第2話 不思議な彼女と同居する。

 俺は、倒れている女性というか、宇宙人を見捨てるわけにもいかず、

彼女に近づくと、そっと抱き上げた。

「志郎、何をする気だ」

「決まってるだろ。とりあえず、家に入れるんだよ」

「バカな・・・ この女は、宇宙人なんだぞ。何をされるかわからないだろ。危険すぎる」

「そうかもしれないけど、このままにしておくわけにもいかないだろ。

近所の人に見られたら、なにを言われるかわからないし、警察に通報されたら、もっと面倒だろ」

 そう言って、女性を抱き上げて、家の中に入れた。

部屋に入れると、リビングのソファにそっと寝かせた。

 改めて見ると、かなりの美人だ。茶色の髪が肩まで伸びたロングヘアーがよく似合う。

目は、閉じたままだけど、肌の色も白くて鼻筋も伸びて、薄いピンク色の唇がきれいだ。着ている服は、白いロングのワンピースだった。

「まったく、お前という人間は・・・ お人好しにもほどがあるぞ。そんなんだから、いつまでたっても、彼女もできないし、損ばかりしてるんだぞ」

 早速、ミギーのお説教が始まった。自分の右手に文句を言われる俺が情けない。

「それはそれとして、ミギーは、この人を知ってる?」

「知るか。私は、誰かに寄生してないと生きていけないんだ。広い宇宙のことなんて知らない」

「宇宙人なのに、頼りないなぁ」

 そう言うと、右手が伸びて、ナイフの形になった。

「私を侮辱すると、今度は、志郎と言えども殺すぞ」

「ハイハイ、わかったから、危ないから、それをやめて」

 喉元に突き付けられたナイフに俺は、マジでビビった。

すぐに元の右手に戻ったものの、ミギーは、まだ機嫌が悪い。

「悪かった。ごめん」

「わかればいい。志郎は、すぐに謝ることができる人間だ」

 褒めているのか、けなされているのか、わからない。

その時、彼女が目を覚ました。目がゆっくり開いて俺を見た。

「ここは・・・」

「大丈夫。心配しないで、俺のウチだから」

「あなたの・・・」

 彼女は、体を起こすと俺を見たり、部屋の中を見渡している。

顔を見ると、目がパッチリしていて、かなり美人だ。でも、宇宙人なんだ。

ちょっとガッカリ。

「ここは、どこですか?」

「俺のウチだよ」

「そうではなくて、ここは、なんという星ですか?」

「えっと・・・」

 そんな質問されて、すぐに答えられない俺の代わりに、ミギーが答えてくれた。

「地球だ。キミは、どこの星から来た?」

 ミギーは、右手から伸びて、いつものように自立して歩き回りながら、一つしかない目を見開き、薄い唇で話し始めた。

彼女は、驚いて目をパチクリさせる・・・ と思ったら、その表情は変わらない。ミギーを見ても、驚かないんだ。さすが、宇宙人だ。変なところで感心していると、ミギーが口を開いた。

「キミは、どこの星から来たんだ? 答えろ」

「マゼラン星雲の第12惑星からです」

「キミは、マゼラン星人てことだな」

「ハイ。あなたは、誰ですか? あなたも宇宙人なの」

 彼女は、俺に目を向けて言った。

「私は、宇宙ビールス。この地球人に寄生しているだけで、この人間は、普通の地球人だ」

「そう・・・」

「それで、キミは、なにしにこの星に来た?」

 ミギーの尋問は続いた。でも、俺もそこは聞きたかった。

「私の星は、もうない。ドルズ星人に侵略されて、星ごと破壊された。私は、脱出カプセルで難を逃れることができた。私は、そのカプセルの中で、ずっと眠っていたままだった。起きたら、この星にいた。ここは、地球という星なのね」

「そうだ。ここは、地球だ」

 彼女は、ミギーの話に納得したのかわからないが、少し落ち着いてきた。

「あの、あなたの名前は?」

「名前?」

 彼女は、初めて俺の目を見て話を始めた。

「私の名前は、マヤ。星では、そう呼ばれていました」

「そうですか。マヤさんて、いい名前ですね」

 褒めたつもりなのに、彼女の表情は変わらなかった。

「もう一つ質問する。なぜ、この家の前にいた?」

「それは、たまたまです。エナジーがなくなって、歩けなくて、ここに倒れただけです」

 彼女・・・ ではなく、マヤさんは、そう言った。ホントなのかな? 

