第38話 太陽の陰り

 緻密なマフはアケトアテンの船着き場に入ってくる船は、どんなに小さな船でも一艘たりとも見逃すことはなかった。

 アケトアテンの境界碑を境に、アテン神が守護する聖都に入ってくる者は、必ず南に設けられた一つのゲートからしか入れないようにした。

 マフは警察隊を引き連れ、港の宿営所で部下からの報告を待った。

「長官どの!」

 船の出入りを見張らせていた二人の部下が血相変えて戻ってきた。

「何か分かったか」

 マフは立ち上がり二人の警官の前に立つ。

「テーベから来た船の積み荷の殆どが病人とその家族ばかりです」

「怪しいとは思っていたが」

 マフの額に汗が滲む、顔色は青くなり血の気を失くした。

「乗船しているのは何人だ」

「およそ病人百人とその家族です」

「船から下船させたのか?」

「いえ、指示があるまで待機するよう船長に命じてます」

「船長はどうした」

「船着き場の監視所で拘束しています」

「わかった。船長のところまで案内しろ。理由を問わねばならない」

 マフは二人の警官と伴に監視所へ馬を飛ばした。

 港では商人達が早く船から降ろさせろと騒いでいた。

 船長は監視所の前で取り押さえられ頭から血を流していた。

「逃亡をはかりました。我々の手を振りほどこうと暴れたのです」

 警官が説明した。酷く暴れたのは警官と船長が土と血にまみれていることから明らかだ。

「船長、理由を説明してもらおう」

 マフは男の顔を覗き込んだ。

 何度か船着き場で見かけた顔だった。

「テーベの病院の管理者から依頼を受けたんです」

 船長は震えていて、何かに怯えているような感じがした。

「おまえが乗せてきた病人がどんな病なのか知っているか?」

「知りません。私は頼まれただけです」

「なるほど、何も知らないというのか。ならばお前を帰してやろう。船の病室へ」

 マフが船長を立ち上がらせようとすると動こうとしない。

「それだけは勘弁して下さい。本当のことを話します」

 船長の顔は青ざめ手足は血の混じった汗にまみれていた。

「話せ」

 マフは部下に命じ船長の手足を縛り動けないようにした。

「二日前に、テーベの病人をアケトアテンの病院が全員受け入れると通達があったから運んでくれと仕事がまいこんだんです」

「おまえは布告を確認しなかったのか? そのような御布令は出ていない」

「私も悪かったんです。出来るだけ儲けを増やしたかったから、報酬に目が眩んで。だってみんなそうでしよう。アケトアテンに遷都して海外からの供物も少なくなりました。船主は船員の給料を減額するか、人を減らすかしてます。船長の私でさえ給料を減らされているんです」

「なるほど、だがおまえは船長だ。伝染病の患者は他の都市へ移動させてはならない決まりぐらい知っているだろう。どれほどの厳罰に処せられるかも」

「給料が安すぎて家族を養えないんです。みんなそうです。だから違法とわかっていても病人移送は実入りがいいので運ぶんです」

「なるほど、おまえの他にも病人を運んだ船があるわけだ」

「そ、それは……」

「船長、おまえは自分がしたことの重大さに気付いてないようだな」

「どういうことですか」

「患者が多すぎて病院が不足している。行く当てのない病人はこの町の至る所に散らばり、伝染病が瞬く間に広まったのだ」

「そ、そんな。話が違う。アケトアテンは病院が充実しているからテーベの全ての感染者をアケトアテンに集めよというファラオの命が降りたとききました」

「誰から聞いたんだ」

 マフは船長の髪の毛を掴んで顔を上げさせた。

「そ、それは……噂です」

 船長は青ざめて口を閉ざした。

「なるほど、噂か、おまえは噂だけで仕事を請け負ったのか」

「……」

「おまえの雇い主は誰だ。大金をもらったのだろう」

「もらっていません。騙されたんです」

 船長はなかなか口を割らない。

 マフは腕を組み、少し思案すると、

「船長も日々のやり繰り大変だな。事情はわかった。もう船にもどっていいぞ」

 そう言って船長を解放した。

 船長は手足の枷から解放されると、マフの気が変わらぬうちに逃げようとして走り去った。

 マフは二人の部下に、行け、と顎をしゃくり、船長の跡を追わせた。

 必ず報酬を受けるため、この町で手引きした者と接触するはずだ。

 マフは二人の報告を待つため、馬に乗り警察本部に引き返した。


 その夜、予想外に早く部下から情報がもたらされた。

「長官どの、船長の依頼主がわかりました」

 二人の警官はふたたび船長を拘束しマフの前に突き出した。

「でかした!」

「かなり不味いことになりました」

「どういうことだ」

 マフは身を乗り出した。

 船長は逃げようとしてもがくが、手足をロープで縛られて身動きがとれない。

「雇い主はおそらく」

 部下がマフの耳元で囁く。

「まさか!」

「まさかとは思いましたが、間違いありません」

 部下は船長が雇い主から報酬で受け取ったブレスレットを手渡した。

 この腕飾りがあれば雇い主の動かぬ証拠となる。


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