年上の後輩とのその後

 最近本社に異動してきた年上の後輩は、仕事ができる、容姿端麗、コミュニケーション能力抜群、優しい、声もいい等々、完璧すぎる人物像な人だった。

 そんな人物にあてがわれた教育係が私なわけで……。

「……はぁ」

 年上の後輩、羽酉さんは初日から要領もよく、私なんて教育係なんて名ばかりだったのだ。三ヶ月経った頃には教えることもほとんどなく教育係は御免かと思いきや、羽酉さんの要望で今年いっぱいまでいつの間にか延びてしまっていた。

 次から次へと出てくるため息を吐いていると、後ろからすみませんと声がかかり振り向く。その視線の先には今まさに頭の中にいた人物が私を呼んでいた。

「んー、どうしたんですか?」

「大橋さん忙しいところすみません。少しわからないところがありまして、教えて頂きたいのですがお時間ありますか?」

 この前、別の後輩がやらかした案件が嘘みたいに忙しくて、早くて今月……いや、明後日までには纏めないといけない。

 けど、可愛い後輩の頼みだし。なにより教育係として頼られてるのに、蔑ろになんてできるはずがない。

 私は優しく褒めて育てる方針だからね。

「全然いいですよー。どこがわからないんですか?」

 羽酉さんのあとをついて行くと、羽酉さんのパソコンには作りかけの資料があった。

「あの、ここのところなんですが、資料がなくて。どうしたらいいかなと思いまして」

「あー、比較対照がないんだね」

「そうなんです」

 この資料なら確か……。

「これなら、倉庫にあるかも。ちょっと見てくるから、羽酉さんはそのまま他のところを続けてていいよ」

 たまには教育係としての職務をまっとうしたい。少しでもそれらしい事が出来るときがきた、と少し張り切って倉庫に行こうとするが後ろに気配がする。

「待っててくれればいいから」

 後から着いてこようとする羽酉さんを止めるが……。

「私の資料ですし。それに倉庫に何があるのか見ておきたいので、ついていってもいいですか?」

「え、倉庫に行ったことなかったっけ? 前にも教えた気もするけど……。うーん、そうだね、もう一度しっかりと説明しちゃっとこうか。あっ、その前に保存かけた?」

「えっ、あっ、まだです」

「消えちゃうと困るから、保存してから行こ」

 羽酉さんが、データを保存したのを見て、おいでおいでと手招きをすると、ちょこちょこと着いてきてくれる。

 たまに、幼く見えるこのギャップが可愛いんだよね。

 本人は気がついてなさそうだけど……。

「ここが、資料室ね。私らのところから近いからわかるよね?」

 首をかしげて聞いてみる。

「……っはい、わかります」

「おっけーおっけー。じゃあ、資料が大体どこになにがあるか言っておくね」

 この時には、既に……いや、あの時から羽酉さんに言われた言葉なんて、もはや私は念頭に置いてすらいなかったのだ。


「えっ…………」

 どうしてこうなった……。

 一緒に資料を探しに倉庫まで来て、どこになにがあるか説明して、そしてたまたま見つけた羽酉さんが使う資料が上の方にあった為に背伸びをして取ろうとしたけど、その後ろからひょいっと軽々しく羽酉さんに資料を取ってもらって、取るなら先に言ってくれればいいのに、とぷんすか小言を呟いて、お目当てのものが見つかったからそろそろ戻ろうかとしたところで世に言われている壁ドンというやつをされている。

「羽酉さん? ど、どうしたの?」

 しかも、進行方向の方に腕を置かれているから逃げられず。近すぎるのもあるし。

 ……色々と困った。

「んー、前に私が言ったこと気にしてなさそうでしたので、少しだけでも自覚してもらおうかなと?」

 うっわぁぁぁぁ。すっご。遠目で見ても綺麗なのに、近くで見ても綺麗とか嫌味すらでないとはこういうことか、と違うことを考えてしまうが今はそれどころではない。

「ん? 前に言ったこと?」

 えっと、なんか言われてたっけ?

