第12話 申し訳ございません


「スネイルさん……!」


 スネイルさんとアンナさんが炎と光に包まれていた。助けに行きたいが、炎の勢いが凄まじく、近づくだけで肌が焼けて溶け落ちてしまいそうだった。やがて、炎の勢いが弱まった。

 けれど――


「スネイルさん、アンナさんを守って……」


 アンナさんは無事だった。火傷どころか、汚れ一つない。

 

 けれど、スネイルさんはもう駄目だ、助からない。奇跡や薬学に関して素人の僕でも分かる。


 アレはもう、どんな人でも治すことはできないだろう。そう思える程にスネイルさんの体は焼け焦げてその大半が溶け落ちて液状化し、わずかに残った部位も焼け焦げてミイラのようになってしまっていた。


「クソッ、役立たずが!」


 イルゾーストが吐き捨てるように言う。その言葉に今まで感じたことのない程の怒りが湧き上がるのが分かった。


「無駄口を叩くなんて余裕だね」

「っ……!?」

「グオオオオオオオオオオオ!!!」


 ルナの剣の一撃がオークを切り裂いていた。もう彼らにアンナさんの加護はない。肉体は再生することなく、そのまま真っ二つとなって倒れ伏した。


「仕方がない。ここは一時撤退を」

「させない!」

「!?……貴様」


 イルゾーストに石を投げつけた。ほとんどダメージはないが、不意を突かれたイルゾーストは一瞬だけ足を止めた。けれど、彼女ならその一瞬で十分だった。


「ウィル、ナイスアシスト。雷鳴剣!」

「き、さまらあああああああ!!!」


 ルナの雷がイルゾーストを焼き尽くした。イルゾーストの絶叫が夜の闇に木霊した。長い戦いがようやく終焉を迎えようとしていた。










「が、ああああ……」


 イルゾーストは焼け焦げた体で地面を這いながら逃走していた。すでに下半身は炭になって動かず、唯一動く両腕も少しずつ塵になって消滅していっている。死が近いのだ。


「この、ままでは終われない」


 だというのに。


「まだ、あの御方の役に立てていない」


 動くだけで想像もつかないほどの激痛が走っているに違いないのに。もう決着はついているはずなのに。イルゾーストは逃走をやめない、諦めない。


 一歩でも進もうともがき足掻いていた。一刻も早く殺すべきだと、頭では理解していた。けれど、イルゾーストの必死の逃走を見て思う。

 

 あれは、単に自分の命が大切な者の姿じゃない。誰かのために必死になって行動する者の姿だ。


 そう考えてしまうと、それまであんなに憎んでいたはずの相手にトドメを刺すことがどうしてもできなかった。




 そして――



「よう、助けてやろうか?」


絶望ソレはやって来た。















 誰だ?


 地を震わせるような衝撃と共に現れたのは二人の魔族だった。


 一人はフードを被った銀色の髪の少女。背丈は低く、見た目の年齢は僕やルナより少し下くらいだろうか。可愛らしい顔をしてはいるが、その表情は氷のように冷たかった。


 だが、問題はもう一人の方だった。


 二つの角の生えた頭。黄煌と夜に輝く金色の髪は伝承に聞く夜叉という伝説の魔物を思わせた。

 身体は思ったよりも細身だが、決して筋肉がないわけではない。むしろ、鍛え上げられた筋肉は、その肉の鎧に閉じ込められており、秘めた実力を伺わせた。


 新たに現れたその魔族は漆黒の刀身をした剣を肩にかけ、薄い笑みを浮かべながらイルゾーストを見下ろしていた。見ただけで分かった。


 能力レベルが違う。


「ソー、ル。今までどこで、遊んでいた……」

「ああ、悪いな。少し野暮用があった。それはそれとして――」


 ソールと呼ばれた男はイルゾーストの姿を一瞥すると嘲笑を浮かべた。


「無様だな」

「黙れ!貴様がいれば、こんな無様は――がはっ」

「なっ……!?」


 ソールは躊躇うこともなく、イルゾーストを刺し貫き、そして剣を引き抜く。

 

 血が洪水のように噴き出した。イルゾーストの顔が痛みと驚きで歪む。イルゾーストが倒れ伏してもまだ血は止まらず、地面に小さな血溜まりを作った。血が流れるたびにイルゾーストの顔面は蒼白になり、瞳からは正気が‘失われていった。


「き、さま……どう、いう」

「お前はもう助からん。なら、俺がトドメを刺してやるよ」


 そして、あれだけ僕たちを苦しめ、聖都を壊滅させた幻魔イルゾーストはあっけなく死んだ。











「お役に立てず、申し訳ございません。魔王様……」


 その瞳に涙を浮かべながら。









「……」

「!……ウィル、逃げて!」

「えっ?」


 ギイィィンンン!!!


