第5話しゅんたの秘密
みくは、しゅんたの後をこっそりとついていった。
(名探偵みくの出番だ!)
頭の中で、探偵帽をかぶった自分を想像する。でも、曲がり角で電柱にぶつかった。
「いたっ!」
「にゃ?」
見上げると、電柱の上に三毛猫がいて、みくを見下ろしている。
「し、失礼しました……」
猫に謝るみく。我ながら変だと思いつつ、しゅんたを見失わないように急ぐ。
商店街を抜けて、古いアパートが並ぶ通りへ。しゅんたが入っていったのは、ペンキがはがれかけた二階建てのアパートだった。
階段を上がる音が聞こえて、みくも息をひそめて近づく。窓から見えたのは——
「え……」
小学生が一人で洗濯物を干している。それも、慣れた手つきで。タオルをパンパンと振ってから物干し竿にかける姿は、まるで洗濯のプロみたいだった。
(しゅんたくん……一人でやってるの?)
部屋の中を見ると、台所に立つしゅんたの姿が見えた。エプロンをつけて、包丁でにんじんを切っている。トントントンという音が、まるでレストランのシェフみたい。
「あ、味噌汁にネギ入れすぎた……まぁいっか」
しゅんたの独り言が聞こえて、みくはなんだか切なくなった。
「ただいま」
小さな声が聞こえて、みくは慌てて物陰に隠れた。でも、それはしゅんたが誰もいない部屋に向かって言った言葉だった。
「今日も給食、全部食べたよ。お母さん」
写真立てに向かって話しかけるしゅんた。その横には、「世界一のお母さん」と書かれた手作りのメダルが飾ってあった。
みくの胸がきゅっと痛くなった。
---
翌朝、みくは朝早く登校した。教室には誰もいない。
「よし、作戦開始!」
カバンから取り出したのは、昨日お母さんに頼んで作ってもらったプリン。しかも2個。
「お母さん、『そんなに食べたら太るよ』って言ってたけど……これは友情のためだもん!」
そっと、しゅんたの机の引き出しに入れようとして——
「あれ?」
引き出しの中に、小さなメモがあった。『給食費』と書かれた封筒。中を見ると、百円玉や十円玉がぎっしり。きっと、しゅんたが自分で貯めたお金だ。
みくの目に涙がにじむ。
「おはよう、みく」
「ひゃあ!」
振り返ると、しゅんたが立っていた。みくは驚いて、持っていたプリンを落としそうになる。
「し、しゅんたくん!おはよう!」
「早いね。何してたの?」
「えっと、忘れ物を……あ、違った!落とし物を……いや、拾い物?」
しゅんたが不思議そうに首をかしげる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫!全然大丈夫!」
みくは慌てて手をブンブン振った。その拍子に、プリンが一個、しゅんたの机にコトンと転がった。
「あ……」
しゅんたが自分の席に向かう。プリンを見つけて——
「これ……」
その顔が、一瞬だけパッと明るくなった。
「あ、それね!たまたま2個もらっちゃって!一人じゃ食べきれないから、誰かにあげようと思って!でも誰にあげようか迷ってて、そしたらコロコロ転がっちゃって!」
早口でまくしたてるみく。
「……ありがとう」
しゅんたが小さく笑った。その笑顔が、昨日見た寂しそうな顔とは全然違って。
「一緒に食べよう、お昼」
「うん!プリン同盟結成だね!」
「プリン同盟?」
「あ、今思いついた!」
二人で笑い合った。
---
その日の給食の時間。
「いただきまーす!」
クラス全員の声が響く。今日のメニューは、子どもたちの大好きなカレーライス。
「やったー!カレーだ!」
「私、福神漬け多めにもらった!」
みんなが楽しそうに食べている中、みくはしゅんたを見ていた。
しゅんたは嬉しそうにプリンを食べていた。でも、カレーを少し残している。
(きっと、夜ご飯の足しにするんだ……)
「みく、どうしたの?カレー嫌い?」
あやかが心配そうに聞いてくる。
「ううん!大好き!」
みくは慌ててカレーを食べ始めた。でも、なんだか味がしない。
---
放課後、みくが一人で神社にいると——
「やぁ」
クロノが鳥居の上に座っていた。夕日を背に、黒い影のように見える。でも、よく見ると毛づくろいをしている。
「クロノ……って、普通の猫みたいなことしてる」
「失礼な。毛並みの手入れは大事なんだよ」
クロノがムッとした顔をする。猫がムッとするって、なんか可愛い。
「で、どうだった?友だちの秘密を知った感想は」
「……つらい」
「ふぅん。じゃあ、これ使う?」
クロノの前足から、チケットがひらりと落ちてきた。でも、着地に失敗して、クロノは鳥居から落ちそうになる。
「にゃっ!」
慌てて体勢を立て直すクロノ。
「今、『にゃ』って言った?」
「言ってない!気のせい!」
クロノが必死に否定する。
「これで『しゅんたくんのお母さんを元気にして』って書けば——」
「それは違う!」
みくは強く首を振った。
「チケット使わないの?彼を助けられるよ?」
「でも、それってほんとの助けじゃない気がする」
クロノの金色の目が、じっとみくを見つめる。
「へぇ。どうして?」
「だって……」
みくは言葉を探した。
「しゅんたくんは、自分の力で頑張ってる。お料理だって上手だし、洗濯だってプロ級!それを、チケットでどうにかしちゃったら……」
「ふむ」
「それって、しゅんたくんの頑張りを『なかったこと』にしちゃうみたい」
「へぇ〜」
クロノが尻尾をゆらゆらと揺らす。その動きに、つい目が行ってしまう。
「で、猫じゃらしとか好き?」
「す、好きじゃない!」
クロノが慌てて否定する。でも、尻尾の動きが激しくなっている。
「とにかく!君は面白いね、みく。チケットがあるのに使わないなんて」
「だって——」
みくが言いかけた時、クロノはもう消えていた。残されたのは、地面に落ちたチケットと、黒い毛が数本。
「掃除していかないなんて、マナー違反だよ……」
みくはチケットを拾い上げた。ポケットには、前のチケットも入っている。
(使わない。絶対に使わない)
でも、チケットはほんのり温かくて。まるで、手のひらサイズのカイロみたい。
---
夜、みくは布団の中で考えていた。
(しゅんたくん、明日も笑ってくれるかな)
天井を見つめながら、みくの中で天使と悪魔が話し始める。
**天使みく**「プリンで喜んでくれたし、プリン同盟も結成したし!」
**悪魔みく**「でも、プリンだけじゃお母さんは治らないよ?」
**天使みく**「そんなの、わかってる!でも——」
**悪魔みく**「チケット使えば、一発で解決するのに」
**天使みく**「ダメ!しゅんたくんのカレーシェフの腕前を否定することになる!」
**悪魔みく**「カレーシェフって何?」
**天使みく**「さっき思いついた!」
みくは頭を振った。
「もう、寝よう……」
でも、枕元に置いたカバンの中で、チケットがかすかに光っているような気がして。
みくは、なかなか眠れなかった。
(明日は、しゅんたくんの好きなおかず、聞いてみよう)
そう決めて目を閉じた時、窓の外で何かが「にゃー」と鳴いたような——
「クロノ?」
でも、返事はなかった。
****
魔法の力vs自分でできること、どっちを選ぶ?
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