宇宙人と甲子園に行こう。

山本田口

第1話 宇宙人との出会い。

 俺の名前は、岩風志郎。今年で28歳になる。

職業は、小山学園高校の美術教師。

美術教師というのは、いわゆる大学受験に必要な、主要科目から外れているので、気楽なもんだ。

 この学校は、いわゆる進学校で有名である。進学率は、ほぼ100%だ。

国公立大学だけでなく、有名な私立大学の合格者も多い。

しかし、部活動に関して言えば、それほど活発でもなく、インターハイなどで優勝したりスポーツが強いわけでもない。要するに、頭がいい生徒が多いのだ。

 そんな俺は、クラス担任もしていないので、時間になったら、生徒を指導するくらいだ。

なので、クラブ顧問も当然美術部である。いわゆる、体育会系でもなければ

同じ文科系でも、吹奏楽や演劇、合唱部のように、人気があるクラブでもない。

部員は、たったの8人で、そのほとんどが幽霊部員なので、顧問の俺もたまにしか顔を出さない。

放課後になると、趣味の絵をかいたり、本を読んだりして過ごしている。

他の先生たちとは違い、余り真面目ではないのかもしれない。

そんないい加減教師が、ある日を境に、地球規模のトンデモないことに巻き込まれた。

これは、そんな俺の話なのです。


 その日も、いつも通りに下校した。しかし、この日は、台風が直撃して大雨だった。アチコチで道路が冠水して、雷も鳴っていた。

俺は、帰宅を急ぎながら、役に立たない傘を刺しながら急いでいた。

 俺は、一人暮らしの独身男である。両親を事故で亡くしてからは、ずっと一人暮らしだ。兄弟もいなければ、仲のいい友達や知り合いもいない。当然、彼女なんているわけがない。

 自宅は、親が残してくれた一軒家に一人住まいだった。

家賃がかからないのは安い給料の俺としては、とても助かるけど、正直言ってオンボロだ。アチコチガタがきて、そろそろリフォームしたいところだけど、安月給の教師としては、そこまで手が回らないのが正直なところだ。何しろ、築50年だから仕方がない。

それでも、こんなひどい雨の日でも、雨漏りひとつしないのは、両親に感謝している。

「まいったなぁ・・・」

 俺は、強風で骨が折れた傘を刺しながら帰りを急いだ。

学校から自宅までは、徒歩15分なので、通勤は楽だけど、こんな日は、とても長く感じる。もうすぐ自宅というところで、耳をつんざくような雷が鳴った。

その瞬間、ピカッと光ったと思うと、たまたまそばにあった電柱に雷が落ちた。

バチバチという火花が目に入った。次の瞬間、その電柱が俺に向かって落ちてきた。避ける間もなく、俺は、電柱の下敷きになってしまった。

しかし、運よく下敷きにならずに済んだ。ところが、右手に激痛が走った。

倒れた俺が目にしたのは、俺の右手が肘から千切れていたことだった。

雨に打たれた俺の右手からは、赤い血が流れていた。そして、そのまま、俺は気を失った。


「アレ・・・」

 目が覚めた。ここは、どこだ? 目が覚めた俺の目に映ったのは、自分の部屋の天井だった。

なにがなんだか事情がわからない。頭が混乱している。

自分のふとんに寝ているらしく、俺は、体を起こした。

「えっと、何で、部屋で寝てるんだ?」

 俺は、記憶を思い出した。確か雨の中を下校していた時、雷が電柱に落ちて、

それが倒れて、俺は下敷きになった。でも、体は特に異常がない。

「そうだ、俺の右手!」

 一瞬にして思い出した俺は、自分の右手を見た。

ところが、驚くことに、千切れたはずの右手は、傷一つなく、きれいなままだった。指を動かしても普通に動く。手を動かしても痛くもなんともない。

肘を触っても特に傷もなく、千切れた跡などなかった。

「アレは、夢だったのかな?」

 俺は、まだ信じられない気持ちで右手を触った。

雨は、とっくにやんでいて、部屋の中は静かだった。

「なんなんだ」

 俺は、頭を抱えて、髪をグシャグシャに掻きむしった。

でも、髪は、濡れていて半乾きの状態だった。

「ウソだろ」

 そこで、俺は、気づいた。これは、やっぱりおかしい。

次に目に入ったのは、濡れたまま床に放り出された服だった。

俺が、今着ているのは、いつものジャージとシャツだ。

どうやら、着替えて寝ていたらしい。でも、着替えた記憶はない。

 確かに、髪はまだ濡れているし、脱いだ服も濡れている。

ということは、俺は、やっぱり、下校途中に雨に濡れたのだ。

雷に打たれて気を失った。それじゃ、誰が、ここまで運んできたんだ?