ちょっと信用できない。

「キミは、この星に来て、どれくらい経つ?」

「わからない。すごく長い時間になる」

「その間は、ずっと、一人だったのか」

「そうよ」

「腹は、減ってるだろ。人間の食べ物は、食べられるか?」

「わからない。食べたことない」

「志郎、カレーを作ってやれ。少しは、元気が出るだろ」

「でも、マヤさんは、宇宙人なんでしょ。カレーなんて食べていいの?」

「背に腹は代えられない。燃料切れで、死なれたらもっと困る」

 それはそうだ。俺は、急いでカレーを作ることにした。

「マヤさん、少し待ってて。ここでゆっくり休んでいて」

「わかりました」

 彼女は、表情を変えずにそう言った。料理を作っている間に、出て行ったりしないようにときどき注意しながら、お米を研いで炊いている間に、肉や野菜を切って、煮込んでカレーを作る。

その間もミギーは、普通の俺の右手として、働いてくれた。

 一時間ほどでカレーができた。俺は、二皿分を盛り付けて、テーブルに並べた。

「これが、カレーライスだよ。俺は、余り料理を作らないし、下手だから、口に合わないかもしれないけどよかったら食べてよ。少しは、元気になると思うよ」

 そう言って、スプーンを並べた。俺は、いただきますと、手を合わせて一口食べて見せた。

「うん、まぁまぁかな」

 そう言って、もう一口食べる。しかし、彼女は、まだスプーンを手に取ることもしない。

「やっぱり、口に合わなかった? 宇宙人だもんね。無理しなくていいよ」

 俺は、なるべく優しく話しかけた。すると、彼女は、俺をじっと見詰めると、青い瞳から水色の液体を零し始めた。俺は、ビックリして、スプーンを持つ手が止まった。俺は、なにか失礼なことを言ったのだろうか? それって、もしかして、涙なのか? でも、涙って、青かったっけ? 宇宙人だから、涙が水色でもいいのか? そもそも、宇宙人て泣くのか?

 そんな疑問が一気に噴き出た。

「あ、あの、その・・・」

 言葉が後に続かない。目の前で、女性に泣かれたことなど、一度もないから、どうしていいかわからない。

「ありがとうございます」

「えっ?」

 逆にお礼を言われて、俺のがビックリした。

「私は、この星に救われました。あなたのような親切な地球人に助けていただきました。でも、もう、いいんです。私の星は、滅亡しました。もう、私の帰る星はありません」

 そう言うと、いきなり立ち上がって、玄関に向かって歩き出した。

「ま、待って! どこに行くんですか?」

「どこって・・・ それは、わかりません」

「わからないって・・・ だったら、ここにいたらどうですか?」

 マヤさんの足が止まった。だけど、俺自身も、なにを言ってるのか自分でもわからない。たぶん、勢いだったんだろう。

「マヤさんは、一人ぼっちなんでしょ。だったら、ここにいればいいじゃないか。ここは、俺しかいないし部屋だってあるし、キミの寝るとこくらいあるよ」

「・・・」

「キミは、一人ぼっちなんかじゃない。キミは、宇宙人かもしれない。マゼラン星人かもしれない。でも、今日からは、地球人として、生きて行けばいいじゃないか」

「志郎、お前は、自分の言ってることがわかってるのか?」

 右手がぐにゅッと伸びて、俺の目の前に来ると、ミギーが言った。

「見ろよ。俺の右手にも宇宙人がいるんだ。だから、キミもここにいろよ」

 マヤさんは、そんなミギーを冷たく見ながら言った。

「私は、宇宙人。マゼラン星人なのです」

「だからなんだよ? キミは、これから一人でどうやって、この星で生きていくつもり? どっかで仕事するの? 宇宙人だなんてバレたら、大変なことになるよ。だから、俺といっしょに暮らそう。結婚とか、彼女とか、そういうことじゃなくて、いっしょに住むってことで、もっと、気楽に考えてさ」

