エピソード10

ガラケーの画面を、じっと見つめ続けていた。

そこには、先刻撮影した写真が表示されている。


あのコード――あの幾何学的な羅列は、一体何を意味するのか。

どうしても頭から離れない。


「OZ-NINE」……かつて携わった、あのプロジェクト。

あのとき見たコードに、どこか似ていた。

けれど当時は、これが何を示しているのかさえ知らされなかった。


了と俺は、ただ“与えられた条件”をコードに組み込んでいった。

同じに見える条件でも、ひとつとしてまったく同じものはなかった。


例えば、幾重にも折り重なる数列や記号。

一見すると類似のパターンに見えて、実際には異なる構造を持っていた。


そう――それはコードの中に、「ひとつの形から拡張される世界」。

記憶の底に微かに引っかかる。

だが、曖昧だ。本当にそうだったのか、それさえも不確か。


――なぁ、了。俺たちは、いったい何を作っていたんだ?


画面の中では、以前生成された3Dの映像が消えることなく、ゆっくりと回転を続けていた。

それはまるで、人間が生み出した“仮想の生命体”のようだった。


回転するたび、構成するコードが――書き換わっていく。

まるで、人間の体内を巡る血管のように、複雑に絡み合い、成長を続けているようにすら見えた。


「……こいつ、生きてるのか? まさかな……」


足元で、シロがすり寄ってきた。

冷えきった足元に、ぬくもりがじんわりと伝わってくる。


ゆっくりとシロを抱きかかえた。


「なあ、シロ……何かが、足りない。

でも、それはただの文字列やプログラムじゃない気がするんだ。

このコードは、目的をもって“成長”してる。

そして、あの符号は、この成長を導く“核”なんじゃないかと思う。


ピースがすべて揃えば、こいつの“意図”が見えてくるはずだ。

――となれば、やっぱりあのラジオを持ち込んできた依頼者。あいつが、鍵を握ってるかもしれない」


「くぅーーん」


シロは俺の顔を見上げ、甘えた声で鳴いたかと思うと、ペロリと舐めてきた。


「ははっ、くすぐったいよ。顔はやめろって、シロ」


――その瞬間、ふと脳裏に閃光のような違和感が走る。


「……顔?」


まじまじとシロの瞳を覗き込む。

そのつぶらな瞳の奥に、俺の顔が小さく映っていた。


――まさか……。


「このコードの“発動条件”が、プロジェクトOZ-NINEと関係しているなら……この羅列の意味は――“顔”、いや、“瞳孔”と“虹彩”……?」


だから、あのときシロにレンズが向いた瞬間に、起動したというのか?


もう一度、シロの瞳をじっくりと見る。

拡大された瞳孔、その周囲に浮かぶ独特の模様。


そうだ。人間の虹彩や瞳孔は――指紋と同じく、一人として同じものはない。

最近では眼球による生体認証が行われ始めている。それを応用しているとしたら……。


俺の頭の中で、さまざまな憶測が駆け巡った。


このコードが“光彩認証”に類するものであるなら、俺の瞳でも起動するはずだ。

試してみるしかない。


カシャン。


ガラケーのレンズを自分の顔に向け、シャッターを押す。

もし仮説が正しければ、この撮影で何らかのトリガーが作動するはずだった――


だが、


画面に映し出されたのは、ただ目を大きく見開いた、自分の顔だけだった。


「……」


反応は、ない。


確かに、シロにレンズを向けたときには、映像が動き出した。

だが、俺自身には反応がない。


――となると、瞳孔や光彩だけが“鍵”ではないということか?


思い返す。

USBに反応したあの瞬間も含めて、全体はもっと複雑な仕組みで構成されていた。


ならば、そもそも“俺”がこの端末の対象ではない可能性もある。

……いや、それも一部に過ぎないかもしれない。


このコードは、いくつかの“ピース”が揃わない限り、本来の目的を果たさない。

今はまだ――“待っている”。


このガラケーのなかで、沈黙しながらも着実に成長し続け、

正しい組み合わせを、正しい条件を、静かに待ち構えているように思えた。


そして――そこには、久遠了の影もちらついていた。


俺は視線を、依頼内容の控えに落とす。

印字された名前に目を止めた。


「……芹沢、か」


この“依頼者”に、隠されたものがある。

それを見つけ出す必要がある――そう思えた。

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