通りすがりの人が気づいたら、右手が千切れた俺を見て、救急車を呼ぶはずだ。

しかし、俺の右手は、千切れてはいない。普通に動くし痛くない。

「なんだか、おかしい」

 俺は、その不思議な出来事が理解できない。

すると、俺の右手が勝手に動き出した。俺は、右手を動かそうとはしていない。

なのに、勝手に動いた。その右手は、俺の膝に来ると、突然、ウニョウニョ蠢き出した。

そして、右手が変化した。五本の指がゴムのように伸びて、まるで、スライムのように変化した。

 さらに、驚くことに、伸びた指が、手足のようになり、自立したかと思うと、

手の平に目が見えた。それも、一つ目だった。そのうえ、パクっと割れたかと思うと、口が現れた。その口が開くと、言葉を話し出したのだ。

「やっと、目が覚めたか」

 俺は、自分の右手を見詰めたまま固まってしまった。

もはや、理解不能だ。右手がしゃべっている。

「とにかく、よかった」

 なにがよかったんだ? ちっともよくない。右手が変な形になったかと思うと、しゃべっている。

「キミの名前は、岩風志郎だな。これから、よろしく」

「な、な、何なんだ、お前・・・」

「私は、宇宙ビールス。キミの右手に寄生することにした」

「なにを言ってるんだ。意味がわからないよ」

 なぜか、俺は、冷静だった。叫ぶとか、泣くとか、大声で喚くとかではなく、なぜだかわからないが落ち着いていた。

普通なら、自分の右手が変形して、不思議な形になって、俺の膝の上を歩きながらしゃべっていたら気がおかしくなったと思う。

「キミには、すまないと思っている」

「どういうことだ?」

「私は、宇宙から飛来した宇宙生物の一つだ。地球に飛来した時、運悪く雷と遭遇して直撃した。そのはずみで、キミにケガを負わせてしまった。そのお詫びに、キミの右手に寄生した。だから、キミの右手は、再生したのだ。右手一本で、キミをここまで運んでくるのは、大変だっんだぞ」

 右手は、一つ目を瞬きしながらうろうろとふとんの上を自由に歩き回って話し始めた。

「それじゃ、俺の右手は、やっぱり、あの時、千切れたのか?」

「そうだ。ギリギリ、キミの体に直撃しないようにしたが、間に合わず、右手に直撃してしまった。その為に、キミの右手が、千切れてしまった」

 そうだったのか。それじゃ、アレは、夢なんかじゃなかったのか。

俺の右手は、やっぱり、千切れてしまったのか・・・

だからと言って、なぜ、俺の右手が再生して、変な宇宙ビールスとやらに寄生されたのかわからない。

「ちゃんと説明してくれよ」

「話すと長いが、キミは、かなり落ち着いているようで安心した」

 右手は、相変わらず俺のふとんの上を歩いている。

「私は、宇宙ビールス。実体がない。だから、生物に寄生しなければ生きていけない。意思はあっても、実体がなければ動くこともできない。しかも、寄生した生物から栄養源を搾取しなければ生きてもいけない。つまり、私は、寄生先を探して、地球にやってきたというわけだ」

「それで、見つかったのか?」

「そうだ。それが、キミだ」

「俺なのか・・・」

「もちろん、誰でもいいというわけではない。でも、私は、運がよかった。天候が最悪な時に地球に飛来したことで、早急に寄生先を見つけなればならない。そして、たまたま最初に目にしたのがキミだった。しかも、私のためにキミの体に重傷を負わせてしまった。だから、キミの失った右手に寄生するために再生したのだ」

 なんとなくだけど、理解できた。だけど、俺でいいのか?

