた笑いを溢す。
「その個体の大きな能力差もアレの影響もあるのでしょう」
リゼッタは錆びた大剣の刺さる小さな花畑に視線を向けた。
白と淡い青の花弁の花。一見、変哲も無い花だが、地上では人が訪れない秘境にしか咲かない高品質な魔力増強剤となるAランクの素材だった。
それを頻繁に口にしていたのなら体内の魔力が活性化し、スキルや魔法を発現し変異を促す事も不思議では無いのだろう。
そんな環境でゴブリンロードが生まれ地上に進出しないのは、常に大勢の冒険者達がダンジョンに挑み、狩り続けているからだ。
仮に、誰もダンジョンに入らない期間が一か月でも続けば、地上に変異した魔物が溢れるとも言われている。
――それが今、自分達が居るダンジョンなのだと、彼等は再認識する。
「一般に『稼ぐには五階層以降が効率が良い』とは言うが
レオンは足元を見て、うんざりげに溜息をつき、
「そこから先は、真に実力のある者の領域という事なのでしょう。上層を探索するだけでもギルドへの貢献にもなりますし、我々は焦らずに適切な階層で稼ぎましょう」
リゼッタは気を引き締める様に、メイスの柄を握り直した。
「だな。――取り合えず四階層までは割と余裕がある。明日は五階層まで降りてみようか」
「えぇ。ではその為にはまず――」
二人は互いに顔を見合わせ、
「無事に地上に戻ろうか」
「無事に地上に戻りましょうか」
声が重なり小さく笑った。
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