第17話 前編
“リアル男の娘”
その煽り文句に、俺は無責任さを感じてイラついた。だが、逐一当たり散らしていたらただのキレキャラだ。事情の知らない奴らなんて、ほうっておけばいい。
「葉月センパイ」
そう呼ぶのは桐原理々香だった。
「桐原さん、俺、別に怒ってないぞ?」
「そんなこと聞いてません。リオくん、急に六組の人たちに引っ張っていかれちゃって」
不機嫌を見透かすようなタイミングで声を掛けられたので、見当違いの言い訳をしてしまったみたいだ。桐原理々香の横には、杉山柚羽もいて、俺を見るとニヤリとする。陰ではこんな小悪魔キャラだったのか。
『葉月くん、かわいいー!』
体育祭を経て、水面下で増えつつあるらしい、莉緒のファンが声を上げる。
『丸尾、男をみせろ!』 『いけっ、いってしまえっ』
とにかくお祭りで騒げればいい類の声が大多数。
ステージの上で、丸尾と莉緒が距離を取って相対した。
マイクを持つのは丸尾。
「「はっ、は、葉月莉緒くん……!」」
莉緒が、気をつけをして待つ。
「「葉月莉緒くん! 君のことが、好きです!」」
『ええ~!!?』 とか 『きゃー!』 とか、どよめきと黄色い声が会場を埋め尽くした。
『ちょっと、これってBLよね?!』 『生で、ものすごいものをみちゃってるのかも!』
手近なところだけでも、そんな声が騒ぎになっていて、たぶん大多数が面白がって騒いでいるのだろう。
みんな、事実としての莉緒の性別は知っている。見た目がものすごくかわいい女子みたいなことももちろん。
そりゃあ見ものだろうさ。
丸尾くん……。俺は頭を掻いた。彼の井出に対する行動の原動力を理解して、ため息をつく。
彼は、勇気があるんだな。
片や莉緒はといえば。周りの騒ぎと丸尾くんの言葉に赤面している。強くなったと思うけど、これだけの人前で、何と答えるのだろう。
莉緒にもスタッフからマイクが渡されて、莉緒の返答が待たれた。
「「ご、ごめん。ぼく……男だから……」」
急にあたりがシンと静まり返った。静けさが波紋のように広がって、離れた体育館の音がその場の静寂に染み出すくらいに。
その静寂の一瞬みんなは、そうなんだ、って思ったはず。
私も、そう思った。
リオくんは、男の子で、女の子を好きになる。
思えば、入学してから体育祭を経てこれまで、美少女と見紛うリオくんの恋愛対象って、どうなんだろうって興味がみんなの間に少しはあった。恋人にしたい、恋人にしてほしい、男女問わずに変な気分にさせられる、というと言葉が足りないけど、魅惑的な存在。
「「そ、そうだよな、ごめんな、なんか変なこと言って」」
「「ううん、こっちこそ……ごめん」」
静寂なんてなかったように、ふたりのマイクを通した会話が終わった。
『ぐわぁ~!!』 『丸尾よかったぞ!』 『ナイスプレー!!』
悲鳴と、それから変な掛け声が残る中、私たちはステージから降りるリオくんを出迎えた。
「お疲れ様。リオくんって、きれいだから、勘違いするわよね。それとほら、丸尾も最後に盛り上げるための仕込みに協力させられただけかもしれないし」
リオくんは苦笑いで答えた。丸尾の心情が推し量れない以上、安易なことは言わない。リオくんは賢い。
「あー、でもこうなると女子が騒ぎ出すかも。リオくんって、女の子に興味があるのかなーって。謎めいてたから」
柚羽が、どんどん踏み込む。それはデリケートな話題のはずだ。私は葉月センパイの顔色を窺ったけれど、何を考えているのかわからない。
「そうね。ほかの女子生徒が言い寄るのなんて、騒がれてる芸能人みたいな人物が近い距離にいると、つい惹かれちゃう、みたいなことだと思うし、リオくん気をつけないと」
私の友人を、簡単に恋人にできるなんて、他の女子には考えすら起こしてほしくない。
「それって、理々香ちゃん自身にも当てはまる?」
柚羽が意味ありげに言う。この子ってば。
「そういうカマかけには引っかからないわよ!」
だいぶ、素の部分も出すようになった柚羽の肘を私ははたいた。
帰ろうか、と葉月センパイが声をかけて、私たちは歩き出した。
グラウンドのステージも、実行委員たちの注意を受けて急遽締めのトークで終了させられている。閉幕時間を過ぎているので、実行委員が駆けつけたようだった。
見世物が終わると、とたんに散り始める観衆。
道を開くように先を歩く葉月センパイ。それについて行くリオくん。
私は二人の背中を眺めていた。一番長くリオくんのそばに居た葉月センパイは、どう感じたのだろう?
(僕は男だから、か……)
「兄さん、どうしたの?」
一先ずの片づけを終えて下校となり、俺と莉緒は学校の坂道を下っていた。同じころ合いで片付けを終えた生徒たちの姿が、同じように坂道を歩いている。
いや、なんでもない、と俺は莉緒に首を振って応える。
空には、もう星が出ていて、街灯の明かりがもったいなかった。
残暑が続いていたが、今日は過ごしやすいし日が暮れてからは少し肌寒さだって覚えた。
秋が近い。
バスが来るまでに少し間があったので、俺たちはバス停ひとつ分、歩くことにした。
まばらにあった人影もすでにない。
歩きながら、言葉が漏れた。
「丸尾くん、勇気あるなあ」
そう言えば勇吾くんもだ。
「うん……兄さん、聞いてたんだね」
「ああ、そうだな」
まさか、莉緒があんな所に引っ張り出されているなんて、思いもしなかったけど。
「どう思った?」
「彼は、勇気あるな」
「僕のことは、どう思った?」
莉緒の言葉を考えてみる。俺は……少し、しょんぼりしていた。
なんでだっけ。
「僕のことは、どう思ったの?」
ステージの上の莉緒の言葉を聞いて、俺は……落ち込んでるのか。
俺はまた首を振った。
莉緒も、ちゃんと断れて、えらいと思う。りこだって、勇吾くんに自分の気持ちを伝えた。
「りお、は……、いつもがんばってるよ」
「違うよ。僕は卑怯なことをしたんだ。僕は、丸尾くんの告白を断るのに、嘘をついた。嘘じゃないけど、嘘なんだ。女の子が好きだとか、そういうの、わかんない」
わかんないのに……莉緒は、か細く消えそうな声で言うと、俺の制服の袖を握った。
苦しそうな顔で、莉緒が俺の手を引っ張るのだ。
「だいじょうぶだよ、りお」
俺は優しく抱きしめてやった。それは安直な慰めかもしれないけど、莉緒の気持ちを落ち着かせたいという、ただそれだけだったのに。
俺は間違えていた。
走り抜ける車のヘッドライトの明かりが、俺たちを照らして流れていった。
莉緒の手が、俺の背中に回される。ただそれだけで、俺は安心しきっていた。
俺は、間違えた。
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