第3話 半魔獣の正体(3)

「だけど、結局誰が半魔獣なんだろう」


 スマホをポケットに戻し、再び眉を顰めた瑠璃羽に、僕は言った。


「半魔獣の正体、分かったかもしれません」


 前を歩く瑠璃羽が小さく息を呑む。僕は迷いつつ、言葉を続けた。


「でも、お願いがあって。あいつがどうしてあんなことをしたのか、話を聞きたいんです。それと、反省してるなら殺さないでほしくて」


 瑠璃羽に半魔獣の生殺与奪権があるのかどうかは分からないが、一縷の望みをかける。


 別にその人物が殺されたとしても大して悲しくはないと思うけど、元々は普通の人間だったのに何も分からないうちに消滅してしまうのは恐ろしいと思った。


 魔獣は即座に始末すると言っていた霧斗には話せなかったけれど、瑠璃羽なら問答無用で殺すことはないんじゃないだろうか。


「人を殺した半魔獣は処分しないといけない。それが『狩人』に課された規則」


 瑠璃羽が淡々と答える。


「でもそれは、完全な魔獣になってしまう可能性が高いから。もしそうならないと証明できたら、本部を説得できるかもしれない。多分霧斗はそんな話も聞いてくれないと思うけど」


「そう……ですか。分かりました」


 一つ深呼吸をして口を開く。


「まだ断定はできないですけど、僕が半魔獣だと思ったのは」


 僕はクラスメートの名前を告げた。


「高辻修也です」


 瑠璃羽は少し考え込むような顔で言った。


「高辻君……はたしか、君のルームメイトでもあった子だよね」


「はい。高辻は、昼休みに彼女に会いに1-Aの教室に行っていたと言ってました。その彼女っていうのが花音さんです。でも、それは嘘……か、単に一瞬教室まで行っただけで、多分二人で追試になった北原君を心配して体育館へ行っていたんです」


 僕は、夏原先生が殺された昼休みに、1-Aに「カノの彼氏」が来ていたと聞いた。


 それが高辻のことだと勝手に思い込んでしまったけれど、実際はそうじゃなくて「カノの彼氏」は三輪のことだった。


 最初、高辻は単に花音と口裏を合わせようと思っていただけなんだろう。


 でも、本人の知らないところで勝手にアリバイ証言が行われてしまった。


 本当はそれだけの単純なことだったんだ。


 瑠璃羽は何も言わずに僕を見た。僕の話す内容がちゃんと伝わっているのか不安で声がかすれていく。


「そこで、北原君が夏原先生にひどい怒られ方をしているのを目撃して、高辻は腹が立って殺してしまったんだと思います」


「でもあの殺人は計画殺人だったはず。霧斗が言っていたことをそのまま信じるのはどうかと思うけど、着替えを用意していたことからすると多分間違ってはいない」


 早速言い返されてしまったが、そこは大した問題ではない。


「きっと、カッとなってすぐに殺したんじゃなくて、腹が立った後一瞬考えて服を脱いで魔獣になったんですよ」


 これなら何もおかしいことはない。


「確かに、そういうことがないとは言えない。でも三人はどういう関係だったの?」


 それは僕にもよく分からないけれど、花音がなんだか深刻な様子で「どうして恥ずかしいなんて思ったんだろう」と高辻に言っていたことを思い出した。


 ものすごく想像を膨らませてみると、高辻、花音、北原の三人は元々仲が良かったが、花音は運動が得意ではない北原と仲がいいのを恥ずかしいと思ったことがあった、ということなのかもしれない。


「えっと、多分普通に仲が良かったんだと思います。それと、高辻は森本さんが襲われたのは彼女の自作自演だと思っていたはずです」


 竹内が「森本さんが嘘をついているんじゃない?」と言ったとき、高辻が急に茜をかばいだしたことを思い出す。


 普段はそんなに彼女と親しくしている様子はなかったのに。


 高辻がそんな行動をとった理由、それは、茜が嘘をついていると思わせたくなかったから。


 体育館へ向かうときに僕の側にいた高辻は、茜が襲われたときのアリバイはある。

僕が教室へ引き返したから、まだ体育館へ向かう途中だった高辻が茜を襲った犯人なら僕を追い越して教室へ戻る必要がある。


 でも、僕はクラスメートの誰にも出会わなかった。


 それに、高辻は多分夏原先生の死体発見時にも体育館にいて、他のクラスメートとも話しているはず。


 茜と夏原先生を襲ったのが同じ半魔獣であれば、高辻は容疑者から外れることができる。


 だから、絶対に「茜は嘘をついていない」と信じさせておかなければならなかった。

特に霧斗と瑠璃羽には。


「あと、夏原先生が殺されたとき、僕は他のクラスメートたちより遅れて現れました。そんな僕のことを普通なら竹内さんたちみたいに怪しむと思うんですけど、高辻にそんな素振りはありませんでした」


 特に仲が良かったわけでもないのに、親し気に話しかけてきたりしてあまり疑っている様子がなかった。


 僕が犯人ではないと知っていたから。


 僕が昼休みにどこにいたのか気にしていたのは、自分が体育館へ向かったことを僕に見られてはいないということを確認して、安心したかったからなんだろう。


「それに、高辻の制服に変な風にしわが寄っていたんですけど、それは花音さんが上野先生殺害時に理科室に制服のボタンを落としたことを聞いて、落ちていたボタンは自分のものだと見せかけるために引きちぎったんだと思います」


 瑠璃羽がまっすぐな目で僕を見る。思わず逸らしそうになったけれど、思い切って見返した。


「だから、犯人は高辻だっていうのが僕の考えです」


「灰咲君の考えは正しいような気がする」


 瑠璃羽が小さな、でもよく通る声でつぶやいた。


「でもその話だと、上野先生を殺したのは花音さんだということだよね?だとしたら……」


 瑠璃羽が何かを言いかけた時、荒い呼吸音が迫ってくるのが聞こえた。思わず振り返ると、そこには。


「お願いします!修ちゃんを助けてください!」


 蒼白な顔をした北原が立っていた。


「修ちゃんが急に苦しみだして……『狩人』なら原因とか分かったりしないですか!?」


「修ちゃんって高辻のことだよね?」


 鬼気迫った様子の北原に気おされながらも尋ねる。


「そうです!こっちなんです、来てください!」


「わかった。行こう、灰咲君」


 北原が駆け出す。その背を追いかけてたどり着いたのは、3階の印刷室の隣にある、今はほとんど誰も使っていない男子トイレだった。


「ユキくん!どうしよう、さっきよりも具合が悪そうで……」


 駆け寄ってきた花音が、扉が半分開いた個室の中を指さす。如月同様、医務室から抜け出してきたんだろうか。

 Tシャツとジャージ姿だが、髪にはまだ赤い汚れがついている。


 躊躇なく足を踏み入れた瑠璃羽に続いて恐る恐る覗き込む。


 かすかな「魔獣の臭い」が漂うそこに、黒い鱗が見えた。


 うずくまっている、それ。


 体を黒い鱗で覆われた、かろうじて衣服らしき布が張り付いている、人型のもの。


「高辻?」


 魔獣に変化しきれず、人間に戻り切れてもいない、高辻の姿だった。

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