 俺は、必死で訴えた。彼女をここから追い出してはいけない。それだけだった。

「まったく、志郎は・・・ マヤとか言ったな。この人間は、かなり変わった人間だが、キミに危害を及ぼす人間ではない。どこにも行くところがないのなら、ここにいろ」

「そうだよ。ねぇ、マヤさん、ここにいてくれよ。いっしょに暮らそう」

「ありがとう。志郎さん」

「えっ、どうして、俺の名前を・・・」

「さっき、その寄生生物が呼んでいたでしょ」

「そ、そうか。そうだったな」

 俺は、照れ隠しに頭をかいた。

「ありがとう。私は、あなたに救われました。私は、あなたのためなら、何でもします」

「そんな大袈裟な・・・」

「いいえ。一人ぼっちで知らない星にいる私のことを心配してくれる地球人など、いるわけないと思ってました。でも、志郎さんのような地球人もいることに感動してるんです。ありがとうございます」

 ミギーという寄生生物との生活に、今度は、宇宙人で美人なマヤさんとの不思議な同居生活が始まった。


 マヤさんは、その日から、ミギーに教わりながら、いっしょに本を読んだりしながら地球のことを勉強した。

見る見るうちに知識を覚えて、あっという間に地球のことを覚えた。

 地球上の国のこと、特に日本の文化、政治、経済、食事や性格など日本人の生活を知識として高めていった。

ただの美術教師の俺など、すぐに追い越してしまった。

 マヤさんがウチで生活するようになって、数日後のことだった。

最近では、マヤさんが家事をしてくれるようになった。掃除や洗濯、食事も作ってくれる。

これじゃ、まるで、奥さんみたいだ。なのに、ミギーは、俺が作る下手な料理よりも、マヤさんが作る料理のが、栄養もあって、カロリーや食事のバランスも良く、なによりおいしいのでミギーも満足しているようだった。何より、家の中にきれいな女性がいることで、俺としても、毎日が楽しい。ミギーとちがって、文句を言ったり、ケンカすることもなく、いっしょに食事をしたり、テレビを見て笑ったり、会話をしたり、毎日に張り合いができた。