 鈍い金属音とともに黒と白の剣が火花を散らした。

 暫し拮抗した剣。けれど隻腕の分、ルナの聖剣がジワジワと押されていく。


「ルナ……!!」

「ふぅっ……!!!」

「!……」


 剣が押し切られようとした瞬間、ルナは逆に力を抜く。そして相手の剣に沿うように剣を滑らせて、カウンターの要領で相手の腕を狙った。

 

 ソールも瞬時にそれを察して一瞬で距離を取る。顔を上げたソールは驚いたように目を見開いていたが、次の瞬間には愉しそうな笑みを浮かばせていた。


「やるな」

「っ……」


 余裕な表情の相手に対し、ルナの顔つきは険しい。その表情を見てソールの笑みがさらに深くなった。


 その表情は、強敵と相対した武芸家のようにも、まるで玩具がどこまで壊れないかこれから試して遊ぼうという子供のようにも見えた。

 

 手に握られた剣に力が集中していくのが分かった。その力は剣を伝って刀身をさらに漆黒に染め上げた。対するルナも聖剣を構え、力を練り上げてその刀身をさらに白く染め上げていった。


「いくぞ」


 ソールの剣が空を斬った。

 何を切った?何かを当てたのか?

 攻撃の正体が理解できず、思考が焦りで乱れた。

 その答えは、刃のような風と共にルナに襲いかかった。


「舐めるな!」


 ルナは見えない風の刃を避けるだけでなく、お返しとばかりに雷の剣で攻撃する。

 雷に対して、ソールは無造作に剣を振るった。たったそれだけで、雷は明後日の方向へと払われ夜の闇へと露となって霧散した。

 

 ルナの顔が驚愕したように歪み、反対にソールは笑みを深くした。


「これにもついてくるか。なら、これはどうだ?」

「っ……!!!」


 今度は急接近し、ルナに嵐のように激しい剣戟を浴びせていく。縦、横、斜め。ありとあらゆる方向からの攻撃。乱雑なようでいて、一つ一つの攻撃は正確無比で流麗だった。


 それらがルナを確実に追い込むように隙なく組み立てられている。

 ルナはそれらの攻撃に対して、隻腕ながらに剣で受け止め、弾き返し、時にはカウンターを浴びせていった。

 

 黒と白の輝きを纏った剣が流星のように夜空を舞い、ぶつかり合うたびに星のように瞬く。


 二人の応酬は武としての力強さだけでなく、舞のような華麗な美しさを感じさせた。ソールが剣を出せば、それに応じるようにルナもまた剣を繰り出す。二人の動きはまるでしめし合わせた相方パートナーのように舞踏を刻んでいき、その美しさに感動を覚えると同時に、心がざわついた。


「素晴らしいな、お前。俺の技にここまでついてくる奴は久しぶりだ」

「……お褒めの言葉をありがとう」


 剣を止め、ソールが語りかけてくる。その額にはほんのりと汗が滲んでいた。まるで好敵手と戦い終わった後の武人のようにも、遊び終わった後の少年のようにも見える純粋な笑みだった。


 ルナもまた同様に剣を納め、その言葉に応える。こちらはソールのように笑みを浮かべてはおらず、厳しい表情のままだ。

 けれども、修行した剣技を思う存分振るったことで頬は上気していて、瞳はどこか熱を帯びているようにも見えた。

 

 その瞳はソールだけを見つめていた。


 僕が見たことのない表情だった。


「俺の剣とここまで打ち合って刃こぼれ一つしないとは……さすが聖剣、と言ったところか」


 ソールが聖剣を見つめた。ソールの持つ黒剣もまた相当な業物なのか、言葉通り刃こぼれ一つない。余計な飾りが一つも付いていない、ただ相手を斬るために生み出されたような両刃剣。


 夜の闇さえも褪せて見えるような深い艶。見る者全てを魅了し、この剣を振るえるならば、どれだけの犠牲を洗っても良いとさえ思わせる魔性の剣だった。その剣からは他とは違う異質な力を感じた。

 

 ルナも何かを感じるのか、しばらく訝しげに剣を見つめると、何かに気づいたように表情を変えた。


「まさか、その剣は……魔剣?どうして君がそれを」

「何だ、知らないのか」


 ソールは意外そうな声をあげた。

 

 魔剣……昔の言い伝えで聞いたことがある。人類の救世主である勇者を選定する聖剣、それと対をなし、人類の敵対者である魔王を選定する剣があると。

 

 けれど、それならば確かにおかしい。今代の魔王はあのオーマであるはずだ。

 

 であるならば、アレは一体……?