 頭の中でぐるぐると思考を巡らせても出てこないものは出てこないわけで……。

「本当に覚えてないんですね」

「へぇっ? いや、えっと……」

 バレている。確実に覚えてないことがバレている。

「ふふっ。大橋さん、意外と顔にでやすいですから分かりやすくて助かります」

「なっ、分かりやすいなんて言われたことないんですけど。覚えてないのは事実だけど、じゃあなんて言ったか教えてよ。気になるじゃん」

 私の言葉に羽酉さんは、うーんと考えたあと口角を片方だけ上げていて、それを見た途端嫌な予感しかしなかった。

「可愛くお願いしてくれたら教えてあげますよ」

 羽酉さんはそりゃあもう、にっこりと微笑んでいた。

 それとは対照的に、私はと言うと開いた口が塞がらない状況だ。

「……なに、お願いって」

「そこは、大橋さんが考えてくださいよ。先輩なんですからそれくらい簡単に出来ますよね?」

 羽酉さんの少し挑発的な態度に、簡単に煽られてしまう自分もどうかと思うが少しだけイラっとしてしまったものは仕方がない。

 なんだよ、バカにしやがって。

 それくらい私にだって余裕で出来るし。

 お願いでしょ。お願い、おねがい、オネガイ……。

 頭に思い浮かんだが、それはさすがに……。いやいや、目の前で余裕そうなこの後輩に一泡ふかせてやりたい。

 あぁぁぁ、もうやってやろうじゃん。

 恥ずかしさをぐっと堪えて覚悟を決める。

 羽酉さんのお腹辺りの服を少しだけ握り、チラッと上目遣いになるように見上げる。睨んでる風ではないことを祈るばかりだ。

 あとは……。

「お願い……教えて?」

 こてんと首をかしげて、少し甘めの声を出す。

 ふんっ、どうだっ!

 ゲームや漫画やアニメで見たヒロインの王道よ。たぶん。

 反応が薄くてよく見ると、羽酉さんは固まっていた。

「えっ、もしかして照れてるの? 大丈夫?」

 羽酉さんの顔から首にかけて、ほんのり色づいていた。

 思わず口から出てしまうのが私の悪い癖なんだけど……。

 あれ?前にもこんなことがあったような……。

 ん、前にも?

「あっ」

 思い出したかもしれない。

 あー、すっかりさっぱり今の今まで忘れてた……。

「羽酉さん、思い出したかも。もしかして、覚悟しといてってやつだった?」

 羽酉さんに聞くと、一度咳払いしていた。

「そうです。思い出してくれてなによりです」

「よしっ! 思い出したことだし戻ろう」

 一泡ふかせた感もあったし、思い出せたし、よかったよかった。なんて進行方向を向いても、まだ腕は壁ドンのままで。羽酉さんに「腕をどかして」と伝えても反応がなく。少し上の方にある羽酉さんの顔を見れるように見上げた。

「さっきの、お願いのご褒美です」

 そう言って、にっこり綺麗に微笑んで離れていく。

「顔が真っ赤なので、落ち着いてから戻った方がいいですよ」

 爽やかに去っていく羽酉さんの後ろ姿を見送る私は、言葉を発することが出来ず口をパクパクすることでしか反論できなかった。

「…………おでこにちゅーはだめだろぉ」

 覚悟ってこれのことなら、心臓がいくつあっても足りないのだが……。

 一体全体、なんの覚悟だろうか。羽酉さんがわからなすぎる。というか、頑張ってお願いした意味も大してなかったように思う。

 先に照れてたのは向こうなのに、なんかしてやられた感じがして解せぬ。

「…………くそう」


 その日を境に、羽酉さんが積極的になったような気がした。

 一日一回の褒め言葉。

 今日も髪の毛がさらさらですね、だったり今日も綺麗ですねとか、可愛いですねとか……。

 前よりも積極的に質問しに来るようになり、二人で仕事をする時間が増え、わからない資料があるから付いてきてほしいとか、お昼に誘われたり、残業も私の業務だからやらなくていいのに残ってくれたり……。

