電・々 ― ながを電気店 ―
季埼伊利
第1話 ラジオ エピソード1
第1章 ラジオ
エピソード1
――――夢なら覚めてくれ、俺ァもう一度やり直すからよぉ……ガチャン。
カセットテープが切れる音がこだました。
(録音に無いはずの声だ。)
「ながをさーん、いませんかぁ?」
子供たちの揃った声が入口から響く。
机に向かって古い電気回路を弄んでいた手を止め、背を伸ばした。
どれくらい集中していたのだろう。時間の感覚がなかった。
気づけばもう夕方に差しかかろうとしていた。
居留守を決め込もうかと考えた矢先、再び声が飛ぶ。
「あれ、いつもいるのに」
「寝てんのかな?」
子供らの声に頭を掻きながら、痺れた腰を上げて店先に出た。
「なんだ、いるじゃん。あのね……このラジコンが壊れて動かなくなったから、直してほしいんだ」
ひとりの少年の手には、鉄製の古びた飛行機型ラジコン。
先端に大きなプロペラがついた両翼タイプで、一目で年代物だと分かった。
「これ、どこで手に入れた?」
少年は誇らしげに胸を張った。
「じいちゃんの家にあったんだ。で、貰った。昔これでお父さんも遊んだって」
俺はラジコンを受け取り、裏返す。錆びついたON/OFFスイッチが指先に触れた。押してみても反応はない。
「でも、電源入れても全然動かなくって……やっぱりもう駄目かな?」
「うーん、どうだろうな」
操縦機は弟らしい少年が握っていた。その顔には期待が満ちている。
俺は飛行機を耳元で振った。
カラン、カラン。
鉄の胴体の奥で部品が外れている音が響いた。
「お願い。せっかく飛ばそうと思ったのに……直して」
はぁ……と溜息が出たが、少年の瞳がそれを許さなかった。
「わかったよ。少し待ってな」
キラキラした目がこちらを射抜く。……仕方ない。
店先のガラクタの中から部品を見繕い、作業スペースへと持ち込んだ。
「ながを電気」は、看板の錆すら時間に取り残されたような古びた電気店だ。
外壁は打ち直されたトタンで覆われ、風が吹くたびにカラカラと金属音を立てる。
天井から吊るされた裸電球の下には、昭和の名残を思わせる家電や部品が雑多に積み上げられていた。
埃をかぶったカセットデッキやブラウン管テレビ、真空管式ラジオ。
今では見かけなくなったそれらも、俺にとっては「修理の余地あり」の宝物だった。
「危ないから中に入るな! そこで待ってろ!」
「はーい」
薄暗い奥の作業スペースで、俺はラジコンを分解する。
内部のネジは錆び、コイルは変色していた。だが構造は単純だ。
かえってその素朴さが修理屋魂に火をつけた。
部品を交換し、操縦機も点検する。
中から出てきたのは変色したシールと、読み取れない謎の紙片。
何かの符号のように見えたが、今は気にせず掃除を続けた。
組み直した飛行機を布で拭き上げる。
古びていても、愛されてきた物は蘇る。
「おい、操縦機も貸せ」
受け取って最後の確認を終えると、俺は子供たちのもとへ戻った。
「ほらよ」
「えっ、もう直ったの!?」
「試してみろ」
少年が操縦機を握り、スイッチを入れる。
プロペラがゆっくりと回転し、やがて回転数を上げていく。
――――そして。
「うわぁっ! 飛んだ!!」
飛行機は浮かび上がり、子供らの頭の高さまで舞い上がった。
歓声とともに駆け出す少年たち。顔を真っ赤にして笑っている。
「ありがとう!!!」
「気をつけろよ……ったく」
見送った後、ひとりの少年が残った。
「すみません。お代は……」
「子供から金なんて取れないさ」
そう言った矢先、少年はポケットから五百円玉を差し出した。
「ごめんなさい。これしかなくて。でも、お代はお代だから」
誠実な眼差しに押され、俺は硬貨を受け取った。
「ありがとう。ながをさん」
少年は夕日に照らされながら仲間のもとへ駆けていった。
その背中は映画のワンシーンのように輝いて見えた。
「こちらこそだよ……」と呟き、店に戻ろうとしたとき。
――――背後から声がした。
「
振り向くと、怪訝そうな顔の男が立っていた。名刺を差し出してくる。
『警視庁 生活経済課 技術犯罪対策係 巡査部長 信坂虎時』
「警察……」
「はい。ご友人であられた
「……何を今さら。散々話したはずだろ。そっちが聞こうとしなかったんじゃないか」
胸の奥から熱が込み上げる。怒り、後悔、無力感――どうしようもない感情が渦を巻いた。
「伊禮さん、あなたにとって――」
虎時の言葉を遮ったのは、別の声だった。
「伊禮、まだ昼飯食ってないでしょ? 好きな麻婆豆腐、持ってきたよ」
香ばしい匂いとともに、のれんをくぐって入ってきたのは中華屋「紅天楼」の主人、久遠了の兄――
「おや? お客さん?」
昂は微笑みながら虎時を見て、すぐに状況を察した。
「また来ます」
短く言い残し、虎時は無言で立ち去った。
「どうしたんだ、誠?」
昂が肩に手を置く。彼だけが、俺を下の名前で呼ぶ。
机に置かれた名刺に視線を落とし、昂は低く呟いた。
「……警視庁、か」
「了のことを聴きに来たらしい。お前のところには?」
「いや、初耳だよ」
昂は首を横に振り、それ以上は語らなかった。
「ま、とにかく。まずは食べて」
そう言って皿を置き、奥の居住スペースへと歩いていった。
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