「言っておくが、これは正真正銘の魔剣だ。あのジジイはな、もう魔剣に見放されてるんだよ。だというのに、腑抜けた魔族の連中は奴こそが真の王だと抜かしやがる。くだらない、平和などと呆けたことをいう奴は死ねばいい」


ソールは右手を剣から離し、腰に回す。


「この戦い、俺も腕一本で戦ってやろう。さらに……能力退化レベルダウン


 ソールの纏う見えない威圧感のようなものが薄れ、どんどん小さく纏まっていく。

 ソールの後方にいる銀髪の従者が呆れたように小さく溜息を吐いた。


「手加減のつもり?」

「いいや、修行さ。俺は死線を越えるたびに強くなる。精々、良い糧になってくれよ」








「そらそらどうしたどうした?勇者の実力とはこんなものか!」

「っ……」


 ソールが剣を振るっていく。その剣技の勢いはまるで嵐のようで、応戦するルナを着実に追い詰めていった。助けに入りたいが、あの戦いに割って入ればルナの邪魔になってしまう。


 もどかしさと悔しさにうち震えながらただ見ているだけしかできなかった。

 

 ソールの能力レベルは下がり、腕も一本しか使っていないというのに、その攻撃は先ほどより苛烈さを増している。ルナも応戦しているが、防戦一方だ。

 

 能力レベルを抑えた分、その実力がはっきりと分かる。

 

 ソールは強い。

 

 今まで出会ったどの魔族よりも能力レベルや魔法に依らない純粋な武術の技量が高いのだ。その武の実力は、あの夜の魔王すらも上回るのではないか。


 そう思わせてしまうほどに、ソールの剣は激しく、それでいて流麗で洗練されて見えた。敵である僕も魅せられてしまうほどに。


「風烈剣!」

「!……」


 風の刃がルナを強襲する。

 風の斬撃は不可視の一撃。

 その一撃に距離は関係ない。見えない遠距離からの斬撃はそれだけで脅威であり、風をきる音を頼りに勘で避けるしかない。


 ルナはかろうじて致命傷を避けることができたものの、風烈剣の心理的な負担やイルゾースト戦の影響もあって満身創痍だっだ。そしてその隙を見逃すソールではなかった。


「ふん、聞いていた通り能力レベルが低いな。曲がりなりにもバイゼルやイルゾーストを倒したのだから期待していたが、ガッカリだ」

「……」

「終わらせる」

「ルナ……!」


 ソールがルナとの距離を一気に詰めると剣を突き刺す。その剣先は誤ることなくルナの心臓へと向かっていた。


 感情が大きく波打つ。時間の進みがやけに遅く感じた。避けなければ間違いなく致命傷のソレを――ルナは避けることなく逆に自分からつっこみソールへと斬りかかった。


「なっ!?」

「ようやく隙ができたね」


 あと少しで心臓に届くその瞬間、ソールが攻撃を止めた。それと入れ替わるようにしてソールへ肉薄し、そのまま斬り下ろした。


 ソールはギリギリのところで避ける。紙一重で避けられはしたものの、明確な隙が生じた。そしてその隙をルナは見逃さなかった。


「今度はこっちの番だよ。雷鳴剣!」

「ぐ、おおおおお!!!???」

「ソール様!」


 超至近距離からの雷。目も眩むほどの黄金の雷がソールを襲う。

 

 不可避の一撃をソールは剣で受け止めた。しかし、雷自体は防げても、その勢いを殺し切ることはできない。一瞬だけ拮抗したかに見えたが、踏ん張ることができず、ソールは初めて後方へと吹き飛ばされた。

 

 従者の少女が悲鳴をあげた。


「……この俺が十メトルも後退させられるとは。やるな、勇者。いつから俺がお前の命を狙っていないと気づいた?」


 え……?

