第14話 睡眠薬
七瀬を振り切るように職員室を出ると、そこには瑠璃羽の姿があった。
「ちょっと来て、灰咲くん」
無表情で腕を引かれる。そんな彼女にもだいぶ慣れてきたような気がした。別に慣れるとかそういうことではないと思うけれど。
瑠璃羽に連れてこられた小さな中庭で、僕は小瓶と銀色のペンダントを渡された。
「これを霧斗の飲み物に入れてほしい。そして完全に眠ってしまった後でペンダントを入れ替えて。これには私があらかじめ蔦模様を描いておいた。しばらくはすり替えがばれることはないと思う」
どうやらすり替えは僕がやらないといけないようだ。
確かに霧斗は僕の監視をすると言っていたし、僕の部屋に居座る可能性が高い。だとしたら一番睡眠薬を飲ませるチャンスがあるのは僕だ。
「すり替えが終わったら私に連絡して。あ、連絡先はこれだから。そうしたらペンダントを受け取りに行く」
瑠璃羽は淡々と話しているが、すでに胸がぎゅっと押しつぶされたような気持ちになってきた。
失敗したらどうなるか考えると恐ろしすぎる。
でも。ここはどうしたってやるしかない。
他の半魔獣を見つけ出して、自分が生き残るために。
寮のある棟の自販機でカップのコーヒーを買った。やっぱりカップじゃないと睡眠薬を入れる時に蓋を開けなければならないし、蓋が開いた状態で渡したら霧斗も怪しむだろう。
簡素な台に置いて、瑠璃羽からもらった便の中身を入れようとしてふと手が止まった。
これってどれくらい入れたらいいんだろう。
魔獣を眠らせる睡眠薬だと言っていたけど、全部入れたら最悪目が覚めなくなったり……するんじゃ?
迷った結果三分の一くらいカップに入れると、寮の部屋へ向かった。
霧斗は来ているんだろうか。むしろいなかったらどうすれば……?
ドアを開けると金髪の後ろ姿が目に入る。
今日は寝ているのではなくベッドに座っていた。
「玲央君、山本先生出しすぎ」
霧斗はさっきまで見ていたらしいノートを閉じると面白がるような顔になった。
よく見るとそれは僕がこっそり漫画を描いていたものだった。
最新の分は霧斗に見せたけれど、それ以外にも実は5冊もある。
着替えの中に隠していたけれどそれを見つけられてしまったらしい。
「うーん、でも最新話が一番面白かったかな。最初の方のはそれと比べると普通な感じだったかも」
「勝手に読まないでくださいよ」
怒るべきなのか迷った結果、すぐに怒りに気持ちを切り替えることができなくてぼそっと呟くだけになった。
「ごめんごめん。待ってるのが結構退屈で。でも玲央君の漫画は暇つぶしにちょうどいいね」
霧斗は伸びをするとベッドに寝ころんだ。
「そうですか……。お疲れ様です。そうだ、これどうぞ」
自分でも少し唐突だったかもしれないと思いつつ、カップを差し出す。
霧斗は首を傾げた。
「ん?俺がもうここにいるって知ってたの?」
「あ」
確かに、霧斗がいるかどうか分からないのにカップのコーヒーを買ってくるなんておかしい気がする。ペットボトルならともかく。
「えっと、自分で飲むつもりで買って来たんですけど葛城さんが疲れてるかな、と思って。まだ飲んでないので気にしないでください」
なんだかめちゃくちゃな言い訳な気がしないでもないが、霧斗は釈然としていなそうな顔をしながらもカップを受け取った。
疑っているのかいないのかよく分からない仕草で口をつけると、霧斗は思い出したように言った。
「玲央君って山本先生が嫌いなの?」
「え。なんでですか」
僕より霧斗のほうが多分先生を嫌っているとは思うから、仲間が欲しいのかもしれない。
「なんか山本先生ばかりひどい目に遭ってない?みんなを裏切って宇宙人の仲間になろうとしたらレーザーで消滅するとか」
そのエピソードを描いたのは結構最近だけど、自分が具体的に何を考えて描いたのかはよく覚えていない。ただ、なんだかむしゃくしゃしていたのは覚えている。
ただ、実際に山本先生のことは好きではなかった。偏差値の高い生徒には甘く、そうじゃない生徒には冷たいところとかも。
「まあ仕方ないよね。あの人は生徒には偉そうだけど中身が伴ってないから」
霧斗は僕の答えも聞かず勝手に納得したように頷いた。
「あの。葛城さんはどうして山本先生が嫌いなんですか」
思わず尋ねたのは、僕のほうこそ不満を言い合う仲間が欲しかったからかもしれない。
霧斗が仲間なんて恐ろしすぎるけど。
「別に嫌いじゃないよ。けどあの人は俺のことを嫌ってるよね」
「それは」
霧斗が、半魔獣を発見したのに報告しなかったから……?
「まあ、あの漫画から考えると君も色々辛いことがあるんだねー」
声が少し眠そうに聞こえる。
「玲央君は存在するだけで価値があるからあんまり気にしないほうがいいよ」
「え」
なんだか霧斗が言うにはとても違和感のある言葉を耳にした気がする。
「普通科の生徒の学費でこの学園は稼いでるから君たちは別に何もしなくてもいるだけでいいんだよ。おかげで『狩人』の育成も続けられてるからね」
「そう……ですか」
身もふたもない言い方だが、なんだか変に心が軽くなった気がした。
「俺はそうじゃないからねー」
語尾がかき消えていく。振り返ると、霧斗は寝転がったまま目を閉じていた。かすかに寝息が聞こえる。
睡眠薬が効いた、のか?
襟元に手を伸ばしても何の反応もない。
恐る恐るチェーンの金具を外し、隠しておいた偽物を首にかける。
その間も霧斗は目を覚ます気配さえ見せなかった。
――このまま目を覚まさなかったらどうしよう?
そんな不安を押し込めながら寮の部屋を出る。
瑠璃羽に連絡しなければ。
変な風に暴れまわる心臓を押さえつけながら僕はスマホを取り出した。
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