言った通り毒がある

「私には毒があるから! 食べないほうがいいよ!」


 がくがく震える女は、俺を前にしてそう叫んだ。

 森の中を端から端まで追いかけて、女が木の根に足をひっかけ倒れ込んだところだった。


「どくぅ?」

「そう毒!」


 女が必死の形相で訴える。

 到底信じられなかった。助かりたいがための嘘としか思えない。

 おびえられてもスパイスのきいたうまそうな獲物にしかならない。女の様子を見ていると腹が空いてきた。じゅるり、垂れそうになったよだれをふく。想像だけでうまい味が口の中に広がる。


「わかったわかった。じゃあ毒があってもいいから。毒ごとお前を腹んなかに受け入れてやるよ」


「なんにもわかってない! 食べたら死ぬよ」


 この期に及んでまだ嘘を付く。


 近づくと暴れるものだから、倒れ伏したままの女の肩をつかみ、地面へ縫いつけるように押さえ込む。女の長い髪が土ぼこりで汚れていく。柔らかいそれは舌触りがいいだろうに、これでは毒の前にまずくなる。

 女の目は怒りから針のように尖がってみせて、俺を威嚇する。土で汚れることくらいなんでもないようだ。

 仕方ない。

 女の腰に付いていたベルトを引っ掴み、手にぶら下げる。


「あれっ」


 突然身体が不安定な状態になったことに驚いた女が、俺の方を見上げる。ぎょっと開かれた目は真ん丸で、口の中でころがしたらいい音が鳴るに違いない。

 食うのを楽しみにしながら、女を住処へ運ぶ。


「ここがあなたのうち?」

「まあな」


 恐怖より物珍しさが勝った女が、不躾にも部屋をぐるぐる見回す。もう少し怯えていてくれないと味が変わっちまう。


「おら、こっちだ」

「わ、なっなにすんの!」


 来ていた衣服をひっぺがし、丸ごと水洗いする。

 きゃんきゃんやかましいのを無視して、頭から水をぶっかけると少しおとなしくなった。

 さて、洗いはしたが困った。

 人間は白い皿にのった豪華な飯を食うのが贅沢らしいと聞いたことがある。

 しかし、あいにく女が乗るほど大きい皿は持っていなかった。

 とりあえずベッドのシーツを広げた床に、ある程度水気をきった女を置く。


「ねえ、本当に食べちゃうの?」


 ようやくこれから起こることを理解し始めたのか、声がまた悲壮感にまみれている。うん、これはうまそうだ。


「食べる」


 もっとうまくしてやろうと高らかに宣言してやるが、女も懲りない。


「毒があっても?」

「まだ言うか」

「わっ」


 女を押し倒し、嘘を付く口に噛みつく。ふむ、ここも柔らかいな。横にずれて頬肉も口に含む。がり、と歯を立てると甘酸っぱい汁が漏れ出てきた。

 夢中になってなめとって、至るところに食いついていく。

 次はこりこりとした指、と思った矢先、意識がふわふわしてきた。


「あ、れ……」


 ぐらり、とシーツに倒れこむ。さきほどまで転がっていた女が上半身を起こした。


「ほら、言ったじゃん」


 薄れゆく視界の中で見えた女は、頬の傷から赤い蜜を垂らしながら、悲痛な面持ちで俺を見つめていた。

 

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