第11話:九死一生と起死回生

小型のそれよりも、圧倒的にパターンの増えた攻撃を右へ、左へといなす。

盾でまともに受けても膂力の差で弾き飛ばされることは、何度かの攻防で分かっているのだ。それなら、盾でダメージを受け流しながら攻撃を捌いて、無力化する。

ひと際強く、その分隙の大きい攻撃をかわしながら、後ろの天使に向かって声を張り上げる。


「今だ!」

「『はいっっ!』」


千鶴は、身体を大きく使って、最初よりも強く引き絞った長弓から矢を放つ。ここまで数分間の戦闘によって、この方法なら貫通は難しくとも、表皮には突き刺さることが分かっていた。

しかし、それでもこの巨躯を相手にその程度の傷では、怯ませることも叶わない。何度目かの薙ぎ払いを盾で受けながら、自ら後方へ飛ばされて距離を取る。


「あんまり効いてなさそうだな…!」

「すみません、これでもかなり威力を出しているつもりなんですが…」

『やっぱりヴォイド狙いじゃないと無理だよ!』

「ヴォイド……この状態で狙えるのか?」


攻防の最中、焦れた俺が「弱点とか狙えないか」と聞いた時に千鶴たちが教えてくれた。

ヴォイド―—ヌルの心臓付近にポッカリと空いた円穴。かつて自分が吸い込まれそうな感覚を覚えたあれは、ヌルにとってまさしく心臓。あの虚無を特異点の力で傷つけることで、ヌルは簡単に消滅させられるのだという。確かに小型のヌルたちを撃つ時、決まって千鶴たちは上空からヴォイドを正確に撃ち抜いていた。


(ボスも弱点は同じだし、こいつも四足歩行だから上から狙えばいいんだけど…)


それを試した数回は、全て失敗に終わった。

千鶴たちが飛びあがると同時に、巨躯からは信じられない跳躍力で上を取られて、地面へと叩き落される。ギリギリで間に入って、千鶴たちへのダメージは防げても、弓でヴォイドを射抜いてもらう余裕はまるで無かった。


「……普通の攻撃じゃダメなんだ。どちらにせよ、ヴォイドを狙うしかないんだろうけど」

『もう~、こいつ賢すぎない?!』

『しかも、多分まだ何かある』

「何か?」


オリヴィアがうなずいて、ヌルの巨躯を俺の目を通して見つめている。オリヴィアの言うことが本当なら、このボスヌルはこれ以上の隠し玉を持っているということ。

このままでは、結局こちらが押し切られる。


「千鶴さん、エレナさん。何か他にあいつに効きそうな攻撃は無いか?さっき撃ってた大量に矢を降らせる技、みたいな」


千鶴は申し訳なさそうに首を振って、可能性がないことを示してくる。


「ダメです。今の状況で、あのヌルへの有効打になる攻撃は、私たちには…」

『ヴォイドを狙うってだけならできるケド…』

「エレナの言いたいことは分かる。……でも、多分」


言いながら、千鶴が一歩前へ。

弓をつがえて、弓ごと真上に向ける。


「『ッ!』」


音にならない気合と共に、矢を放つ。放物線を描いて飛んだ矢は、曲射で背中からボスヌルのヴォイドへ一直線に飛んでいくが……余裕をもって避けられてしまう。


「矢が狙った方向に曲がるならいいんですけど、そうでもない限り避けられますね」

『ひゃ~、本当に打つ手ないんだけど!』

「今の曲射、連発できないか?」

「できますけど……どうするつもりですか?」

「俺が突っ込んで、あいつを引き付ける!」


言いながら、ボスヌルへ向かって突進して、大振りの爪をスライディングで回避。足の下をくぐって反対側へ。千鶴・エレナとボスヌルを挟む形を作る。


「デカブツ!お前の相手は俺だ!」


大声を張り上げ、盾で足を思い切り払う。転ばせることはできなかったが、ボスヌルの注意をこちらへ向かせることはできた。これなら……!


「千鶴、今だ!」

「行きます!」


真上に向かって、今度は数十におよぶ光の線が打ち出されて、一斉にボスヌルを中心とした半径15メートルほどへ降り注いでくる。ボスヌルの回避範囲を計算に入れた距離だ———


次の瞬間、目の前の黒々とした巨躯がブレて、地面が揺れる。

ボスヌルは斜めに跳躍。あろうことか、隣にある商業ビルの壁に張り付いて、曲射を回避してみせた。


「『ええぇっ?!』」

「そんなのありか!」


垂直の壁に張り付いたまま、ボスヌルがゆっくりと千鶴たちに目線を向けた。今の攻撃で、千鶴たちの危険度が上がったらしい。グググッと首元が膨らんでいる。それを見た瞬間、頭の奥で警告音が鳴ったような気がして、とっさに走り出す。


(オリヴィアが言っていた隠し玉は、コレか!!!)


『ソーマ!防いでっ!』

「わかってるッ!!」


ボスヌルの行動の意図が読めず、立ち尽くす千鶴の前に飛び込みながら、盾を構える。想像が正しければ、これは——


ボスヌルの口から、光を吸い込むような漆黒のビームが炸裂。

一瞬で間合いを貫いて、盾で防げるギリギリの衝撃が突き刺さってきた。

盾とビームが競り合う、耳障りな金切り音が鳴る中、必死で盾を押さえて耐える。


「ぐううぅ……!」

「結城さん!」『何あれ!ワンちゃんのくせに、口からビーム?!』


二人の言葉に反応している余裕がない。

(やたら時間が長く感じる……このままじゃ保たない!)


『ソーマ!盾で振り払って!』

「?!……おらあああぁぁぁっ!」


オリヴィアが指示してきた通り、衝撃を与えられ続けている盾をうまく構えなおして、思い切り振り抜く。盾がビームに反発するような、独特の感触がしたのと同時、振り抜いた腕の角度に合わせてビームが弾き返された。ボスヌルが張り付いている壁の足元に、弾いたビームが着弾。虚をつかれた様子で、ボスヌルが地上へと戻ってくる。


「な、なんだ今の?!」

『ん、使えるようになった』

「……今のは、オリヴィアさんの“概念”の力ですか?」

『ん、そう。[防ぎ退ける]だから、攻撃を防いで退ける……弾き返せるんじゃないかと思った』

「思いつきにしては、思い切ったな…」


未だに俺にはよくわからないが、特異点の“概念”というやつには、こういう力もあるらしい。


(「防ぎ退ける」か)


「………待てよ?」

『ソーマ、どうしたの?』


とっさの思い付きを、可能な限り冷静に考え直して、顔を上げる。


「……うまくやれば、あいつのヴォイドを壊せる、かもしれない」

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