エピソード23

虎時と別れたあと、俺は自宅のソファに寝転び、今日撮影した写真をぼんやり眺めていた。


天羽からの追加情報は、まだ届いていない。

夜とはいえ、初夏の湿気を含んだ暑さがじわじわと部屋を包んでいる。


「……そろそろクーラーつけないと厳しいな」

そう呟くと、俺のお腹の上にはシロがへばりつくように乗っていて、口を開けながら「はぁ、はぁ」と苦しげに息をしていた。

じっとりとした熱がシロと俺の間にこもっているのに、退く気配はない。


「仕方ない……俺は我慢できるが、シロが熱中症になるとまずいしな」

俺はリモコンに手を伸ばし、エアコンのスイッチを入れた。送風口から涼しい風が一気に吹き出してくる。


タブレットの画面には、保存してある事故車の写真が映っていた。

フロントガラス越しに撮った一枚。その中の“コード”は、今も画像内でゆっくりと回転している。


――前回と同じように、何かの“ピース”が埋まっているのか……?

いや、あるはずだ。だが、何を手がかりに探ればいいのか見当がつかない。

写真から飛び出したコードは、まるでそれ自体が“鍵”のように機能している。


「OZ-NINE」――

俺の記憶では、あれはただの認証プログラムだった。少しコードを弄った程度の、ごく初歩的な仕組みのはずだ。

初期の頃は何の役にも立たず、テストすらろくに通らなかった。実用化は遠いと誰もが思っていた。

なのに、今こうして画像から“何か”が立ち上がる。

それは現象なのか、それとも記憶がコードに変換された“何か”なのか。


――そして、了。

彼が最後に残した曖昧な言葉の断片。

あれは「自分の居場所」を伝えようとしていたのか?

それとも「俺自身」への警告だったのか……。


「……うーん、わからん!!」

考えれば考えるほど、底なしの暗闇を手探りしているような感覚に陥る。


何かヒントはないかとパソコンに向かおうとした――その時、どこかで金属が擦れ合うような音がした。


カチ、カチ……。

エアコンの風音とは異質な、微細で妙に耳につく音だ。

(……ん?)

シロの耳がぴくりと動く。

その刹那、玄関の方角でふわりと風鈴のような音が鳴った気がした。


「伊禮、いる〜?」

玄関の扉が開く音とともに、シロが俺を踏み台にしてソファから飛び降りた。

玄関へ駆けていくその後ろから、声が聞こえてくる。


「はは、こんばんは、シロ」

シロを抱き上げていたのは、久遠昂だった。

「あのさ、昼間も来たんだけど、留守だったから……どこ行ってたの?」

「ちょっと、な」

事故現場のことは、まだ他言しない方がいい。


「ふうん、珍しいね。お出かけなんて」

昂は探るようにじっと俺を見てくるが、俺は無言で受け流した。

「で、何か用事か?」

「うん。柴田先生から連絡があってね。やっぱり早めに来てほしいってさ。どう?」


――そういえば、そんな依頼を受けていたな。

「伊禮、まさか忘れてたわけじゃないよね?」

じろりと睨まれる。

「忘れてるわけないだろ。大事なお客様だ」

「ははは、ならいいけど。この店もそろそろ本気で仕事してくれないと、建物ごと潰れそうだし」

「潰れるって、おい……失礼な」


――いや、冗談に聞こえないのがこの建物の怖いところだ。


「わかった。明日行ってみるよ。昂、お前も来るか?」

「うん、せっかくだし。一緒に行くよ」

昂は完全に“遊び”に行く感覚のようで、どこか楽しげに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る