 学校に行くときは「いってらっしゃい」と送られて、帰ってくれば「お帰りなさい」と迎えてくれる。

もちろん、部屋は、別々だが、毎日顔を合わせているのが、当たり前になりつつあった。

 マヤさんも次第に地球の生活に慣れてきたようで、笑うのが増えてきた。

マヤさんの笑顔を見るのが、俺は、うれしくてたまらなくなった。

これは、異性に対する恋とかいうのではなく、ただいっしょにいてくれるだけでありがたい存在なのだ。

 ただし、彼女が宇宙人であることは、誰にも言えない秘密だ。

俺の右手が寄生生物であることも入れると、俺には、人には言えない秘密が二つできた。

それでも、奇妙な三人の生活が、平凡でつまらない毎日に花が咲いたようだった。

 そんなある日のこと。いつものように、いっしょに夕飯を食べているときだった。

今夜の夕食は、俺の好きなトンカツだった。彼女の料理の腕は、日に日に上手になっていた。

 食事をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろう?」

 こんな時間に人が訪ねてくるなんて、今までにはなかったことだ。

近所のおばちゃんかなと思って、食事の途中だったけど、俺は、玄関に向かった。

「いいよ、俺が出るから」

 そう言って、マヤさんを制して玄関に行った。

「ハ~イ」

 俺は、そう言いながら、玄関のカギを開けてドアを開けた。

すると、そこに、知らない若い男が立っていた。何も持っていないので、宅配業者でもなさそうだ。

「えっと、どちら様ですか?」

 俺は、そう言うと、その男は、真面目な顔をしてこう言った。

「マゼラン星人を出せ」

「ハイ?」

「いるのはわかってる。探したんだぞ。地球人のお前に、手出しはしない。だから、マゼラン星人を出せ」

 一瞬、なにを言ってるのか意味がわからなかった。

黙っていると、その男は、さらに続けた。

「いいから、マゼラン星人を出せ」

 そう言って、一歩、踏み込んできた。

俺は、マヤさんを守るためと自分のウチに勝手に入ってくるのが許せなかった。

「不法侵入ですよ。帰ってください。警察を呼びますよ」

「お前には、関係ない。早く、マゼラン星人を出せ」

 話を聞かないその男は、さらに足を踏み出した。しかし、その瞬間、いきなり男がその場に倒れた。

「志郎さん、お客様ですか?」

「来るな!マヤ、向こうに行ってろ」

 ミギーが叫んだ。

「貴様・・・」

 男は、そう呻きながら腹を抑えて前のめりに倒れた。

何が起きたのかわからなかった。突然のことに、思考が追い付かない。

見ると、床には、緑色の液体が流れている。そして、男の腹にミギーが鋭い刀に姿を変えて突き刺していた。

「ま、まさか・・・」

 男は、そう言うと、口からも緑色の液体を吹き出した。その場にうつぶせに倒れると身体をピクピクと痙攣させる。そして、体が緑色に光ったかと思うと、次第に影が薄くなってついには、何もなかったように消えてしまった。

何が起きたんだ・・・ 俺が現実に戻るまで、数分かかった。

 呼吸が荒くなって、胸が熱くなってくる。

「志郎さん・・・」

「マヤさん」

 横を見ると、驚いているマヤさんがいた。

「志郎、大丈夫か?」

「大丈夫だ」

 俺は、深呼吸を繰り返し、ようやく息を整えて落ち着くことができた。

「ミギー、これは、いったいどういうことなんだ?」

 すると、ミギーの代わりにマヤさんが言った。

「ドルズ星人です。マゼラン星人の生き残りを探しに来たんですね」

 俺は、衝撃的な一言に、言葉が出ない。頭がヒートしてきた。

「そうですか・・・ 見つかってしまったんですね」

 マヤさんは、悲しそうな顔をして俯いていた。その顔が、余りにも寂しそうで切なくてたまらなくて俺も胸が締め付けられる思いだった。

「心配するな。もう大丈夫だ」

 ミギーが俺の代わりに口を開いた。

「殺したのか?」

「やられる前にやる。それが、宇宙で生き延びる掟だ」

「だからって、なにも殺すことないだろ」

「志郎、それは、宇宙人には、通用しない。やらなかったら、キミがやられたんだぞ」

 俺は、返す言葉がなかった。それが、厳しい宇宙での生存競争だとしたら、俺は、宇宙では生きていけない。地球人でよかったと思った。

「私、出て行きます」

 マヤさんが突然そう言うと、玄関を開けようとした。そこは、今、宇宙人が倒れた場所だ。

「志郎さん、ミギーさん、お世話になりました」

 そう言って、頭を下げて出て行こうとした。

「マヤさん!」

 俺は、マヤさんの腕を取ってそれを止めた。

「行かないでくれ。行っちゃいけない。ここにいてくれ」

「それは、無理です。ここにいては、志郎さんに危険が及びます」

「大丈夫だよ。俺が守るから。マヤさんを守るから」

「ダメですよ。相手は、ドルズ星人です。あなたが叶う相手ではありません」

「それでも、俺が守るから。それに、ミギーもいるし・・・」

 俺は、必死だった。マヤさんを一人にしてはいけない。また、狙われる。

一人ぼっちで、知らない星で、どうやって生きていくんだ?

