二十四話 異常者の集い
時は、ミツルギが地獄で閻魔と話していた時まで遡る。
「では、ミツルギ。一応儂と話せる鏡を渡しておくから、何かあったらこれで連絡をとってくれ」
「──分かった」
手鏡のようなものを受けとり、ミツルギはそれを懐へと仕舞う。連絡がなければミツルギは平気で百年は顔を出さないため、閻魔が気を回したのだろう。そんな事をしなくても、状況が変わったのだから、ミツルギも昔のように好き勝手に動いたりしないが。
「では、早速人間界に向かわれますか? 白狐様!」
「──嗚呼……」
「ちょっと、アタシにもなんか言いなさいよ! この出来損ない!」
「申し訳ありません! 忘れてました!」
「はあ!?」
左右で赤鬼と青鬼がやかましく騒ぐため、ミツルギの眉間には深い皺が刻まれる。閻魔はその様子を見て愉快そうに瞳を細め、
「じゃあ気をつけるんじゃぞ、ミツルギ。依代を見つけた霊体は、怪異に近しい存在となるじゃろう。それが人を襲えば、取り返しがつかないこととなる」
「──分かっている。魂に適合する依代など簡単には見つけられんはずだが、嫌な偶然は起こるものだからな」
ミツルギがそう言って着物を翻すと、昴がその手のひらから青い光を煌めかせ、地獄と人間界を繋ぐゲートを顕現させる。
「──行ってくる、閻魔」
その言葉を最後に、ミツルギと昴、椿の姿が消える。それをしっかりと確認して、閻魔は見た目の術を解く。淡い光を放つゲートは崩れ落ちるように消え去り、昴の術の精度を物語っている。昴は、戦闘力という意味なら足手まといという評価を下さざるを得ないが、こういう術の精度は群を抜いている。
「──まあ、俺には遠く及ばないけど!」
けらけらと愉快そうに笑い、閻魔は懐から手鏡を取り出す。何の変哲もない鏡だが、閻魔が術をかけたことで、任意の相手にのみ連絡を取れる道具と化した。いずれは、昴もこれくらいの術を使えるようになれば、閻魔が仕事をサボるのにも苦労しなくなるのだが。
「──ま、それはまだ無理そうかな?」
手鏡の中──ミツルギたちの様子を確認する。
*
**
***
「白狐様、ここが人間界ですか!?」
「すご……初めて来た!」
「静かにしていろ、刀のいる座標を割り出す」
狐の面を揺らし、ミツルギは静かに術を繰り出す。刀の居場所を正確に割り出せるのは、ミツルギか千秋か──いずれにしても、片手に収まるほどにしかいない。きぃん、と黒板を引っ掻くような音がミツルギの頭の中に響き、やがて、刀の座標が割り出せる。
「南へ3kmだ。急げ」
「あ、はい!」
昴が術に変更を加える。すると、すぐにミツルギたちの体がぐいっと引っ張られる。少し暖かい風を切り、目的地まで数メートルまで到る。
「──この感覚は」
依代が近くにいるのだとわかった。そして、刀の感覚も近くにあることから、恐らく、千秋がそれと戦っているということも。だが、依代の感覚は薄くならないというのに、刀の感覚は小さくなった。恐らく、倒せていないのに、千秋は刀と魂が剥がされてしまったのだろう。
「──本当に、呆れたやつだ」
上空から、千秋が首を絞められているのを目視で確認する。刀を取りこぼし、最早何も出来ていない状態だ。放っておけば、数分で命を落とす。
「────」
ミツルギの心に、揺らぎが生じる。元より、ミツルギにとって、大切なのは刀であった。千秋の存在は、ミツルギの心を酷くかき乱す。平穏が乱されてしまう。だから、
「み、つるぎ……」
そう、か細い声が千秋の細い喉から漏れ出た時に、ミツルギは、
「────」
そういうところが嫌いなのだと、煩わしく思った。
********************
「──死にかけている時に他人への感謝か? 全く、煩わしいな。人間というのは」
下駄が砂を踏む音がした。隣には、紅葉に似た──けれど、どこか雰囲気の違う少女と、青い髪の毛の、額から角を伸ばした少年が佇んでいた。酸素が上手く回らなくて、頭がきちんと回ってくれない。どうすればいいのだろう。ミツルギに刀を奪われてはいけないとは思うのだけれど。あと、あの二人は誰だろう。角があるから、鬼、だろうか。そう、朧気に考えていると、
「いつまでそうしているつもりだ?」
ミツルギが軽く腕を振り、怪異の腕が切り落とされる。途端、千秋の喉は解放され、急激に酸素が千秋の体を満たす。が、着地が上手くできず、地面に転がる。苦しそうに咳き込んだまま、千秋は刀を手に取り、
「──ミツルギ……」
ミツルギに視線を向ける。千秋の思考は、不理解を全力で示していた。どうして、今ここにいるのだろう。ミツルギは刀が目当てなのだから、千秋なんて見捨てて、刀を持って逃げるべきではないのだろうか。それとも、ミツルギは、千秋を助けるために戻ってきてくれたのだろうか。と、そんな千秋の思考を遮るように、
「貴様は本当に愚か者だな」
と、ミツルギの鋭い言葉が降りかかった。
「えっ」
「そもそも、刀を持っているのになぜろくに戦えない? どうせ、余計なことを考えて意思が揺らいだから刀と上手く共鳴できなかったのだろう。それに何だその頬は。この愚物が」
「─────」