「どうしろっていうのさぁ……」

 それでも私には羽酉さんが言う覚悟の理解が出来なかったし、気づかせるの意味も理解できていなかった。

 教えて、グーブル先生と思っても教えてくれるはずもなく……。

 毎日、褒められて嫌な気持ちはしないが流石に自分の心臓がもたない。綺麗な人に褒められる身にもなってほしいものだ。

 そんな日々を過ごしていくうちに、あっという間に半年が経とうとしていた。

 その間も毎日褒めてくれていたわけだが、教育係の方は必要ないでしょと思うレベルだ。

 誰がどう見ても、羽酉さんは仕事ができるし一人立ちしても問題はない。

「私の必要性がわからん」

 誰もいないオフィスで呟いた独り言は、誰にも聞かれることなく消えていった。

 今日とて、別案件の見直しと改善案の作成等を任され、他の仕事も納期が早まるという感じで、どれも中途半端にしたくなくて残業している状況だ。

 効率よく、要領よく仕事したいと思っていてもこうなってしまうのは反省点で。

 問題はそれだけじゃない。連日、羽酉さんからの距離感に心臓がもたないのに、思考回路も侵されはじめていた。

 最近、考えるのは羽酉さんのことばかり。

「こんなん、本人にバレたら気持ち悪がられるよねー」

 背もたれにもたれて、腕を後ろに伸ばして大きく伸びをする。

「なにがですか?」

 突然の声に、声も出ず、盛大に椅子と身体をびくつかせてしまった。

 そんな、私の姿に口を押さえて笑っているのが……。

「羽酉さんっ、毎回毎回やめてってば」

「っふふ、すみません。大橋さんの反応が毎回可愛らしいのでつい」

 つい、で驚かされてるこちらの身にもなってほしい。

「はぁ、もういいよ。それよりどうしたの? 飲み会は? それともなんか忘れ物?」

 色々と心臓に悪くなる前に話を切り替えて終わらせる方向にもっていく。とっとと帰ってもらおう。

「飲み会はもう終わりました。えーっと、そうですね。忘れ物といえばそうなのですが……」

 意味ありげに笑う羽酉さんに、「なに?」と不思議そうに視線を合わせる。

「帰り際に大橋さんが寂しそうにしてたので、気になって戻って来ちゃいました」

 楽しそうに笑う羽酉さんに、思わず「は?」と低い声が出てしまった。

「大橋さん、顔にでやすいって前にも言いましたよね。寂しいなって思ってしまうほど、今日のご飯も楽しみにしていてくれてたんですよね?」

 ぐぬぬ……その通りだ。

 今日は、羽酉さんと他の後輩を含めた数人で女子会をするはずだったのだが、私の仕事の納期が早まりなんやかんや残業確定な私だけ辞退したのだ。

 残念そうにしてくれた後輩達には申し訳なくて、ひたすらごめんねと謝り倒していたら逆に気を遣われて、今度行くときは美味しいところに連れてってくださいねとお願いされて、二つ返事でいいよと答えたのが定時前の話。

「そりゃあ、初めて後輩達とご飯に行けるから楽しみにしてたし、こんなつもりじゃなかったし、寂しくなるのは仕方ないじゃん」

「…………初めては私じゃないんですか?」

「へっ?」

「後輩に誘われて初めて食事に行ったのは、私だと思ってましたけど違いました?」

「そ、うですね」

 確かにそうだ。社食を一緒に食べていた。忘れていたわけではないが、なんだろ。羽酉さんは他の子達より距離感が近いし、年上だからだろうか。

「大橋さんのハジメテが貰えたって喜んで浮かれてたのは私だけだったんですね」

 おい、なんか誤解を招く言い方。

 羽酉さん、たまにチャラいんだよなぁ……。

「そんなことばっかり言ってると、みんな勘違いするよ?」

「勘違いしてくれるんですか?」

「は? 逆に勘違いさせるんですか?」

「大橋さんって普段そんなことないのに、私といる時はすぐムキになるとことか可愛いですよね」

 羽酉さんは、くすくすと楽しそうに笑っている。

 その様子から、からかわれているのだけは分かった。

「人のことをからかってるだけなら早く帰ってくださーい」

 もう遊び相手にはならないから、とパソコンに視線を戻す。

「からかってないって言ったら、私のことを見てくれますか?」

 だから、さっきから意味深なんだって。

「他の子にもそういうこと言ってたの聞いたよ。本当に、勘違いするからやめておきなよ」

「他の子にもしてるってわかるくらい、私のことを見ててくれてるんですね」

 にこにこ、いや……にやにやか?