マヤさんを放り出すなんてことは、俺には、絶対にできなかった。

「それは、無理だな」

 なのに、ミギーの一言が、俺には信じられなかった。

「志郎、これ以上、マヤがここにいては、キミの身に危険が及ぶ」

「それじゃ、マヤさんを放り出すってのかよ。見捨てるってことかよ」

「そうだ」

「そんなこと、出来るわけないだろ」

「仕方がない。マヤより、キミの命のが大事で、私には優先されることだ」

「イヤだ。そんなのダメだ。マヤさんは、一人ぼっちなんだぞ。地球で、たった一人なんだぞ。俺は、弱い人間だけど、マヤさんを見捨てるなんて、絶対できない。もし、見捨てるなら、俺は、ミギーを・・・」

「私をどうするんだ?」

「と、とにかく、マヤさんはここで暮らすんだ」

 俺は、ミギーの言葉に返事を返さず、ハッキリと言いきった。

「志郎さん、あなたに会えてよかったです。その気持ちだけで、うれしいです」

 そう言って、俺の手を振り切って出て行こうとする。

「待って、待ってくれ。俺は、地球人として、キミをこのままにしておけないんだ。マヤさん、俺といっしょに地球人として、生きて行こうよ」

 自分でも、なにを言っているのかわからない。とにかく、マヤさんを引き留めないといけない。その思いだけだった。きっと、その時の俺は、かなり必死だったのだろう。

マヤさんは、俺の勢いに負けて、ふっと笑みを浮かべると、わかりましたと言って、戻ってきた。

「志郎さん、ありがとうございます」

「わかってくれて、よかった」

 俺は、心底ほっとして、マヤさんを抱きしめてしまった。

ホントにうれしかったのだ。しかし、一瞬にして、現実に戻って慌てて離れた。

「ご、ごめんなさい」

「いいんですよ」

 マヤさんは、俺よりずっと大人のようで安心した。しかし、問題は、ミギーだ。

「まったく、志郎は・・・」

 ミギーは、右手をぐにゅ~と変形すると、大きく広げた。

俺の前には、手の平に一つ目と口が見える。

「マヤ、これからここに住むなら、私からも言っておく。私は、志郎は守るが、マヤは守らない。自分の身は、自分で守れ。キミも宇宙人なら、それくらいできるだろ」

「ハイ。ミギーさんほど強くはありませんが、自分のことは、自分でやります」

「わかればいい。それと、キミもわかったと思うが、志郎は、こーゆー人間なんだ。お人好しで、損ばかりして、女にも持てないし、生徒からも相手にされてないし、教師としてもかなりイマイチだし、料理は下手だし、とにかく、キミが知ってる地球人とは、違うことを覚えておいてくれ」