千秋は、思わず口を開けたまま固まる。いや、ミツルギに甘いことを言われると思っていたわけではないけれど、あまりのパンチラインに、返す言葉を見失ってしまった。そんな千秋の気持ちを見透かしたように、
「白狐様! えーっと……この子が刀に選ばれた方……ですよね?」
青髪の少年がミツルギと千秋の間に割って入る。その表情は呆れと驚きが混じったような苦笑いで、ミツルギは不思議そうに眉を顰める。
「そうだ、それがどうした」
「えー……うーん……」
ミツルギの返答に、少年は困ったように笑う。それを黙って見ていた少女は呆れたように眉を上げ、ミツルギを睨みつける。
「いや、アンタ、本気で分からないの?」
「──?」
「分かってないみたいです、椿さん」
「いや、嘘でしょ? 有り得ないんだけど」
二人の鬼がミツルギに食ってかかる。当の本人はどうしてそんなに言われているのか理解すらできていないが。
「あのねぇ! アタシはコイツなんか死ねばいいって思ってるけど、アンタ……こんな呪印つけられて首締められてた人間に言う第一声がそれって! おかしいでしょ!」
「────」
椿という少女の言葉に、ミツルギは本気で分からないという顔をする。それもそのはずだ。ミツルギには、千秋に厳しい言葉をかけている自覚がないのだから。
「──大丈夫だよ、ありがとう椿ちゃん」
「ちょっと、軽々しく名前呼ばないでよね! アタシはコイツのヤバさに怒ってるだけで、アンタを庇ったわけじゃないから!」
千秋が椿に手を差し出したが、払い除けられてしまう。少しショックを受けつつも、千秋は刀を手に立ち上がる。
「ううん、それでもありがとう。なんか……うん。ちょっとだけ、マシになったから」
刀を構えて、千秋は瞑目する。
戦う理由も、大義も、千秋にはなかった。妖や怪異を殺す度に、千秋の胸の内には、拭うことの出来ない汚れが蓄積していくような感覚があった。だから、今日だって、戦うのか戦わないのか、殺すのか殺さないのか、何もかもが中途半端なまま、刀を握っていた。それがいけなかったのだ。だから、刀と上手くリンクできなかった。
「落ち着いて考えたら、すごく分かってきた」
あれは、今までと違って、肉体に魂が染み込んでいない。最初に見た違和感は、魂の気配が核に隠されていて、今までの怪異よりも薄かったからなのだ。つまり、魂に適合しない肉体に、無理やり魂を宿したのだろう。
「──なんて、俺が分かるわけないから、これは多分、刀の知識」
刀が、知識を千秋に貸してくれている。どうして千秋なのかは分からないけれど、その期待に応えるために、千秋も、最も大切な思いを思い出さなければならない。
「──怪異はなるべく殺したくないけど、大切な人たちに危害を加えるようなら容赦はしない! よし、これで行くから!」
と、刀を掲げて宣言する。途端、刀が明るい赤の刀身を表し、黒髪が腰まで伸びる。迷いを失った魂と刀が綺麗にリンクし、千秋の心の高揚に共鳴するように刀が身体能力を底上げする。
「──あれが、『壱日』……!」
「そんな古い名を知っているとは……貴様、本の虫か?」
「はい! 古い本読むの好きなので!」
「え、なに? 『壱日』? あの刀、そんな名前なの?」
「──昔の名だ、覚える必要は無い」
そんな風に、ミツルギたちが話しているのを聞きながら、千秋は、刀を手に怪異へ向かっていく。
「──自分勝手でごめん! でも、俺の大切な人に手出されるわけにはいかねぇから!」
深く刀とリンクし、口調が荒くなる。怪異の肉体は見ない。魂の位置を見なければならないのだ。
「──だいぶ、慣れてきた!」
魂の気配を気取る。刀の声をきちんと聞いて、ちゃんと核を狙わなくちゃいけない。
「最小限の力で、最大限の威力を!」
気分が高揚していく。アドレナリンがありえないほどに出て、痛みを感じなくなる。頬の呪印も、今の千秋の頭からはすっぽ抜けている。
「──奴が愚鈍で助かったな」
「えっ? どういうことですか?」
「彼奴は、呪印のことを既に忘れている」
「……そんなことあるの? 結構痛いでしょあれ」
「嗚呼。それを忘れるような人間だから、刀に贄を捧げずに済んでいるのだ」
ミツルギは呆れたように眉を上げる。千秋は自分を常識人だと思っているのであろうが、
「──大概、貴様も常軌を逸している」
そんなミツルギの言葉を知ってか知らずか、千秋は怪異の体を切り刻み続ける。核を突き刺せれば一番だが、防御がやはり硬い。周りの肉を削いで、確実に仕留めなければ。
「さっきのすげぇ苦しかったし、痛かったんだからな! 遥斗たちをあんな目に遭わせたら、承知しねぇから!」
そう叫び、千秋は猛攻を続ける。
「白狐様! 援護しなくても大丈夫なんですか?」
「──必要ないだろ」
「アンタ、アイツのバディなんじゃないの? そんなんでいいわけ?」
「戯言を言うな。我は誰とも組まん」
「ホントにお姉ちゃんがアンタを尊敬してた理由がわかんなくなってきたんだけど」
少女が、千秋に視線を戻す。と、
「──見えた、核!」
気配が大きくなる。怪異の気配が変化したということは、核を守っていた肉体を切り離せたということ。千秋は刀を持ち直し──
「──っ!」
核に、紅い一閃を叩き込む。
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