第4話 開店準備
マッチ売りの少女がやっと帰ってくれた。
肩を撫で降ろした事は記しておこう。
最後の出口のところで結構粘られてしまった。
やれもう一度来るとか、感謝を述べたいとか、お返しをしたいとか。
どうだっていいよ。
いいから早く帰ってくれよと、喉元まで出そうになっていた。
高級な壺を売り込みされている様な、そんな気分だった。
いい加減さっさと帰ってくれよな。
少々雑な対応をしてしまったかもしれないが許してくれよ。
こちとらそんな事には構っていられないんだからさ。
すまないね。
さて、気分を変えよう。
ここは気分を変えたい。
そうなるとコーヒーだな。
これしかない。
俺は再びコーヒーミルとコーヒー豆を準備する。
コーヒーカップはノリタケ製の一品、俺のお気に入り。
今の気分はブルーマウンテンだな。
味わい深い、濃いコーヒーが飲みたい。
コーヒーミルにコーヒー豆を入れて、ハンドルを回していく。
轢かれたコーヒー豆の匂いが鼻を突く。
良い匂いだ。
これだけでも少し落ち着くな。
コーヒーフィルターをハンドドリップにセットして、轢かれたコーヒー豆を準備する。
そして瞬間湯沸かし器に水を入れて、ボタンを押す。
さて、直ぐにでもお湯が沸くだろう。
コーヒーを淹れるにはコーヒーポットを俺は使う。
コーヒーポットとは先の尖った様に見えるポットだ。
沸いたお湯をコーヒーポットに移して、フィルターに乗せてあるコーヒー豆に、ゆっくりと時計周りにお湯を注ぐ。
この時に香り立つ匂いが俺は大好きだ。
とても癒される。
蒸されたコーヒーがコーヒーサーバーを満たしていく。
コーヒーサーバーからコーヒーをカップに移す。
最後に俺はコーヒーを楽しむ。
ああ、旨い。
やっと本来の自分に戻れた感覚になる。
はあー、リセットだな。
にしても異世界って・・・
どうしたらこんな事になるんだ?
家が転移って、勘弁してくれよ。
まだ住宅ローンを組んだばっかりだぞ。
こんなんで返済が出来るのか?
ていうか日本に帰れるのか?
ああー!もう何にも分からん!
それにあれだ!魔道具だよ、魔道具!
魔法がある世界ってことだろ?
なんだかな・・・魔物とかいるんだろうか?
なかなかバイオレンスな世界だったりしたら嫌だぞ。
新築の家を傷つけられたら俺はブチ切れる自信がある。
はあ・・・
しょうがない、色々確かめてみるしかないか。
残りのコーヒーを俺は一気に飲み干した。
検証を得てみて、いくつか分かったことがある。
ポイントはお店の裏口にあるみたいだ。
それはどういう事かというと。
裏口を開けると日本に帰る事が出来たのだ。
よかったー!
無事日本に生還!
日本に帰れなかったら、俺は膝から崩れ落ちる自信があった。
それぐらいビビッていた。
二階の自宅にも無事に入ることが出来た。
本当によかった。
無駄にスイッチを押して、ちゃんと作動するかを確かめてしまった。
全ての今ある家電を付けてみた。
意味は無いのだが、何となくそうしたかったのだ。
そして裏口からお店に入ると、そこは異世界だった。
因みに裏口からでは無く、正面からお店に入ることは出来なかった。
何故かは全く分からない。
内側から鍵を開けているのだが、堅く閉ざされた儘だった。
一切ビクともしない。
さっぱり分からない。
なんで開かないんだ?
まるで何かにガッチりとホールドされているみたいで、梃でも動きそうもない。
何なんだよいったい・・・
早々に諦めるしか無かった。
これはイコール日本では美容院はオープン出来ないということだ。
俺の夢は呆気なく潰えてしまった。
この現実を受け入れたく無くて、何度も扉を開こうと試行錯誤してみたが、全く駄目だった。
その全てが通用しない。
流石にガラスを割る気にはなれなかった。
だって新築だよ。
勘弁して下さいよ。
というより真剣に困ってしまった。
念願のお店が異世界でしか営業出来無いなんてあり得ないだろう。
先ずお金の問題が持ち上がる。
現実的で申し訳ないがここは外せない。
要は異世界で美容院として稼いでも、その通貨が日本で使えるとは思えないということだ。
経費や住宅ローンをどうすればいいのだろうか?
毎月それなりに掛かるだろうし・・・
異世界でこちらの世界で価値のある物を見つけ出して、購入して持って帰ってくるとか?
