秋山航太2

 事件発生の翌日、学校は休校となり、生徒達の親への説明会が開かれた。


 事件のことは瞬く間に全国ニュースとして広まり、初動とは違い多くのマスコミが学校前やその周辺に集まっている。


「何かすごいことになっちゃったな」


 顔見知りの他社のカメラマンが声をかけてきた。


「本当に」


 父兄の車が校門をくぐる度にフラッシュがたかれている。


 基本的に学校側からは父兄や生徒達への取材は遠慮して欲しいと通達が来ているが、どこもそんなもんを守るはずもなく、一言でもコメントをもらおうと躍起になっている。


 二時間半に渡る学校説明が終わると、報道にまますます熱が入り、どこの社も我先に話を聞こうと父兄の車が通る度にその通行を遮るようにマイクとカメラを向けている。


「あれ? 秋山ちゃんはやんないの?」


 ライバルである新聞社の記者に声をかけられたが、「俺は別口があるんで」とその場を離れた。


 説明会の様子を教えて欲しい。


 事前に知り得た在校生の父兄に何人もアポを取ってそう頼み込み、一人にその様子を録音してきてもらうことに成功していた。


「本当はこんなことしちゃいけないんでしょうね」


 そう言いながら、事前に渡していたICレコーダーを俺に渡してきたのは、秋山まりの一学年下の生徒『齋藤さいとう 琉音るね』の母親である『齋藤 幸恵ゆきえ』だった。


 齋藤家は小さな電気店を営んでいる。


 しかし大型店には勝てず、経営は上手くいっておらず、幸恵は家計を支えるためにパートを掛け持ちしており、謝礼の話をするとこの話に飛びついてきた。


「罪悪感がすごいんです」


 お金をしっかり受け取りつつそんなことを言う。


 なら最初から引き受けず、引き受けたとしても金を受け取らずに録音もしてこなければよかっただろうに。


 口では罪悪感を零しながらも金のためなら何でもする部類の人間は一定数いる。


 だからこういう事件が起きると箝口令が敷かれていても情報は漏れてくる。


 マスコミはこういう偽善者の協力の元で成り立っていたりするもんだ。


「あなたの名前が出ることはありませんし、他社でも同じことをしてますから」


 自分と同じことをしている人間がいる。


 その言葉が免罪符になることは多い。


 幸恵もその言葉にホッとした表情を浮かべた。


「説明会の様子を聞いてもいいですか?」


「あー、はい。まず校長先生が謝罪をしながら何が起きたのか説明されていて、その説明を受けてPTAの方々があれこれ質問を始め、他の父兄からも質問が飛び交う形になってましたね」


 後でICレコーダーの音声内容を聞けば分かることだが、その場にいた父兄の言葉というものがあるだけで記事に深みと臨場感は増すものだ。


「あの、本当にあんな痛ましい事件だったんでしょうか? 体中に重しを付けられてプールになんて」


「えぇ、報道されている通りですね」


「そんな……どうして」


 どうしてかを知るための取材だ。


 些細だと思われる小さな情報の中に真実が隠れていることは多々あるものだ。


 まだ犯人の目星もついていない段階で、実は犯人に接触し、取材をしていたなんて話もよくある。


「娘さんは秋山まりさんとは知り合いではなかったんですよね?」


「はい……娘に聞いてみましたけど、全く知らなかったみたいです」


 学年が違えば顔すら知らない相手は増えてくる。


 ましてや秋山まりは他県から入学してきた、いわば余所者であるため、学年が違うと認知すらされていなくて当然だった。


「娘さんのご様子は?」


「怖がってました。まさか自分の通う学校で事件が起きるなんて思ってもみないことで」


「そうですよね」


「犯人はやっぱり変質者なんでしょうか?」


「やっぱり、とは?」


「娘が言ってたんです。秋山さんがバイトしていたコンビニの周辺で夏頃から変質者が出没してたって。だからそいつが犯人じゃないかって」


 初めて聞く情報を急いでメモに残した。


「その変質者とは、具体的にどんな?」


「私はそんな話初めて聞いたので、娘からのまた聞きになりますけど」


 秋山まりのバイト先のコンビニの近くにある児童公園に、夏頃から姿を現し、特に何をするわけでもなくいつの間にかいなくなる男がいるらしい。


 五十代後半くらいで、常に無精髭を生やし、汚れた作業着を着ていて髪はボサボサ。


 児童公園の隅にあるベンチに座って、睨みつけるように遊ぶ子ども達を見ていて、学生の間では「気持ち悪いおじさん」として有名だったらしいが、ただいるだけで何もしないため通報されることもなかったようだ。


 話を聞いた限り、仕事終わりの中年男性が疲れた体を休めるために座っているだけだとも考えられるのだが、一方で犯人の候補とも考えられる。


 睨みつけるように子供達を見ていた、という点があるだけで世間はその男を怪しいと疑うだろうし、犯人ではなかったとしても何らかの危険人物である可能性は拭えない。


 その後も幸恵から話を聞いたがそれ以上の情報は何もなかった。


 支払った謝礼金は五万円。


 正式な取材の申し込みなら経費から落ちるのだが、今回は俺が個人的に頼んで受けてもらったものだったから、経費として落としてもらえるか微妙なところだった。


「落ちなきゃ痛いよな」


 それでも説明会の内容とその様子を手に入れることができたのは実にでかい。


「編集長ですか? 学校説明会の音声、入手しました」


 そう電話で伝えると、編集長が興奮した声を上げた。


「でかした!」


「あの、協力者に謝礼金渡したんですけど、それって経費で落ちますかね」


「今回は落としてやるよ」


 ホッと胸を撫で下ろした。


 ICレコーダーの音声ファイルをパソコンに取り込み、データのコピーを編集長宛に送信し、俺は例の変質者が現れていたという公園へと向かった。


 住宅街の一角にポカンと空いた空間で、公園と呼ぶには遊具がなさすぎるのだが、入口にはきちんと『中崎中央児童公園』とプレートが付いている。


 周囲を六十センチほどの低木に囲まれ、入口を入って左側の隅に木製の背もたれのないベンチが二個並んでいる。


 広さ的には周辺の標準的な一軒家が二個入っても余裕がある。


 廃タイヤを利用した遊具がポツポツと点在し、中央に同じく廃タイヤで囲われた砂場があるだけ。


 男が出没するのは夕方だというため、俺は夕方までそこで待ってみることにした。


 

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