 声のトーンがもはやそれだ。

「大橋さんは勘違いしてくれないんですか? 残業中も考えちゃうくらい頭の中は私のことでいっぱいぽいのに」

 ねっ、とウインクが付いてきそうな勢いの言葉の弾み具合に思いっきり振り返った。

「な、に言って、」

「さっきも、なんか私がどうのこうのぶつぶつ言ってましたし。気持ち悪がられたらやだなとか」

 考えてたけど、やだなとは言ってない。というかどこから居たんだよ。

 人が悩んでいるのに、いつも余裕があってずるい。

 私ばっかり振り回されて……。

「そうだよっ! 羽酉さんのせいなんじゃん。たくさんちょっかいかけてくるし。最近、意識しちゃうのだって構ってくるからなんじゃん。そのせいで四六時中考えるようになっちゃったし、頭から離れなくなっちゃったし。こんなこと、今までなかったのに。それに加えて胸の辺りが苦しくなるし……。なにこれ、どうしてくれんの」

 思わずカッとなって、一気に捲し立ててしまった。

 息継ぎもろくにせず、感情のまま言ったから息切れがする。

 確実に言い過ぎた。言ったあとで速攻で後悔した。

 急いで羽酉さんに謝ろうとするが……。

「羽酉さん、ごめ」

「…………可愛すぎる」

「えっ?」

 謝ろうとしたら、返ってきたのは返答違いな答えだった。

「自覚してないんだろうなと思ってましたけど、ここまでとは。さっきの大橋さんの話を要約すると、私のことが好き過ぎて困るってことですよね?」

「えっ?」

 なになに、どういうこと……。好きって、私が羽酉さんを好きってこと?

 私が羽酉さんを…………好きなの?

「えっ? 私って羽酉さんのことが好きなの?」

 ここ最近気になっていたのは確かだ。

 羽酉さんのことを最近はずっと考えていた。誰かにちょっかいかけてるのを見た時は胸が苦しくなったし、私だけじゃないんだと少し沈んだ気分にもなっていた。

 話せれば嬉しかったし、話せなかった日には寂しくなった日もあった。

 こういう場面は、漫画やアニメで見たことがある気がするが、自分にはよくわかんないなぁ、なんて他人事のように思えてた気持ちが、今こうして自分のなかにあることが信じられない。

