第8話 神官の戦い

『奇跡』。


 一般的に、創世の女神により齎されたものとされ、素質ある者が神に祈りを捧げることで得られる超常の力。そしてその奇跡を扱える者の総称を神官と呼ぶ。『女神の灯』、『女神の聖炎』。攻撃の奇跡があるにはあれど、一般的には守護と回復の専門家であり、攻撃手段が乏しいとされている。



「女神の聖光」

「!……ウィル、避けな。女神の盾」

「ローザさん!!」

「っ!!……」


 スネイルさんが手をかざすと、そこから光が溢れる。白い輝きは夜の闇を照らすその様は、本来ならば神々ものかもしれないが、スネイルさんの憎しみが、その輝きを陰らせているようにも思えた。

 

 ローザさんが、僕を庇うようにして、盾で光を遮った。

 しかし、光は盾で遮られることなく、光を腕に浴びたローザさんは飛び退く。その表情は、痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。


「女神の聖光。本来は回復の奇跡ですが、何ごとも過ぎたるは尚。過剰な回復は生物を逆に損傷させてじう。さぞかし苦痛でしょうね先生」

「女神の奇跡をこんなふうに使うとはね。全く、罰当たりな弟子だよ」

「ローザさん!」

「黙ってなウィル」


 強い口調だが、ローザさんの表情は険しいままだ。


「『女神の盾』は、使用者を害するもののみを阻害する。回復の奇跡はそれに該当せず、それをすり抜ける、か。厄介なことをしてくれるね」

「降参しますか?」

「するわきゃないだろ」

「でしょうね」

「ウィル、アタシが時間を稼ぐ。あんたは逃げて勇者と合流しな!」

「けど、ローザさんが」

「あんたじゃ足手まといだっつってんだよ!早いとこ勇者と合流してあの娘の憂いを晴らしてやりな」

「……はい」



 足でまとい、という言葉に何も言い返せず、言われた通りにその場を離れるしかなかった。悔しいけど、この場では役立たずでしかないのは明白だ。奇跡も、魔法も、ロクな剣技も使えない。ただの人間の僕ができるのは、せいぜい足手まといにならないように逃げることだけ。

 

 これが現実なんだ。これが、これが道なんだ。






「ククッ、ククク!アーハッハッハッ!。傑作ですね。あれだけ威勢の良いことを言っておきながら、尻尾を巻いて逃げるなんて」

「あの坊やが逃げたことがそんなに嬉しいかい?」

「……いえいえ。彼は貴重な人質ですからね。すぐに追いかけなくては」

「させると思うかい?」

「むしろ、私を足止めできるとお思いですか?いかに元勇者一行パーティーだった貴女でも、老いには叶わないでしょうに」

「あんたには、丁度良いハンデだよ」

「その言葉が正しいか見極めさせて頂きます……覚悟しろよ、先生ババア








「時間が惜しい。早く戦おうかイルゾースト」

「戦う?ふふふ、そんな品のないことは私は行いません。私は平和主義者なものでして」

「平和?」


 建物が燃える炎の熱、肉の焼けるような嫌な匂い、逃げ惑い泣き叫ぶ人々の悲鳴。これのどこが平和だというのか。

 

 ギリ、と聖剣を握る手に力が入る。

 

 街が、人々の平和が、幸せが壊れ、崩れていく。まさにこの世の終わりのような光景。それはあの日、私が全てを喪ったあの日を嫌でも思い起こさせた。

 

 絶対に許さない。

 

「ええ、そうです。私は戦わない。戦うのは、あなた自身だ」

「どういう」

『ルナ』

「……えっ?」


 女性の声だ。

 暖かで優しくて。ずっと聞きたかった声。


『ルナ。こんなに大きくなったのね。嬉しいわ』

「おかあ、さん」


 その女性は夜に輝く月のような金の髪を腰まで伸ばしていた。絹の糸を触ったようにさらさらとしていて、幼い頃は何度も撫でさせてもらっていた。瞳は深い蒼色をしていて宝石のように輝いて見えた。その美しい顔は慈しい笑みを浮かべていた。肌の色も、匂いも、全てがあの頃のままだ。

 

 もう二度と会うことができないと思っていた人が、そこにいた。




 ※





「この程度か、ババア!」

「私のことは先生と呼びなこのバカ弟子!」


 互いの奇跡が衝突し、爆ぜて火花が夜の闇へと溶けていく。熱を孕んだ空気が肌を焦がし、幾つもの汗が頬を伝って地面に落ちていく。その度に全身から魔力が抜けていき、疲労が体に鞭を打った。

 

 全力を込めて互角。

 

 こちらは若く、全盛期なのに対して向こうは老いて朽ちる身だというのにこの体たらく。

 その事実に思わず舌打ちした。


「ほらほらどうした?手が止まってるよ」

「クソ!」

「苛立つと思考が狭くなる。昔からのあんたの悪い癖だ」

「減らず口を。女神の聖光!」

「その技はもう見切ってんだよ!」

「なっ!?」


 光に当たり、腐食するはずの腕が止まらずに胸へと突き刺さる。鉄か何かに殴られたような硬く、激しい衝撃に肺の中の空気が一気に押し出された。確実に肋の何本かが逝ったに違いない。


 老人の一撃は思えないほどの強さ。追撃を躱すために慌てて後方へ跳ぶが、着地した瞬間に足に力がは、思わずたたらを踏んだ。

 

 先生は無理に追撃することなく、油断なくこちらを警戒している。

 

 ……化け物が。


「その技には弱点が三つある」

「!……」

「一つ。種が過剰回復ならば対処方法は簡単。あらかじめ身体に傷をつけておけば単なる回復の奇跡に成り下がること」


 先生が短剣を見せつけるようにして揺らす。

 あれであらかじめ腕に傷をつけておいたのか。

 小賢しい……!