換金には手間がかかるし、これも難しいだろうな。
詳しく説明すると、仮に異世界で金があったとする。
それをお店で稼いだお金で購入して、こちらの世界に持ち帰って金を売る。
但し金を販売する際には、どこでこの金を得たのか聞かれるに決まっている。
下手に嘘をついたり、怪しまれそうなものなら、犯罪者扱いされるかもしれない。
そんな危険は冒せないだろう。
早速換金問題が浮上した。
解決策は今のところ思い付かない。
いきなり経済的に追い込まれるとは思わなかったよ。
万全の体制を敷いていたのに・・・
くそぅ!
呆気なく俺の新規オープンプランは崩壊していた。
綿密な計画を建てていたのに・・・
本当に嫌になる。
おそらく食べていくこと自体は出来るだろう。
向うの世界の食事を購入することは可能だろうしね。
まあ異世界の食事には正直期待はしていない・・・
材料さえ揃えば・・・なんとかなるだろう・・・
俺は料理はそれなりに出来るからな。
それに日本の調味料を持ち込めば何とかなるだろう。
たぶん・・・
日本の調味料は万能だからね。
こうなっては隙間バイトをするしかないのかもしれない。
せっかく自分のお店と自宅を持てたってのに・・・ほんとに嫌になる。
やっと自分の好きに出来るお店がオープン出来ると想っていたのに・・・
ああー!糞う!
なんか腹が立つな。
何で俺が・・・はあ、こうなっては腹を決めるしかないか。
しょうがないよね。
あー!でも、諦めきれないな。
あと、異世界でも家電や水道が使えた。
まあ始めの転移の時にも使えたから分かってはいたが、念の為に何度も確認をしてみた。
でもここには不安が付き纏う。
シルビアちゃんは勝手にドライヤーを魔道具と勘違いしてくれたからいいものの、他の人達からはテクノロジーだとバレてしまうかもしれない。
異世界がまだどれだけの文明レベルかは分かってはいないが、シルビアちゃんの姿格好を見る限り、日本のレベルの文明だとは思えない。
それに発火木だもんな・・・
未だマッチなんだよ?
それも発明品だと言っていたからね。
でも家電が使えない中での美容院の運営は厳しいから、助かる点ではあるのだがね。
美容院は結構家電に頼っているからさ。
エアコンやドライヤーは当たり前として、地味に洗濯機と衣類乾燥機はハイルーティーンで使うんだよね。
タオルの洗濯は欠かせないんだよ。
他にも色々・・・
それに水道だ。
これが無ければシャンプーが出来無いし、おトイレも困ってしまう。
ここだけは胸を撫で降ろす事が出来た。
そしてこの現象に俺は一つの仮説を立てた。
それはよくある異世界物では、転移や転生した時にチート能力を得るのだが、俺にはその傾向は全くない。
俺もそれなりにネット小説なんかで異世界転生ものとか読んでたからね。
まさか自分にその火の粉が降りかかってくるとは思わなかったが。
本当に残念で仕方が無い。
俺も魔法を使える様になりたかったな・・・
無双して世界を蹂躙するみたいな?
いっその事そうなってしまったら、また違う腹を決められたのにね。
諦めきれず、一人ひっそりと川辺に行って、
「ファイヤーボール!」
「ストーンバレット!」
「ウォーターボウル!」
「ウィンドカッター!」
「サンダーボルト!」
色々試してみた。
全く駄目だった。
他にも思いつくだけのそれっぽい言葉を発して、手を翳してみたのだが、魔法は発動しなかった。
ちっ!
ちょっと魔法が使える様になるのかとわくわくしてしまったが、残念で外ならない。
そこから導き出した仮説は、俺にでは無く、この家、又はお店にチート能力が備わったのではないかということだ。
だって異世界で電力や水道が使えるんだよ。
あり得ない現象だよね?
異世界で何度も確認してみたが、電線なんて見つからなかったからね。
それに上下水道が有るとも思えない。
電力がどこから供給されて、排水や給水がどこから繋がっているのか?
さっぱり分からない。
これを家のチート能力では無かろうかと考えたという次第だ。
それ以外に説明が付かないよ。
違うかな?
居るかどうか分からないが、神様よ・・・どうせチート能力を与えるのならば、家では無く、俺にして貰えないものなんだろうか?
そうすれば、いっそのことファンタジー世界に全振りするという事も出来るのに・・・
困ったものだよ。
俺は主人公であってそうで無い様な・・・
何とも言えない感覚だ。
分かって貰えるかい?
ここからは自問自答の時間である。
今後の作戦が必要ということだ。
不用意に異世界で美容院を開くほど俺はお気楽では無い。
要はお店をどの様に運営するのかということだ。
ここは考えておく必要が大いにある。
いや、考えなければならない。
大前提として俺は美容師だ。
ここは譲れないし、譲らない。
それが異世界であっても変わらない。
即ち美容院はオープンさせるということは確定事項だ。
ここだけは譲れない!
