第6話 王宮からの召喚
静かな朝の屋敷に、硬い足音が響いた。
黒いマントをまとった王宮の使者が、リサ・エルディアの前に立つ。
「リサ・エルディア嬢。あなたに、王宮より召喚状が届いております」
差し出された封蝋付きの羊皮紙は、どこか冷たい。
リサは震える指で受け取り、封を切った。
“花魔法の波動が王国にとって有益か、あるいは危険か調査するため、魔導監査局まで出頭されたし。”
(私の魔法が……王宮に?)
胸の奥がざわりと波立つ。
花魔法が戦の役に立たないと笑われ続けた日々が頭をよぎった。
だが今度は「危険かもしれない」とまで言われるなんて――。
「リサ様」
侍女が心配そうに声をかける。
リサは小さく微笑み、震えを押し隠すように封筒を握り締めた。
「大丈夫。行ってきます」
⸻
翌朝、王宮への馬車が準備された。
侍女が淡い緑のドレスをリサに手渡す。
「リサ様、このお色でよろしいですか?」
リサは小さく頷く。
(緑……癒しと希望の色。
この色なら、少しは強くなれるかもしれない)
緊張に固まった胸の奥が、わずかにほぐれる気がした。
外に出ると、黒衣の騎士が立っていた。
リサは息を呑む。
「クロウフォード様……」
「王宮まで護衛するよう命じられた」
ディーは無表情で告げる。
だがその声は、ほんの少しだけ優しかった。
⸻
馬車に揺られる道中、リサは落ち着かない様子だった。
「私……本当に大丈夫でしょうか」
「恐れるな」
ディーの低い声が、閉ざされていた心に届く。
「君の花は、誰も傷つけない」
その言葉に、不思議と胸の奥の氷が少しずつ溶けていく。
⸻
王宮の大理石の廊下は、冷たく威圧的だった。
長い階段を上るたび、リサの魔力が揺らぎ、淡い光を放つ。
「魔力が……」
リサは小さく呟く。
「感情に呼応しているだけだ」
ディーは横に並び、短く答える。
「俺がいる。落ち着け」
その言葉にリサは驚き、赤い瞳を見つめた。
胸の奥がふわりと温かくなる。
(この人は……どうして私にこんなに優しいの?)
⸻
王宮魔導監査局に入ると、冷たい視線が一斉にリサを射抜いた。
「エルディア嬢、こちらへ」
「あなたの魔力を計測します」
無数の魔導具と結界が張られた部屋で、リサは震えながら中央に立った。
魔力計が淡い花の波動を読み取り、部屋に光が溢れる。
「……なんだ、この数値は」
監査局員たちの間にざわめきが広がった。
「暴走の兆候は?」
「まだ……だが、共鳴率が高すぎる」
冷たい議論の声が、リサの耳に突き刺さる。
(私……どうなるの……)
リサの視界がぐらりと揺れた。
光が黒く染まりかけた瞬間――。
「やめろ!」
鋭い声が響いた。
ディーが一歩前に出て、赤い瞳で監査局員たちを睨む。
「これ以上圧をかければ、魔力が乱れる」
部屋の空気が張り詰める。
誰もが沈黙する中、ディーの視線だけがリサを真っ直ぐに捉えていた。
「君は大丈夫だ。信じろ」
その声が届いたとき、黒ずんでいた光が白へと戻り、静かに花が咲いた。
⸻
外の庭園に出たリサは、膝に力が入らず座り込んだ。
「……危なかった」
ディーが隣にしゃがみ込み、低く呟いた。
「クロウフォード様……ありがとうございました」
リサはかすれた声で言った。
「礼は不要だ」
ディーはそう言いながらも、しばしリサを見つめ続けていた。
(俺が見極めるまで、彼女を手放すわけにはいかない)
赤い瞳が、夜のように深く光った。
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