 けど、認めざるを得ないのかもそれない。

「どうしよう……私、羽酉さんのことが好きなんだ」

 自覚したのはいいが、どうしていいかわからない。

 今まで面倒臭くて色恋沙汰なんて遠巻きにしていたし、なんなら関わらないようにしていたのだ。

 正直、こんな気持ちなんて知りたくなかった。

 知らない感情に今更になって怖くなってきてしまう。

「大丈夫だから、泣かないで」

 そう言った次の瞬間、自分の頭が温もりに包まれた。羽酉さんが私の頭をぎゅっと抱き締めてくれている。

 いつの間にか目からは涙が溢れていて、羽酉さんの服を汚してしまうと思い離れようとするが、それよりも強い力で引き寄せられてしまう。

 立っている羽酉さんと座っている私では、羽酉さんのお腹辺りにめり込むわけで。

 いいこ、いいこ、と頭を撫でてくれる羽酉さんは声が凄く優しくてまるで聖母のようだった。実際の聖母がどんな人なのか知らないけど。

「そのままでいいので、聞いていてください」

 こくんと私が頷くと、可愛いと頭をひたすら撫でてくれる。

「正直に言うと、本社にそこまで期待してなかったんです。給料が今より上がるとか、休みがきちんと貰えるとか、そういう理由で本社を希望しただけなので。それに年上の後輩って扱いづらいだろうなと思ってましたし。自分の見た目で近寄ってくる人もいるので、人の付き合いなんて広く浅くでいいとも思ってて。それに、大橋さんも年上の後輩なんて面倒だと思ってるんだろうなと思ってたのに。実際は、私のことをすごい見てくるし優しいし、面倒臭そうだけど嫌そうにはしてないし。他の人ともそんな感じだしで、どういう人なんだろうって気になっていって。私の仕事の進捗具合とか、仕事の割り当てとか教え方が凄く的確で分かりやすくて。上司に聞くと、初めての教育係だって教えてもらって。それを聞いて嬉しく思ってしまう自分もいて。それに、時々見せてくれる可愛らしさといったら、その可愛さなんなんですかって怒りたくもなりましたよ。仕事は出来て頼りになって格好いいのに、時折見せる可愛さのギャップもあって、周りにも少なからず人気があるのに当の本人は気にしてもいない。そんなの危なっかしすぎて、心配で閉じ込めておきたいって思っちゃうじゃない」

 ちょいちょい敬語が外れてる。声に余裕のない羽酉さんが珍しくて、少し緩くなった腕から顔を上げて羽酉さんを見上げた。

「羽酉さんも、なんか私のことが好きみたいに言うね」

 閉じ込めておきたいなんて初めて言われた。

 そんなにたくさん可愛いなんて言うの、羽酉さんくらいだよ。

「好きみたいじゃなくて、好きなの」

 羽酉さんの目線が下を向いて視線が絡み合う。

 下を向いた拍子に、髪の毛がさらさらと落ちていくのを左手で耳にかける仕草すら絵になっていた。

「嫌だったらちゃんと逃げてね」

 そう言って近づいてくる羽酉さんの顔は、どの距離から見ても綺麗で……。

「ふふっ、キスする時は目を瞑るものよ」

 羽酉さんの照れてる表情も可愛い。

「羽酉さんは、私とそういう関係になってもいいの?」

「いいもなにも、そのつもりでアプローチしてたんですけど」

 困ったように笑う姿も可愛い。

「そっか、両想いなんだ……」

「大橋さんは、さっきまで自分の気持ちにすら気がついてませんでしたけど」

「そ、うだけど、気がついたんだからいいじゃん」

「大橋さん」

 急に落ち着いた声のトーンに、何かと見上げると優しく見守る眼差しに心臓が暴れだした。

「顔真っ赤で可愛い」

 すり、と頬を撫でられる。

 それが気持ちよくて、私からもすり寄ると羽酉さんの動きが止まった。

「もう、そういうところですよ。本当に」

「そんなの、わかんないよ。羽酉さんのこと好きなんだもん。可愛いって、もっと思ってもらいたいじゃん」

 羽酉さんの手に自分の手を重ねていく。

「やだった? やっぱり好きじゃない?」

 そしたらどうしよう。実際問題、私なんかが羽酉さんに見合うなんてあるはずがないのだ。月とすっぽんという表現が正しいと思う。

 そんなことを考えていると、くいっと顔をあげされられ強制的に羽酉さんと視線が合った。

「そんな顔をしないの。これから、どれだけ好きなのかわからせてあげるから。じゃあ、お預けのままは嫌なので、とりあえず帰りましょう」

 勝手にパソコンの電源を切られ、椅子から立たされるとロッカーに連れていかれて、私の荷物を羽酉さんが持ってくれている。

「えっ、あの、ちょ、羽酉さん?」

「私の家に着くまでには、覚悟を決めてくださいね」

 軽やかに手をあげてタクシーを止める姿も様になりますね、なんて思いながらも何か勘違いしてる羽酉さんの手を軽く引っ張ると、私のことを気にしてくれる顔に近づいていく。

「たくさん可愛がってね?」

 そう呟くと、一瞬ぐっと怖い表現をしたあとに……。

「こっちは我慢してるって言うのに……煽ったこと後悔しないでよ」

「えっ、あっ」

 もしかしたら、やっちまった感じ?

 選択肢を間違えたのかもしれない。

 時と場合によって、漫画やアニメの台詞も考えものだなと学んだが、たくさん可愛がってもらえるならそれでもいいや、と羽酉さんに言われた通り、家に着くまでの間にしっかりと覚悟を決めていく。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る