第五話 黒いキジムナー

「怜、奴の弱点、教えて」


 黒鉄美里くろがねみさと橘怜たちばなれいの耳元でささやく。

 

「基本的に無いけど、どちらかと言うと、首の後ろかな」


「ありがとう。延髄斬えんずいぎりか」


 美里は右手の親指立てて感謝を伝えている。

 プロレス技で行くらしい。

 それで行けるのか。

 だが、美里に躊躇ためらいはない。

 無造作に踏み出しつつ、次第に走る速度を上げる。

 スピードに乗った所で、右足で力強く大地を蹴って、前方回転して宙を舞う。

 あっという間に、黒いキジムナーの左の拳をかわし、左肩を越えて手をついて、右足が首の後ろの延髄えんずいに打撃を加えた。


「弱いか」


 ちょっと残念そうに着地する。

 紺色の制服のスカートが少し揺れる。

 が、時間差で凄まじい衝撃が黒キジムナーを襲って、巨体が揺れて耐えきれずに倒れてしまった。

 大音響が森全体を揺らした。

 小鳥が一斉に飛びさった。


「軽い一撃であの威力。黒鉄家伝来の波動拳」


 涼介がその破壊力に相変わらず驚く。

 食らった瞬間は感じないのだが、時間差で重い衝撃波がくる。

 気功法か何かの応用だと思うが、黒鉄家の血筋の者は得意としている。

 結構、ヤバい技である。


「美里はあれあるからね。強いわね、まったく。黒キムジナー強そうだったのに、残念。今回は出番なしか」


 千堂薫せんどうかおるも呆れ顔で両手を広げた。


「坂本君、みっけ」


 怜が巨木のくぼみで坂本君を発見したようだ。

 白い麦わら帽子の少女は気づいたら、巨木の真ん中辺りまで登っていた。

 木登りが得意らしい。

 赤い子猿のようなキムジナーは蜘蛛の子を散らすように森の奥に逃げていく。

 すっかり姿が消えてしまった。

 


     †



「なんで、僕たち廊下に立たされるの?」


 涼介が不満げに愚痴る。

 左右の手に大きな青いバケツを持っている。


「二時間目の全学年キジムナー対策のホームルームをブッチしたからね」


 美里がいう。

 坂本君がさらわれたので仕方ないと思うよ。

 助けに行かないのも問題だろ。

 女子は半分ぐらいのバケツである。

 美里の方が腕力あるのに。


「ちなみに、今は三時間目です」


 薫が補足する。


「俺がへましたから、すまん」


 と坂本君が謝ってる。

 坂本亮さかもとりょうは小柄だが、黒髪で彫が深い野生児的な風貌の生徒だった。

 何となく憎めないような愛嬌がある。


「でも、みんな一緒だから楽しいね」

 

 怜は沖縄の天然娘的な発言をする。

 いや、怜ちゃん、それは違う気がするけど。

 ちょっと反論したくなる。

 麦わら帽子から、校則違反の動物というか、翼竜のヨクちゃんの深緑の尻尾が覗いている。

 隠してくれ。

 怜ちゃん。

 変なウインクを送ってみる。

 人類にはあり得ない桜色の瞳の少女は無邪気に手を振ってる。

 ちがう、ちがうから、それ。

 そうこうしているうちに、授業終了のチャイムが鳴った。

 昼ご飯だ。



     †



「それは大変だったわね。詳しい話を聞かせてね」


 月読星つくよみひかる先生が気の毒そうな表情で同情してくれた。

 流石のベアトリス先生も昼ご飯なので廊下から解放してくれた。

 何故か全員保健室でお弁当を食べることになった。  

 白衣姿で短い黒髪で生徒に人気の二十代後半の可愛い先生であるが、彼女は美里、薫、涼介も所属する『古代祭祀研究部』の副顧問である。

 『古代祭祀研究部』は神社巡りなど古代の遺跡などを調査するというか、遊びに行くお気楽な部活動であるが、秘密結社〈天鴉あまがらす〉の歴史に関係した神社や遺跡もあって、何となくためになったり、勉強になることもあるのだ。

 今の所、ここで一気に部員を増やすチャンスであるし、怜ちゃんと坂本君は勧誘してみるつもりだ。


「なるほど。でも、その黒キムジナ―って、精霊なのに実体化してるんだね」


 ひかる先生はなかなか鋭い洞察を展開する。

 確かにそうだ。

 キムジナ―はそもそも木の精霊のはずで、黒キムジナ―も本質的には同じなので、美里が打撃を打ち込めるような実体化するのは、ちょっとおかしな話である。

 そこは沖縄生まれの怜が詳しい。


「キムジナ―は二種類いて、ガジュマルの木の精霊のキムジナ―は赤い髪の子供みたいな見た目です。人間にいたずらしたり、仲良くなると魚を運んで来たり、キムジナ―と漁に出ると豊漁になり、その家に富をもたらしたりします。『ソトナーンチュ』の妖怪に例えると、座敷童子ざしきわらしとか河童に近いかな。赤キムジナ―は可愛いし愛嬌があるし、幾つかのルールさえ守れば比較的安全な精霊です。もうひとつは山の頂上から海に向かって降りて来るキムジナ―で巨体の『黒キムジナ―』が多い。このキムジナ―は火の精霊で結構やばい。森の悪い気を集めて実体化するけど、固有振動数、周波数が低いので、精霊というより動物や人間に近くなるみたい。神様や精霊は波動や周波数が高いので、物質界では実体化は普通はしないと、じっちゃまが言ってた」


 怜の話は『じっちゃま』こと祖父の受け売りらしいが、たちばな家は沖縄の秘密結社〈天鴉あまがらす〉の家系でも名門だから、かなり信頼度は高そうである。

 そもそも、たちばな家は、飛鳥時代末期に県犬養三千代を祖として興った皇別氏族で、神武天皇以降に皇室から分かれて臣籍降下した氏族である。

 女帝の元明天皇が即位の大嘗祭の宴で橘姓を下賜した。

 元明天皇は盃の中に橘(みかん)の実を浮かべて、「橘は菓子(果物)の長上にして人の好む所なり」と言ったという話が伝えられている。

 『源平藤橘』の四大氏姓のひとつでもある。

 が、源氏、平氏、藤原氏のように中央政権で活躍する事もあったが、平安時代中期以降は中下流貴族となり、一部は武家になっていった。

 鎌倉幕府の源頼朝の側近となった橘公長、公業親子、南北朝時代に活躍した楠木正成、藤原純友の乱を大宰権帥として鎮圧した橘公頼などは有名である。

 毛利元就、井伊直政なども橘姓だったと言われている。

 戦国時代に織田信長に仕え、江戸時代に岡山藩池田家の筆頭家老を務めた伊木家などもあるが、意外と有力武将の側近などのポジションにいたりする。

  藤原氏の台頭で改姓したりしてるので、いつのまにか、地味だが重要な役職に秘かに潜んでる氏族とも言える。

 

「なるほど、黒キムジナ―は実体化するのか。これはちょっとヤバいね。あ、ベアトリス先生にも報告しておくわ」


 ひかる先生はそんな事を言いつつ、持参した和風の手作り弁当を食べている。

 美里、薫、涼介の弁当も同じような感じだ。

 が、怜と坂本君は地元が沖縄と九州なので、豚肉とか鳥のから揚げとか餃子など肉が多めである。


「そういえば、沖縄の神様ってどんなものなの?」


 薫が怜の話に興味を持ったのか質問した。

 というか、どう考えても今回のキムジナ―や御嶽うたきの森の出現は怜の存在が関係してるのは間違いない。

 あまりにも色んな事件が起こったのでタイミングが無かったのだが、涼介としても一番、聞きたかった事だった。


「うーん、琉球神道の最高神は『ティダ』なんだけど、太陽を司る神様です。沖縄方言で『太陽』『晴れ』という意味で。『ソトナーンチュ』の天照大御神あまてらすおおみかみと同じような神様です。それと、ニライカナイから降り立ち沖縄の島々を創った女神様の『アマミキヨ』と男性神の『シネリキヨ』がいる。この神様は『イザナギ』『イザナミ』と同じだね。その他に龍神様の天龍大御神てんりゅうおおおんかみ天久臣乙女王御神あめくしんおとめおうおんかみがいて、その間に三人の神様が生まれて、三人の天女がお嫁さんになるの。天受久女龍宮御神てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみという神様もいるんだけど、沖縄に降臨した後に本土に渡って天照大御神になったと言われてる。この神様たちは沖縄県那覇市にある沖宮おきのぐう神社に祀られてる」


「それ、聞いたことあるよ。天照大御神は沖縄出身らしいという話ね」


 薫は一応、『古代祭祀研究部』の部長を務めてるので、この辺りの神社や神話の知識はそれなりにある。

 涼介は沖縄の神様の話を聞きつつ、実は沖縄が日本の神々の原型なのかもしれないと思った。

 伏見稲荷大社の統理の深草秦氏(秦氏三大氏族)の土御門高嗣氏によれば、山陰の巨大王国のスサノオの出雲と九州中国地方の大国の熊襲(秦氏の祖)が同盟を結ぼうとした際に、沖縄から九州に渡ってきた天照大御神系統の一族(神武?)が出雲と強引に同盟を結んでしまったという。

 更に、天照大御神の一族は熊襲の長クマソタケルを女に化けて討ち取り臣下にしてしまったという。

 それ以来、秦氏は天皇家を守護する侍として仕えたという。

 何かそんな話が古事記などの日本神話にあったように思うが、案外、それが真相かもしれない。

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