 今、奴はなんと言った。命を狙っていない?

 信じられない言葉に思考が固まる。しかしルナは平然と言い返した。


「戦ってすぐだよ。君、攻められる場面でもあまり踏み込まなかったでしょ?さっきの風烈剣だって、ギリギリ致命傷を避けられる程度に加減していた。最初は遊んでるだけかと思ったけど、そんな感じでもない。そう考えている時に魔王が言ったことを思い出したんだ」

「ほう?」

「『ちょいと四肢を切り飛ばし、戦闘不能にして『聖剣』が他の者に受け継がれんか試させてもらう』。勇者はいくら倒しても湧いてくる。なら、わざわざ弱い私を殺して新しい勇者が現れるよりも戦闘不能にしろって魔王から厳命されているんじゃないかって」

「その仮説が正しかったとして、俺が咄嗟に攻撃をやめていなければ死んでいたぞ、お前」

「そうはならないよ。だって君は強い。単純な能力レベルはなくその身には確かな武術が刻み込まれている。そんな奴が、あの程度のことをしくじるわけがない」











「ははは――」





 





「はははははは!!!!今代の勇者は弱いと聞いていたが、どうもそう評した奴らは見る目がなかったらしいな」


 ソールが本当に嬉しそうな声を上げた。

 まるで、初めて考えを共有できる友人を持ったような嬉しさを全身から滲ませていた。


「確かに能力レベルは低いが、相手の心理を見抜く眼力。自身の考えを信じ、貫く勇気。何より、俺の剣について来れる武術の技量。分かるぞ、その剣技……相当な修行を積んでいるな。おそらく、十年はくだるまい」

「……さっきからお褒めの言葉をありがとう。意外だよ、君みたいな魔族は人類を見下していると思ってた」

「俺が価値を置くのは強さのみ。そこに人類も魔族も関係はない」

「随分と強いのが好きなんだね」

「ああそうとも。強さこそ尊ばれるべきものだ。修行し心身共に鍛え上げられた者はなおのこと。その点、イルゾーストや先代の勇者はゴミだった」

「!……」


 ザワリ、と心の柔らかい部分が逆撫でられたような気がした。


「自らの手は汚さず、他者の不幸を愉しむ外道は語るに及ばず、聖剣チートに頼ったものなどもっての外だ、唾棄すべきものだ」


 ソールが忌々しげに右の拳を握った。まるで、この場にいない誰かの首を締め上げるように。


「強さとは、単純な力だけにあらず。それを求める心や過程にこそ、意味があるのだ。故に」


 ソールはルナに笑いかける。

 純粋な好意の笑みだった。

 吐き気がする笑みだった。


「俺はお前を好ましく思うぞ。どうだ、戦いを止め、俺と共に来ないか?」

「はぁ?」

「ソール様……」


 ルナはソールを半眼で睨みつけ、従者の少女が咎めるように声を上げた。

 

「ふざけるなよ、お前……!!!」

「誰だ、貴様」

「ウィル!?」


 ソールが初めて僕に気づいたようにこちらを睨みつけてきた。普段ならば、それだけで怖気付くであろうほどの殺気。

 けれども今だけは、今だけは止まるわけにはいかなかった。


「お前にアンナさんを馬鹿にする資格はない!イルゾーストもだ!」


 怒りのままに声を荒げた。


「世界中の人々の期待を背負ってたった一人で魔王軍に立ち向かった彼女の勇気とその覚悟は、お前には決して分からない!」


 ソールの額に青筋が浮かんだ。その瞳にははっきりと僕が映り、憎しみに彩られていた。


「イルゾーストは確かに卑怯な魔法を使っていたし、人の不幸を愉しむ外道だったかもしれない!けれど、それでも自分の主人のために忠を尽くそうとした!彼なりの努力をしていた!そんな彼が弱ったところを不意打ちする、お前の方が余程の外道じゃないか!」


 剣を抜いて、ソールへと向ける。


「お前に彼らを馬鹿にする資格はない!」

「……ミナ」

「はい」

「そのガキは俺が手ずから殺す。拘束して俺の前に持ってこい」

「はい」


 ミナと呼ばれた銀髪の従者が消えたと思った次の瞬間、眼前に刃が光った。慌てて防御するが、その衝撃までは打ち消せず、後方に吹き飛ばされる。

 僕よりも幼い身体なのに、なんて力だ……!


