第二話 キジムナー注意報

「今日は沖縄の木の精霊『キジムナー』の勉強をします。というか、既にみなさんから様々な被害報告が寄せられていますね。突然、大きな声が背後から聴こえて振り返ったら、赤い小動物のような存在が見えたが、あっという間に消え去ったとか。身に覚えのない悪戯いたずらを自分のせいにされた。授業をさぼって木の上で昼寝してたら、金縛りにあって落下してケガをしたという自業自得の事例。キジムナーと仲良くなって左目のない金魚を大量にもらって売り捌いている猛者もいるとかいないとか。そんな話が多発してますね」


 橘怜たちばなれいが転校して来てから三日が経ったが、白鷺データサイエンス大学付属中学校ではちょっとした異変が多発し始めていた。

 推定年齢三千歳で金髪碧眼の二十代ぐらいに見える魔女ベアトリス先生が、伝統的な黒い電子黒板に『木の精霊キジムナー』とタッチペン的な白い電子チョークで板書し、人工知能A Iが描いた『キジムナー』の指名手配イラストが浮かび上がっていた。

 『Wanted』の赤い文字が添えられている。

 ベアトリス先生の今日のファッションはほぼ喪服というか、黒いスーツの上下で露出も少なく男子生徒はがっかりしていた。

 ちなみに、副担任の飛騨亜礼先生は出張でいない。

 この学校の先生は最前線で実際に事件を解決している現役の異能者が多いので、飛騨亜礼先生もたぶん、何かの事件のために不在なのでしばらく帰って来ないと思われる。

 森の精霊キジムナーのイラストを見ると、赤い長髪で頭に小さな二本のつののようなものを生やし、肌は褐色に日焼けして毛むくじゃら、葉っぱで出来た緑色の腰巻をつけている、何とも可愛いい子供に見える。

 ベアトリス先生が話を続けた。


「ほんと、可愛いイラストですね。キジムナーは沖縄では座敷童同様に仲良くなると、魚を多くもたらしたり、家の富を与えてくれる存在でもあります。あまり関わらなければ悪戯する程度です。魚の左目が好物でキジムナーのくれた魚は左目がない。タコニワトリ、熱い鍋蓋なべぶた、屁を嫌うので、キジムナーと縁を切るにはこれらを使う。キジムナーの宿っている古木を焼いたり、釘を打ち込んだりするのも良い。が、キジムナーには変身能力や鬼火を操る力があり妖怪や魔物の類です。キジムナーを怒らせて家が焼けたり変死するケースもあります。あるいは仲良くなりすぎて、手を切ろうとして逆恨みされる場合もあります。全くノーリスクの存在ではないのです」


 その話を聞いて、最後列の涼介の前の席にいる坂本亮さかもとりょう君がちょっと震えだした。

 机の中に左目のない金魚の入ってると思われるカプセルが複数、隠してあるのが見える。

 右隣には黒鉄美里くろがねみさとが座っている。


「先生、じゃあ、私達はキジムナーと仲良くもせず、あまり近づくなということですか?」


 黒鉄美里はこういう際の切り込み隊長としては最適な人材で、クラスの生徒全員が凍りついてる時にも迅速に動ける胆力たんりょくを有していた。

 黒鉄家は秘密結社〈天鴉アマガラス〉の『つるぎたみ』に属し、『勾玉まがたまの民』と呼ばれる幹部や情報将校を守護する武闘派と言われている。 

 『鉄血にして黒鉄』と言われているように、『つるぎの民』最強の神沢家に次ぐ最強部隊を擁し、卓越した部隊長を多数、輩出している家系でもある。

 ちなみに、その他に呪術や魔法などを操る『かがみの民』が存在する。


「それは自由でいいと思いますよ。あなた方、秘密結社〈天鴉アマガラス〉のご子息ご息女はいずれ最前線で魔法使いや異能力者と戦うことになります。キジムナー程度の存在で命を落とすようでは将来は暗い。むしろ、この中学校の一年生の訓練としては最適な難易度でしょう。最悪、人工知能A Iのルナちゃんの全校生徒監視網がありますので、各先生も急行できるし、命を落とすことはないでしょう。絶対ではないですが」


 ベアトリス先生は氷のような微笑を浮かべている。

 人工知能A Iのルナちゃんとは、量子コンピューターを実装した存在で、白鷺データサイエンス大学付属中学校のシステム全体を統制している。

 それに加え、ベアトリス先生の構築した大深度地下施設にある超古代魔法陣にも護られていて、現代最強の科学と魔法防御を持つ難攻不落の安全な施設のひとつだと言える。


「はい、了解です。じゃあ、キジムナーと遊んでもいいんですね。良かった」


 黒鉄美里は嬉しそうにしているが、涼介もその遊びに巻き込まれるのは必至な事が確定して気が重い。


「ただ、どうも、沖縄の御嶽ウタキが校内の各所に出現しているという情報もあります。御嶽ウタキというのは琉球神道における祭祀などを行う聖地で、神話の神が来訪する場所です。そこには絶対に近づかないようにしてくださいね。御嶽ウタキは男子禁制なので、特に男子は気をつけて下さいね。異空間に飛ばされると私でも救えないこともありますよ」


 気のせいか、教室の温度が五度ぐらい一気に下がった気がした。

 ベアトリス先生は何故か嬉しそうな微笑を浮かべている。


「いや、先生、これって、ちょっとしたデスゲームになってるんですが、その御嶽ウタキってどうやって見分けるんですか?」


 美里の前の席に座ってる千堂薫せんどうかおるも、流石に事態の深刻度が増したので心配になってきたようだ。


「学校の外周の森の中に、岩で囲まれてる石が置かれてる空間のようなものがあれば、おそらく、それが御嶽ウタキです。その石はイビ石と呼ばれていますが、神が降臨する目印のような物です。古神道における磐座イワクラの一種と同様の物です。ご神体としては泉や滝、巨石があったりしますが、キジムナーは古木に住む精霊なので大きな木は特に要注意です。結界としてはしめ縄、鳥居なども目印なので、古代神がそういう物を利用する場合もありますね。何となくぞくっとするような場所に入ったら、とりあえず、少し後ずさりする慎重さも大事ですね。ということで、この一時限目は本来なら呪術や魔法の講義をする予定でしたが、後は自習とします。各自周囲の生徒とキジムナー対策を話し合って、二時間目にもう一度、一学年全体の対策を話し合いましょう」


 ベアトリス先生はとても上機嫌な表情で話を締めた。

 声も心なしかウキウキしてるように思える。

 千堂薫せんどうかおるはキジムナーとすでに仲良くしてるはずの坂本亮さかもとりょう君の肩をトントンと叩いて、美里、涼介を加えて対策会議を始めることにした。

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