「キミが眠っているときに、失礼だが、キミの脳を読ませてもらった。それによると、キミは、心が穏やかで、すこぶる優しく、純粋な気持ちの持ち主であること。争い事を好まず、気の優しい人間であること。私の寄生先としては、合格だった。志郎、これから、よろしく頼む」

「頼むって言われても、俺は、どうしたらいいんだよ?」

「普通に生活すればいいだけだ。きちんと食事をして、睡眠をとること。ストレスなく、平穏に生きること。私は、キミの右手に寄生している限り、生きることができる」

「それじゃ、もし、俺が死んだら?」

「その時は、至急、次の寄生先を探して寄生する。そうしないと、私も死んでしまう」

「もう一つ聞くよ。もし、俺が、右手を切り落としたらどうなるんだ?」

「もちろん、死ぬ。だが、その前に、阻止する」

「そんなことできるの?」

 俺は、枕元にある目覚まし時計を左手で掴むと、右手に向かって思い切り振り降ろしてみた。

すると、右手が瞬時に変化した。なんと、楯のようになり、目覚まし時計から右手を守って見せた。

次に、その楯のように変化した右手が、今度は、刀のような鋭い刃に変わったかと思うと目覚まし時計を一刀両断に切断して見せた。

壊れた目覚まし時計が、ふとんの上に散らばった。

そして、銀色に光る刃が、ぐにょぐにょになったかと思うと、元の右手に戻った。右手の甲に目が開き、口ができた。

「わかったか、志郎。私の体は、何にでも変化する。今みたいなことをすれば、私自身が変化して自分を守ることができる。つまり、キミの右手は、キミの物であって、キミの物ではない。しかし、安心してほしい。今のようなことをしなければ、キミを傷つけることはしない。むしろ、キミを守ることができる。キミの命を守ることは、私が生きるためでもある。だから、キミは、安心安全に生活を送ることができるのだ」

「要するに、キミは、ぼくのボディーガードってことか」

「そういうことだ。もっと言えば、一心同体でもある」

 わかったような、わからないような話だ。

「キミの心を読んだといったな」

「うん」

「今、キミは、右手にその機械を振り下ろした。だが、心優しいキミは、本気じゃない。それは、わかっていた。だから、手加減したのだ。もし、キミに悪の心が少しでもあって本気で右手を傷つけようとしていたら、とっくにキミは、死んでいただろう」