美容院をオープンさせる為にこれまでどれだけ頑張ってきたのか。
異世界であっても俺は美容院をオープンさせる。
何が何でもだ!
これまでの苦労を無い事になんてさせないぞ!
最悪隙間バイトをしなければならないかもしれないが、なんとかしよう。
今はまだ無理の効く年齢だし。
とは言っても俺も今年で35歳なんだけどね。
ダブルワークを70歳まで続けるのは難しいかもしれないな・・・
まあどうにかなるだろう。
念願の美容院のオープンがまさかの異世界になってしまったが、こうなっては俺も腹を決めるしかないみたいだ。
なんとかなるだろう・・・多分。
ここは安易に考えよう。
次にどのようにして運営していくのかということだ。
当初のプランは決まっていた。
呆気なく崩壊してしまったが、せっかく練った戦略なのだ。
まあ聞いてくれよ。
美容院の集客は日本ではインターネットが主流になっている。
ホームページを作成し、ホッ●ペッパービューティーに掲載する。
これは必ず行う必須の宣伝方法だ。
それは欠かせない。
特に新規顧客の獲得となると、これ以外の太い集客方法は無いとも言える。
だがここは地方都市。
始めの一度はチラシを造って新聞の折り込みも行う予定でいた。
そして暇な時間を見つけては、チラシをポスティングする予定だった。
それに何と言っても、お店のオープンともなると、オープン時には花輪が準備されて、その花をお目当てにご近所の方々が集まってくる。
これが地味に良い宣伝効果となる。
まあほとんどが冷やかしではあるのだが・・・
でもここに美容院が出来ましたよ、との認知を得ることは出来るのだ。
花輪を送ってくれるのは、身内と美容材料屋さんと建設会社なんだけどね。
まあ賑やかしも重要という話だよ。
後はどれだけの新規客をリピート客に変えられるのかということだ。
ここは実力が問われる。
俺には自信がある。
その理由の根拠はいくつかあるのだが、又の機会に話をさせて貰うよ。
問題はそういったプランを全て白紙にされてしまったということだ。
だって異世界にインターネットは無いし、もしかしたらチラシも無いかもしれない。
もっと言うとチラシみたいな紙が貴重品である可能性すらある。
全く宣伝方法が分からなかった。
これは由々しき事態だ。
待つだけの商売になってしまう。
美容院は基本的には待ちの商売ではあるのだが、ここまで待ちの商売になると無茶苦茶怖い。
でもここは無防備な状態で突っ込むしかない。
ノーガード戦法だな。
でもこう言ってはなんだが、技術とサービスには自信がある。
一度お店に足を運んで貰えればやり様はある。
問題はどうやって足を運んで貰うのかだ・・・
こうなってしまっては、成るように成るしかないな。
さて、どうしようか・・・
ここは考え処だな。
更に当初予定していた設備もいくつか変更しなければいけない。
先ずはレジだ。
実は最新式のレジを見積もり済であった。
購入前で本当に助かった。
このレジは実に万能だ。
ネットにもアクセス出来、日計表まで作製できる。
他にもホームページからの予約だけでなく、ホッ●ペッパービューティーからの予約も受け付け出来る。
初期投資としては高額だ、でもこれが無いとなると日本では話にならない。
それにクレジットカード決済やQRコード決済も可能だ。
いくら地方都市といえども、今時現金決済一択だなんて有り得ない。
クレジットカードやQRコード決済は、地味に手数料が掛かるから、本当は現金決済のにみしたいんだけどね。
でもそれを完備する必要は皆無になってしまった。
そして同様にパソコンも不要になった。
本当は最新式のレジがなくなった為、日計表等はパソコンを使いたかったのだが。
ここは止む終えまい。
パソコンはテクノロジーの権化みたいな代物だ。
これを知られる訳にはいかないだろう。
パソコンが有るだけで仕事が出来る時代だ。
在宅ワークなんて異世界では皆無だろうし。
その為、昭和なレジに変更することにした。
金額を打ち込みレシートが出るだけの代物だ。
今時このレシート用紙が有るのかと心配したが、それなりにレシート用紙はあるみたいだ。
因みにレジとレシート用紙はネット通販で簡単に手に入れることが出来た。
何年前のレジだろう。
レジスターと言うべきだろうか?
次に看板だ。
日本語なんて異世界で通用する訳が無い。
お店のロゴはお店の外側の上部に張り終えている為、今と成っては変えようがないが、それだけでは何のお店なのか分からない。
そこでハサミのロゴの入った看板を準備し、更にA型看板も準備することにした。
他にもいくつかあるが、限が無い為説明は省こうと思う。
まあこんな調子で異世界での美容院の新規オープンの準備は進められていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます