第17話 中編
学園祭の翌日、振替休日の月曜日は、りこの苦情を聞く日だった。
「いいな、私も行きたかったもん、青陵の学園祭!」
「だって仕方ないだろ。緑生学園も文化祭だったんだから!」
こういう時の女の子に、理屈立てた反論は無意味らしい。
「まあ、知ってると思いますけど、うちの文化祭っていまいちじゃないですか」
一緒にいたとみちゃんに言われるまでもなく、中学校の文化祭は、研究課題の展示発表がメインでお祭り感がないのは俺もよく知ってる。母校だからな。
莉緒、りこ、それにとみちゃん。とみちゃんが母さんの席に座って、四人でお茶をしていたのだが、そろそろ俺はバスの時間だ。
「さて、俺は出掛けるよ」
「あ、そうなんですか」
「真白さんとデートなんだって」
りこが、ぶー、って顔で言う。
「りこ、可愛い顔が台無しだよ」
莉緒が宥め役に回ってくれて助かる。
「いってきます」
みんなの見送りを受けて出発。なんだか変な感じだ。
真白とのデートは、そういえばようやく二回目だ。いつも学校で一緒なせいかな。
彼氏らしいことをしなきゃ、なんて普通は思わない。
だって、普通は思わなくても、したくなることだから。
普通はデートして、手をつないで、ハグして……それから、キスをしたくなるものだって。
俺たちは普通じゃないんだね。と話し合いながら、俺と真白はデートの機会を増やした。でも、真白の気持ちをもっと考えるべきじゃなかったのかな。俺は。
そうして時は流れる。十一月は修学旅行で、ふたりきりの時間を作ったし、冬はクリスマス。
真白の誕生日がクリスマスイブだって、三週間前に知って、莉緒にそんなだいじなことを、って怒られた。
イブはお出掛けして、夜は我が家に招いた。また母さんがおもてなしを張り切った。りこも、不機嫌にはならずに楽しんだのは、真白の人徳。
そう言えば、それより時を巻き戻して十一月。真白は対抗馬なしの信任投票で生徒会長に再選。一ノ瀬蒼司たち三年生の役員が引退し、何と俺が生徒会長の人事権で生徒会入りした、というのが年末にかけてのトピック。
俺たちの周りを騒がせる事件はなく、季節が過ぎた。
「えっ、生徒会長たちって、“まだ”なんですか?」
年明け。三学期が始まって最初の日曜日、私は葉月家を訪れた。
「よう理々香。早かったな。あがれよ」
すっかり先輩は、私のことを名前で気安く呼ぶようになった。
「おじゃまします」
葉月センパイは玄関で私を出迎えてくれたものの、早々に二階に上がってしまう。ちょっと雰囲気が暗いのは気のせい?
少しくらいは集まりに顔を出せばいいのにと思ったが、なんといっても今日は“女子会”なのだから仕方ないか。
葉月家の、リオくんの誕生パーティをした居間に出されたコタツにはまって、会話の熱も温まってきた頃、柚羽から繰り出されたのが最初のセリフだ。
「当然じゃないですか。手をつなぐくらいの、清らかな交際です。私たち、未成年ですよ?」
柚羽のセリフに、冗談だかちょっと読めない発言を返す真白会長。
彼女は全員を見渡し、いわくありげにリオくんをみた。
となりでは、「まだなんだ……」なんて顔をしているリオくんがいる。心なしか、ホッとしているように見えた。
今日は、“葉月家”生徒会グループの“女子会”。
参加者は一ノ瀬真白会長、総務になった篠原千夏先輩と書記になった小倉美帆先輩は、今日は用事があるとかで欠席。あとは私こと桐原理々香と杉山柚羽が参加。なぜか私たちも雑用係で生徒会に入ってしまったということが特記事項。
そして女子会最後のメンバーに、葉月莉緒。
並んだ顔だけ他人が見れば、女子会という言葉に疑問はないだろう。
が、もちろん本人も皆も知るとおり、リオくんは男の子だ。
リオくんを今回に誘うのは苦労したけど、男子目線の話も聞きたい、葉月センパイは極端過ぎる、と駄々をこねた。
そんな顔ぶれで、リアルに葉月家で集合した。広くて、気兼ねなくお喋り出来て、お茶を出してもらえる。
ついでに、ファミレスとかだとちょっかいを出してくる悪い虫がいるかもしれないが、それも気にしなくていい。
「でも、キスって、いまどき高校生だって普通ですよね」
柚羽はスナック菓子を口に放り込んで、真白の返答を待った。
「そうかしら」
意外と早い切り返しに柚羽がラリーを挑む。
「なんなら、その先だって……」
「その先……」
リオくんが呟いたのを私は聞き逃さなかった。やっぱり男の子だし、興味があるのだろうか。いや、ほんとうにこの少女のような容姿で、このクラスメイトは女子を恋愛対象にしているのだろうか。
「柚羽さんは、その先の経験が?」
柚羽と真白先輩が、そんな言葉のラリーを繰り返している間、私はリオくんに素直に聞くことにした。
「リオくんは……こんなこと聞いて不愉快だったら言ってね? 女の子が恋愛対象ってことで合ってる?」
九月の学園祭の一件を読み解くと、そうなる。
「う……ん。学園祭のとき兄さんにも言ったんだけど、本当はよくわからない……。丸尾くんには嘘つくみたいになったけど……でも、あれからいろいろ考えて、たぶん、好きになるなら、女の子だと思う。だって……だ、男子相手に、キ、キスとか想像できない」
リオくんの告白に、私は体の奥底がきゅっとした。柚羽がこの会話に混ざっていたら、何か言ってくるに違いない。あの子はそういうことに勘が鋭いのだ。
自分の告白に涙目になったリオくんは、目じりを拭う。
「ごめんね、自分でもはっきりしなくって……でも……」
と、リオくんが続けそうなので、私は彼に向き直る。すると、リオくんは、はっと我に返ったように口を閉ざした。
「でも……?」
「ううん、なんでもない……」
何でもないはずがない。リオくんの頬は、メイクでもしたみたいに染まって、素敵な表情だった。ひとめで、恋してるってわかる。
何を言いかけたのだろう。柚羽なら、『学園祭のときお兄さんに言った』という事は、葉月センパイに誤解されたくない、ということだ、とか言いそうだけど。
あれ? 柚羽が言いそうなことを想像したら、私はなにか核心を探り当ててしまったのではないか?
恐るべし、柚羽メソッド。
でも、私には、そのことを踏み込める勇気がなかった。
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