第24話 覚醒 ―唾液の摂取―

 一人の美少女が、静かに同居メンバーに加わった。


 ――吾妻あずまヒカリである。


 明るめのベージュカラーにゆるく巻かれたロングヘア。

 肌は透けそうなくらい白く、目元は濃いめのメイクでキマっている。まつげがやたら長い。いわゆるギャル。


 目つきはやや鋭いけれど、顔立ちは整っている。普通に誰が見ても可愛いって感じるレベルの美少女。


 服装は、ゆるっとしたオーバーサイズのTシャツに黒のショートパンツ。

 シンプルだけど、何もかもが絵になってしまう。足はすらっと長く、左耳で揺れる3連ピアスが、しゃらん、と小さく音を立てた。


 ネイルは鮮やかなイエロー。

 だけど、本人は真逆で、どこか気だるげな空気をまとっている。


「で……アカネじゃ、ダメだったんだよね?」


「はっぁ?ざっけんなよ。私が追い払ったんだっつうの」

 如月きさらぎアカネが眉間にしわを寄せて怒鳴った。


「でも。襲われたんでしょ?その時点で、ダメだよね……」


「うっるせえな。こっちだって用事があったんだよ」


「そうカッカするな。ミントタブレット食べる?」

 吾妻ヒカリはタブレットを差し出した。


「そんなもんいるか!」


「あの~♡」

 そこで声を出したのは白雪しらゆきノノだった。


 ん? と吾妻ヒカリは、ゆっくりと視線をずらしてノノを見る。


「吾妻ヒカリさん、はじめて会いますよね?」

「……そうだな」

 ヒカリは淡々と答える。まばたきも少なめ。まるで関心がなさそうである。


「なんだか……ピアス、かわいいですね♡ そのピアスのこすれる音、すっごく繊細で……風鈴みたいでかわいい」

 その一言に、ヒカリは少しだけ目を細めた。

 

「私……静電気が常に全身覆ってるから」

「ああ、ギフトが電気ですもんね」

 ノノはきょとんと首をかしげる。

「……無意識に走ってるので、私に近づかないで」

 そう言って、ヒカリは自分の耳元を軽く指でなぞった。


「仲良くしましょうね♡」


 ヒカリはしばらくノノを見つめて、それから、ゆっくりとミントタブレットを自分の口に放り込んだ。ガリっとと小さな音がする。


「……お前、なんか変なやつだな」


「よく言われます~♡」


 そんなやりとりの向こうで、如月が小さく舌打ちをした。


「……何だよその穏やかな空気」


 と、そのとき。


 パン、と澄んだ音が室内に響いた。

 インフさんが手を打ったのだ。指の長いその手は、まるで舞台の幕を下ろす役者のような優雅な動きだった。


「はいはい、女子会はそこまで。そろそろ落ち着いてくれる?」

 声はいつも通り低くて穏やか。だけど、そこにほんのわずかだけ圧が混ざっていた。

 その空気に従うように、如月もノノも、そして吾妻ヒカリも口を閉じた。

 ……ように見えた。


 次の瞬間だった。


 吾妻ヒカリが、スッとこちらに歩み寄ってきた。


「……な、なんだ?」


 俺は一歩も動けなかった。

 まるで身体が空気ごと、ピリピリと静電気に包まれたような感覚。

 彼女の眼差しが、冗談でも、興味でもない、なにか確かめるようなものに変わっていた。


 彼女は、ゆっくりと俺の顔の前まで来て――

 迷いなく、俺の唇に、自分の唇を重ねた。


 一瞬、時間が止まった。


 何も言えず、何も考えられなかった。

 ただ、触れた唇と、そこから流れ込んでくるような、微弱な電流の感覚。

 ……熱いのに、冷たい。

 甘いのに、ビリビリ。


 キスは、ほんの数秒。

 けれど、俺の全身を何かが駆け巡った。

 吾妻ヒカリの唾液が……俺の口の中に入ったのだ。


「はあああああああ!?!?!?!?!?」

 教室の空気が爆ぜるように、如月の声が響いた。

「な、なにしてんの!? バカかお前!!」

 如月がバッと俺の肩をつかんで引き離すが、俺はまだ、動けなかった。

 体の内側が……ざわざわと、何かを訴えていた。


「ねえねえねえねええええええええっ!?!?!?」

 あまりにも甲高い声が炸裂した。

 ノノだった。

 ふだんの彼女からは想像もつかないような声量で、教室の空気を引き裂くように叫ぶ。大きな目をこれ以上ないくらい見開いて、唇を震わせながら、俺とヒカリを交互に見つめる。

「な、なななな……なに!? 今の!? キ、キ、キス!? ヒカリさんと平太!?!?!?!?!?!?」

 彼女の言葉はすでに文法をなしておらず、脳内処理が追いついていないのがまるわかりだった。

「え、でも、え!? えっ!? えええ!? なんで!?!? そういう話じゃなかったじゃん!!!」


 突然、椅子に崩れ落ちるノノ。

 その場で膝を抱え、うつむいたまま小さく震え始めた。

「し、信じてたのにぃ……私だけが平太の……信じてたのにぃ……みんな……みんな裏切るんだぁ……」

 完全に壊れかけている。


 吾妻ヒカリはそんな騒ぎの中、何事もなかったかのように自分のポケットからタブレットをもう一つ取り出し、ぽいと口に放り込んで――、

「君、空の器だよね。これで覚醒するよ」と俺に言った。


 そばにいたインフさんがため息をついた。

「それまだ早いって……」


「……え?」

 その言葉に、全員の視線が俺に集中する。

「ギフトを持たない体質。だからこそ、他人のギフトを吸収できる。条件は成分の摂取。ここで言う成分っていうのは、私の唾液。おいしかった?……今ので、私の電気、少しは入ったから」


 心臓が、ドクンと音を立てた。

 ――――ビリ。

 ほんの一瞬、右手の指先が、確かに光った――気がした。


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