エピソード20

「……ここにいたんですね、先輩」

不意に声を掛けられ、そちらへ顔を向ける。


はちきれんばかりの笑顔を浮かべた青年が、すぐそこに立っていた。

二十代前半とおぼしき彼は、まだスーツの着こなしに不慣れだが、真面目そうな雰囲気が滲む。虎時を「先輩」と呼ぶということは、やはり警察関係の人間だろう。


虎時ほどの体格ではないものの、引き締まった身体つきはスーツ越しにも分かる。

髪はきっちり整えられ、清潔感のある――どこか今どきの“イケメン”。何より、あのキラキラした感じが、俺にはまぶしかった。


「ああ、天羽か。よくここが分かったな……」

「先輩、いいもの食べてますね。ずるいなあ」


虎時の目が泳ぐ。

「おい、虎時。この子は?」

「天羽だ。天羽理人あもう りひと。俺の後輩……というか――」


その言葉を遮るように、青年が一歩前へ出た。

「今回の案件、信坂先輩の同行を命じられました。天羽理人と申します。よろしくお願いいたします」


はきはきとした挨拶に、思わず吹き出す。

「ははっ、すごいな。今どきの学生でも、ここまで堂々とはいかないぞ」

「うるさい、天羽。声がでかい。トーンを落とせ」

「はっ、はいっ!」


両足を揃え、背筋を伸ばす姿勢は、まるで訓練校の卒業式直後のようだ。

虎時がふうっと深いため息をつく。


「で、どうやってここが分かった」

睨むような視線に、天羽はさらりと答えた。

「はい、先日先輩のスマホをお借りした際、位置情報アプリをインストールさせていただきました。それで、ここにいらっしゃると」

「……お前、勝手にインストールしたのか!?」

「はい。でないと、先輩ってすぐいなくなるので。だめでしたか?」


まるで当然のことのように言い切り、姿勢を崩す気配もない。


――虎時、逃げ回ってたのか? 新人教育を避けるために。

でも、この新人……虎時の“逃げ”すら見越してたってことだろう。


「ははっ……こりゃすごいな」

笑いを堪えきれない。


「……ずっと、つけられてたのか……」

虎時は頭を抱え、肩を落とした。追跡されたこともだが、なによりその“異変”に気づけなかったことがショックなのだろう。


「天羽くん。君、いいな。面白いよ」

「はっ、はいっ。ありがとうございます!」


「で、なんの用だ?」

虎時の表情が引き締まり、警察官の顔になる。

「この近くでまた、交通事故が発生したようです。確認をお願いしたいと」

「……そうか。現場へ向かうか」

「はいっ!」


新人らしく清々しい返事。そして、にやりと笑って一言。

「ところで、先輩……その飴、舐めながら行くんですか?」


虎時は無言で俺を睨んだ。

――年齢差もあるのかもしれないが、虎時がここまで振り回されてるのは珍しい。

この天羽理人、只者ではないな――。

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