「ウィル!?」

「勇者よ、よそ見している暇はあるのか?」

「ちぃっ……!!!」


 




「ソール様を侮辱した。万死に値するのです」


 暗闇の中を、二つの銀閃が光る。闇夜を舞う二羽の番の鳥のように軽やかで、とらえどころがない。


 一方に注意をとらわれると、すぐさまもう片方の剣が襲ってくる。ソールの剣が全てを薙ぎ払い、叩き潰す剛の剣とするならば、この子は手数の多さと素早さで相手を幻惑しながら命を刈り取る変幻自在の剣だ。


 短剣の二刀流と戦うのは初めての経験だが、それを差し引いたとしても、純粋な武術の力量差があるのが肌で分かった。

 

 打ち合えば必ず負ける。それでも、躱すだけなら。


「『熱よ収束しろ。敵を撃ち抜け。火球ファイヤーボール』」

「!?……っう」


 短剣が描いた軌跡。その何もないはずの空中から火の玉が射出される。眼前に迫る火球。その熱が顔の皮膚をチリチリと焼いた。だが、その威力は決して高くはない、速度も遅い。躱せる……!

 

 ギリギリのところで首を捻って避ける。火球がわずかに頬を掠めるが、何とか避けることができた。けれど、その隙を突くようにいつの間にかミナが眼前まで接近していた。


「魔法を見るのは初めてなのですか?」

「ごふっ……う、げえぇ!!!」


 鳩尾に蹴りを叩き込まれた。

 とても小さな足なのに、鋼鉄で殴られたかのような強い衝撃だった。


 あまりの強さに空気と同時に吐瀉物を吐き出した。すでにスネイルさんとの戦いで胃の内容物は全て出ていってしまっていたため、胃液だけが地面に垂れ流された。


 ミナがそんな隙を見逃すはずもなく、顎を爪先で蹴り上げられ仰向けに転がされると、両腕を地面に足で固定され、動くこともできなくなった。何とか、反撃しようと足をバタつかせるが完全に地面に固定されていて、何もできなかった。

 

 魔族とはいえ、自分よりも幼い少女に文字通り手も足も出ない。その事実に舌を噛み切りたくなるほどの悔しさを感じた。



「邪魔」

「っ……!!!!!」


 剣を持った方の手首を刺され、今まで感じたことのないほどの激痛が襲う。思わず剣を手放しそうになった。

 

 だけど、声を上げるわけないはいかない。ルナの戦いの邪魔になることだけは、絶対にあっちゃ駄目だ。


「悪あがき」

「っう……」


 スパン、と剣を持った指が切り落とされる。ポロポロと落ちる指。剣が地面に落ちた音がした。


「諦めて、大人しくするのです。ソール様の戦いももうすぐ終わるのです」





「ふふふふふ。ははははははは!!!楽しかったぞ勇者よ。慣れぬ隻腕の身でよくやった!」

「くぅ……!!!」


 見れば、ソールとルナが攻防を繰り広げていた。けれどルナの剣に先ほどまでの勢いはなかった。

 武の練度の差。

 それが少しずつ、けれど確実にルナを追い込んでいた。


「ル、ナ……!」


 手を伸ばす。指のない手を広げると、それだけで激痛が走った。

 それでもやめない。やめられない。こんなところで終われない……!


「これ以上動けば、首の骨を折って四肢を完全に動けなくするのです」


 ミナが警告する。

 けれど、僕が手を止めることはなかった。


「そう……」


 ミナが足を振り上げる。

 足が首に迫るその瞬間。全ての時間がゆったりと流れるように感じた。


「ウィル!!!」


 ルナがこちらに駆けつけようとする。

 

 来るな!

 

 けれどルナは止まらない。その隙をソールは見逃さないだろう。

 

 嫌だ、嫌だ……!

 

 ここまで来たのに、ルナが死ぬ。僕のせいで、死ぬ。

 

 誰か。誰か、助けて……!


「女神の盾」


 バキイィィィンン!!!


「「「「⁉︎……」」」」


 光の盾が、ミナの攻撃を阻んだ。全員の瞳が驚愕したように見開かれた。

 崩れ落ちていく盾。その欠片に宿る暖かな、優しい光。

 その奇跡には見覚えがあった。


「よお、クソガキ。お前、勇者を守るんじゃなかったのかよ。情けねぇ」

「スネイルさん!!!」


そこには、死んだはずのスネイルさんが立っていた。

 

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