「ちょっと、ミギー、言いすぎだろ。面と向かって、悪口言うなよ」

 俺は、カチンと来て、自分の右手に怒ってみた。

「だけど、それが志郎のいいところなんだ。呆れるくらい、ダメ教師だけど、人としては合格だ。私は、キミに寄生してよかったと思っている」

「あのさ、褒めるかけなすか、どっちかにしてくれよ」

「私は、けなした覚えはない」

 あー言えば、こー言う。まったく、俺の右手は、扱いが難しい。

すると、マヤさんがおかしそうに笑った。

「お二人は、仲がいいんですね」

「ハァ? マヤ、キミの目は、節穴か。この私が、人間などと仲がいいわけがないだろう。志郎は私にとっては、寄生しただけで、それ以上でもそれ以下でもない」

「それは、こっちのセリフだ」

「やっぱり、仲がよろしいんですね。私も仲間に入れてくださいね」

「もちろんです」

「私は、断る」

「ミギーは、黙ってろ」

「志郎は、口が減らないな」

 そんなやり取りをマヤさんは、クスクス笑いながら微笑ましい笑顔で見ていた。


 一段落して、俺たちは、リビングに戻って、話し合いの続きをした。

「さっきの男って、ホントに宇宙人なの?」

「キミは、まだ、そんなことを言っているのか」

 ミギーは、呆れてそう言った。今も、不思議な形に変形して、テーブルの上を歩き回っている。

俺の右手が勝手に歩いているのを見ても、最近は違和感がない。

「私が思うには、ここを引っ越した方がいいな」

「なんで?」

「決まってるだろ。もう、やつらには、マヤの居所が知れてしまったんだ。必ず、次もやってくる」

「でも、引っ越しなんて無理だよ。第一、金がないし、引っ越し先なんてすぐに見つからないよ」

 このウチは、俺の死んだ両親が残してくれた、唯一の財産だ。

子供の頃から慣れ親しんだこのウチから出て行くことは、やりたくない。

「ミギーには、悪いけど、俺はこのウチを出て行きたくないんだ」

「キミの気持ちはわかるが、ここにいては、危険だぞ」

「大丈夫。俺が守るから」

 すると、ミギーは、盛大な溜息をもらすとこういった。

「まったく、志郎の根拠のない自信は、どこから来るのか、教えてほしいものだ」

 その横で、マヤさんが、申し訳なさそうに俯いている。

「大丈夫だから、安心して、マヤさん。ここにいれば、俺もいるし、ミギーもいるから」

「私は、知らん」

「だって、さっきは、守ってくれたじゃん」

「あの時は、志郎を守るためだ」

 ミギーは、いつでも厳しい。だけど、最後は、俺を認めてくれる。

「それとさ、宇宙人でも、殺しちゃったんだろ? 俺は、どうなるの?」

「どう言う意味だ?」

「警察に逮捕されるのかな?」

「まったく、志郎は、底抜けの単純バカだな」

「バカで悪かったな」

「相手は、宇宙人だぞ。やられる方が悪い。それだけだ」

 ミギーは、いとも簡単に言った。それを聞いて、内心ホッとしている自分がいた。

「とにかく、明日から、志郎が学校に行っている間は、マヤは、あまり外出しない方がいいな」

「わかってます」

「もし、外出するときには、周りに気を付けて、特に尾行されないように注意しろ」

「ハイ、注意します」

 マヤさんは、真面目な顔をして言った。

「よし、それじゃ、今夜は、もう寝よう。明日も学校だし、俺は、風呂に入ってくるから」

 そう言って、その場の雰囲気を変えようと、明るく言った。

とりあえず、この日は、マヤさんは二階の部屋で寝てもらうようにして、俺は、一階の自分の部屋で寝る。

二階は、マヤさんに使ってもらうために掃除しないといけないが、それは、明日にしよう。

生活の分担など、また、改めて決めればいい。俺は、そう思いながら風呂に入った。

 風呂から出ると、マヤさんは、もういなかった。まさか、出て行ったのかと思ったらマヤさんが二階から降りてきて、ホッとした。

「志郎さん、おやすみなさい。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ。おやすみなさい。二階は、自由に使っていいからね。明日、帰ってきたら掃除するから」

「大丈夫です。気にしないでください。それじゃ、また、明日」

 そう言って、二階に上がって行くマヤさんを見送った。


 翌朝、目が覚めるとリビングにマヤさんが座っていた。

昨夜のことは、夢じゃなかったんだと、改めて思い直した。

「おはよう」

「おはようございます」

 なんとなくぎこちない挨拶をする。何しろ、女性と同居するなんて、生まれて初めてのことなのでどう振舞ったらいいかわからない。まして、彼女でもないので、同棲でもない。

結婚というわけでもないから、新婚生活でもない。これを、どう説明したらいいのだろうか?

「マヤさん、お腹空いてるでしょ。朝ご飯を作るから、ちょっと待ってて」

 俺は、慌ててキッチンに向かった。

「あの、手伝います」

「いいよ。マヤさんは、まだ、いろいろわからないでしょ。座って待ってて。すぐ、出来るから」

 俺は、なるべく明るい笑顔で言った。もっとも、男の一人暮らしの朝ご飯なんて、パンを焼いてコーヒーを飲むだけの簡単なものだ。でも、今朝は、マヤさんがいる。

いつものような、簡単な食事というわけにもいかない。とりあえず、冷蔵庫から、卵とハムを見つけてハムエッグを作ってみる。コーヒーは、飲んだことあるのかな? 苦いと苦手かな?