「二つ。回復系統の奇跡は基本的に至近距離でしか十全に機能せず、使い所も限られていること」


 当たりだ。

 見せかけも兼ねて披露したが、基本的にこれは距離を詰められた時の反撃技。

 だが、一度見せただけでそこまで見抜かれるとは。


「そして三つ目。最も不味いのは、過剰に回復を行うために魔力の消費が著しいこと。こんなか弱い女の拳でよろけてんのがいい証拠だね」


 か弱い女……?

 呆けてんのか、このババア!


「にしても、スラムでスリばかりしていたアンタがここまでになるとはね……」

「先生の教えの賜物、ですよ」

「いいや、アタシは師匠としては失格さ。弟子に魔族の諫言に乗せられるな、ていう基本中の基本さえ、満足に伝えられていなかった」

「魔族の諫言、ですか。それだけで私達が裏切った訳じゃないですよ」

「どういうことだい?」


 先生が怪訝そうな表情で聞く。

 

「一年前、アンナは魔領域到達直前に行方不明となりました。しかし、おかしいと思いませんか?」

「まどろっこしいね、要点を話しな」

「アンナはただ一人の仲間も連れず、活動も敵に居場所を悟られないように慎重に行動していました。そのせいで、巷でのアンナの活躍はほとんど知られていないほどにね。敵に居場所を悟られないように、孤児院の仲間達とすら連絡を絶っていた。それがどうして、魔領域到達直前に敵に居場所がバレたのか……誰が魔王軍に情報を漏らしたのか」

「まさか」


 先生が信じられない、と言った表情で呟いた。

 

「ええ、そのまさかですよ。アンナは旅の支援を受けるために、唯一教皇たちと連絡を取り合っていた。アンナはアイツらに裏切られたんだ……!」

「馬鹿な、何のために」

「彼らはアンナが勇者に選ばれたあと、頼み込んだんですよ。自分たちを勇者の一行に加えてくれ、とね」

「あの臆病どもにそんな勇気はないだろ?」

「一度でも仲間になれば箔がつくと思ったんでしょうね。けれど、アンナは拒否した。それが奴らの逆鱗に触れた」


 教会の上層部の多くは貴族のように世襲制であり、生まれながらに周囲から讃えられる人間だ。それが、勇者とはいえ孤児院出身の女から願いを拒否された。くだらない誇りのためにアンナは犠牲になったんだ。


「教会の上層部だけじゃない。この国の人間どもも、あんなにアンナの世話になっておきながら、アンナが死ねば何もかも忘れたように次の勇者を褒め称えやがる。アンナが、あの怖がりの馬鹿が旅に出たのはお前らを魔族どもの手から守るためでもあったのに!」


 憎い、憎い。全てが。アンナを裏切った教会の奴らも。アンナに受けた恩を忘れてのうのうと生きる国の奴らもみんな、みんな。


「滅びてしまえばいいんだ……!」

「アンタ、まさか……」

「……ふぅ。無駄話はこれで終わりです。そっちも体力はすでに回復したでしょう?」

「何だい、気づいてたのかい」

「理由もなく、人は相手の技の弱点なんて言いませんよ」

「全く可愛げのない弟子だね」

「先生に似たんですよ」


 お互いに立ち上がって魔力を練り上げる。お互いに、すでに魔力はあまり残っていない。故に、これがおそらく最後の奇跡の詠唱になるだろう。


「「女神の極聖炎」」


 互いに今出せる最大火力の奇跡がぶつかり合う。

 太古の人類に女神が贈ったという炎。人類が初めて得た炎の再現。


 その威力は攻撃力の乏しい奇跡の中でも最上級のもので、聖女アネストは、小さな村一帯を焼き尽くすことが可能だったという。


 互いの威力はほぼ互角。差を分けるとすれば、それは両者の想いの強さ。それならば、負ける訳にはいかない。アンナを取り戻すために……!


 

 ――アンナ、そんなガキどこで拾ってきたんだい?スリ?ガキ、アンナの財布を盗もうなんて運のない奴だね


 やめろ。


 ――物を盗むんじゃないよ。たとえ、孤児院を助けるためだとしても、それで誰かを傷つけて良い理由にはならないんだからね


 やめろ、思い出すな。


 ――背が伸びたね。新しい服を買ってやるからついてきな。何故って?今日はあんたが初めて孤児院に来た日だろうが。親が子供に贈り物をするのにこれ以上の理由があるのかい?


 俺はアンナを、アンナを救うために……!


「うおおおおおおお!!!」


 爆炎が爆ぜる。炎が炎を喰らい、拮抗が崩れる。

 ゆっくりと、しかし確実に炎は先生の元へと迫った。

 先生はそれを見て一瞬眉を上げると、悲しそうに申し訳なさそうに微笑んだ。まるで別れの挨拶のように。

 

 そして――そして、先生は業火に包まれた。


「ハァッハァッ……」


 これで良かった筈だ。アンナを救うためにはこれしかなかった、これしかなかったんだ。




 

 ……本当に?


 


「先生……」


 自然と言葉が口をついた。

 先生は燃え盛る炎に包まれていた。たとえこの先アンナを救えたとしても、あの頃の日々は――先生はもう二度と戻ってこない。

 

「間に、合った」

「!?……お前」


 誰かの声がした。

 聞くだけで憎らしい感情を呼び起こされる声が。爆炎が晴れ、その声の正体が明らかになった。

 そこには、火傷を負いながらも先生を庇うように立つ少年ウィルがいた。

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