そんなことを思いながらお湯を沸かして、パンを焼いた。

 一応、ナンチャッテ洋食の出来上がりだ。

「こんなもんしか作れないけど、良かったら食べて」

「ありがとうございます」

「コーヒーが苦かったら、クリームとか砂糖とか入れてね」

「ハイ」

 俺は、ちょっと気を使いながら食事を始めた。

すると、マヤさんは、トーストを一口食べる。昨日は、あの後、トンカツを食べてくれた。

美味しいとも言ってくれた。たぶん、初めて食べたはずなのに、その一言がうれしかった。

「おいしいです」

「そう、よかった」

 俺は、心からそう思った。宇宙人の口に合わないと思ったので、ホッとした。

てゆーか、マヤさんは、マゼラン星にいるときは、何を食べていたのだろうか?

「マヤ、このウチは、男の一人暮らしだから、食事は、この程度だ」

「朝から、ケンカを売ってる?」

 俺は、ミギーに文句を言った。

「これからは、マヤもいることだし、もっと栄養のある物を食べて、バランスのいい食事をしろ」

 いきなり、ミギーが文句を言ってきた。

右手が伸びて勝手にテーブルの上をうろうろしている。

左利きの俺は、左手で食事ができるので、特に不自由はないが、奇妙な生物を見ながらたべるのは食欲がわかない。

「しょうがないだろ。料理を作る時間もないし、金もないし、だいたい料理は下手だし」

「これでは、力が出ない。エネルギーが足りない。もっと、いいものを食べてくれ」

「なんで、ミギーに文句を言われないといけないんだよ」

「私は、キミの体に寄生しているんだ。志郎が健康でないと、私も困る。生きていくためには、志郎が健康でないとダメなんだ。もう、この体は、キミ一人の体ではないことを理解しろ」

 朝から右手に説教をされるとは思わなかった。

「ミギーさん、志郎さんをそんなに言ってはいけませんよ」

「それじゃ、マヤは、こんな食事でいいのか?」

「私は、地球人の食事のことは、わかりません」

「だったら、勉強しろ。この家には、ありがたいことに、本がたくさんある。読めば、地球人のこともこの星のことも理解できるはずだ」

「わかりました。やってみます」

 ミギーとマヤさんが会話しているのを聞いていると、俺のことを褒めているのか貶しているのかわからない。

俺は、文句を言われながらも、朝食を済ませて、学校に行くことにした。

 部屋に戻って、着替えを済ませて、カバンを持って学校に行く準備をした。

「それじゃ、行ってきます。危ないから、余り外に出ない方がいいよ」

「はい。志郎さん、いってらっしゃい。気を付けてくださいね」

 まさか、美人の女性から、送られるとは思わなかった。まさに、夢のようだった。

玄関先まで出てきてくれて、俺を見送ってくれる。こんな朝は、初めてだ。

「そうだ」

 俺は、上着のポケットから、財布を出して、一万円札を出した。なけなしの生活費だ。

「これで、必要な物を買ってよ。ウチは、女物の服とかないから、着替えとか必要でしょ。生活用品とか、自分用のを買っていいから。ウチには、何もないからさ」

「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」

「出かけるときは、気を付けてね」

「ハイ」

 そう言って、俺は、意気揚々と学校に向かった。今日は、いつもの朝より、気分がいい。

いつもの景色も違うように見えた。こんな気分で学校に行くなんて、もしかしたら初めてかもしれない。

同じように登校する生徒たちに挨拶されても、いつもよりも声が大きい。

これから、毎日こんな朝なのだろうか? そう思うと、学校に行くのもまったく苦には思わない。

 今日は、いい日かもしれない。そう思いながら登校した。

しかし、こんな日に限って、思いもしないことが起きるものだ。俺のそんな予感は、時として当たる。

今日も、そうだった。この時の俺は、まだ、そのことを知らなかった。

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