「怖いこと言うなよ」

「それが、事実だ」

 俺は、深くため息を漏らすと、ふとんの上に散らばった壊れた目覚まし時計を見ながら新しいのを買わなきゃと思った。

「キミは、今、その機械のことを哀れに思っただろ。確かに、その機械には、悪いことをした」

「勝手に、人の心を読むなよ」

「悪い、志郎。謝る」

「宇宙ビールスがたかが人間に謝るなよ」

「ハッハッハ、キミらしいな。キミの命は、私が保証する。これから、安心してくれ」

「ありがとよ」

 俺は、自分の右手にお礼を言っていた。


 その日から、俺の右手には、不思議な生き物が寄生した。

勝手に変化して、伸びたり縮んだり、歩き回ったりしている。

もちろん、俺の意思とは関係なくだ。俺は、これでも、高校の教師をしている。

本もたくさん持っている。美術系の本だけでなく、マンガや小説なども持っている。右手は、勝手に部屋の中を歩き回り、棚から本を取り出し、読書している。

その間に俺は、左手で食事をしたり、お茶を飲んだり、テレビを見たりしている。俺は、左利きだから、左手で食事をするのも苦にならない。

しかし、人が食事をしたり、テレビを見ている隣で、右手が読書をしているのは、どう見てもおかしい。

俺の体に、二つの意思があるように見える。

 そこで、あることを思いついた。

「なぁ、お前の名前って何?」

「名前? それは、何だ」

「名前だよ。俺は、岩風志郎っていうだろ。だから、お前の名前を教えてくれよ。名前がないと、呼びづらいだろ」

「生憎だが、私のような生物には、名前という概念はない」

「それじゃ、なんて呼んだらいいの?」

「好きに呼べばいいだろ」

 そう言って、右手は、また、本を読み始めた。余り興味がない話のようだ。

だけど、名前がないというのは、不便に思って、考えてみた。

「それじゃ、簡単にミギーっていうのは、どうよ?」

「別に構わない。好きなように呼んでくれて構わない」

「右手だから、ミギー。単純かな?」

「キミがそう思うなら、それでいい」

 あっさり認められたので、これから、右手のことは、ミギーと呼ぶことにした。


「志郎、もっと、栄養のある物を食べろ」

 ミギーは、慣れてくると、だんだん口うるさくなってきた。

本を読んだ知識から、俺の食べるものにいちいち文句を言うようになった。

 野菜を食えとか、魚を食えとか、カロリーがどうとか、ちゃんと自炊して、コンビニ弁当とかカップラーメンで済ませるなとか、まるで、母親か奥さんみたいだ。

「うるさいな。俺が何を食おうが関係ないだろ」

「関係ある。キミの体は、キミだけのものではないんだ。ちゃんと、栄養を取ってもらわないと私が困る」

 なぜか、右手に怒られる俺だった。と言っても、一人暮らしの自炊は、面倒臭いし金もかかる。

「わかったよ。これから、注意するから」

「志郎は、口ばかりだから信用できない」

 右手に怒られる俺って、どうなんだ? なんだか、人としての自信がなくなる。

そんな感じで、家にいると、ミギーと話すことが多くなった。

と言っても、ほとんどが口ゲンカのようなものだ。それでも、一人でいたときより、ずっと楽しい。

一人暮らしなので、当然のように、家に帰ってもだれもいない。

話し相手もいないので、家の中は静かだった。

それが、今では、ミギーという寄生生物のおかげで、いくらか賑やかになった。

 学校で仕事をしているときは、ミギーは基本寝ている。

そんなときの右手は、俺の右手として自由に動かすことができる。

もちろん、右手に宇宙生物が寄生していることは、誰にも言えない秘密だ。

 職員室にいると、チャイムが鳴った。俺は、時間割を確認して、席を立った。

「次は、二年三組か」

 俺は、出席簿を持って、美術室に向かった。

教室に入ると、生徒たちは席に座っている。今日の授業は、先週の続きで、自画像を描くことだった。

 俺は、鏡を見ながら自分の顔を書いている生徒たちの周りを見て歩きながら、アドバイスをする。

美術教師のすることと言えば、その程度なのだ。


 その日から始まった、不思議な寄生生物との生活は、俺にとっては、刺激的な毎日だった。

これまでは、一人暮らしだから、家に帰っても迎えてくれる人はいない。

話し相手もいなければ、待っていてくれる人もいない。テレビをつけたり、音楽を聞いたり聞こえてくるのは、機械から聞こえてくる一方的な声だけで、家にいるときは誰とも話さない、静かな日々だった。

 それが、ミギーとの不思議な同居が始まったその日から、会話の楽しさを知った。

ミギーは、宇宙ビールスとかいう、不思議な実体のない生き物なのに、おしゃべりだった。

何かというと、俺に文句を言ってくる。部屋を掃除しろとか、もっと栄養のある物を食べろとかマンガばかり読んでないで、教養のある本を読めとか、お笑い番組ばかり見てないでニュースや知識を高める番組を見ろとか、とにかく文句が多い。俺のやることなすことにいちいち口を出してくる。

 同居生活が始まって、二日目でついに大喧嘩をやらかした。

「もう、ミギーとは口を聞かない。俺の右手から出て行け」

「志郎という人間のことを見損なった」

 などなど、自分の右手とケンカをしたことがある。

でも、冷静に考えると、ミギーは、どんなものにも変形できる。

鋭い刃物に姿を変えることが可能なのだ。だから、俺のようなただの人間など、

簡単に殺すことができる。それを思うと、自分の方から謝った。

「ミギー、昨日は、言い過ぎた。ごめん」

「わかってくれればいい。生活習慣を見直してくれればいいんだ」

 ミギーも、あっさり許してくれた。宇宙生物なのに、寛容で話がわかる。

昼間の学校での授業中は、寝ているのか話しかけても反応がない。

なのに、ウチに帰ると、勝手に右手が動き出して、変な形に変形して、自由に歩き回りいろいろ話しかけてくる。要するに、話し相手ができたことで、俺も生活に張りができた。

やっぱり、話し相手がいるというのは、健康にも精神的にもいいということだ。

それでも、毎回、異様な形に変形して、好きに歩き回るのは慣れない。

 それに、ミギーは、とても勉強家なのだ。部屋にある本棚から、適当に出してきて暇さえあれば本を読んでいる。俺の本棚には、マンガもあるし、美術系の本もある。小説もあるし、政治経済など難しい本もある。

それらを片っ端から読んでいた。しかも、読むのが早い。

そんなに早く読んで、頭に入るか不思議だけど、ミギーは、俺のように普通の人間ではない。

きっと、あっという間に知識として記憶するのだろう。

 俺が夜のニュース番組を見ていても、評論家よりも詳しく解説してくれる。

クイズ番組を見ていても、全問正解する。ミギーは、本やテレビから得た知識で、ドンドン頭がよくなってくる。

俺が何気ないことを聞いても、きちんとわかりやすく説明してくれたりもする。

 食事の買い物に行っても、食料品のカロリーのことや調理の仕方とか、とにかく詳しい。

俺よりも、全然頭がいいのだ。ある意味、便利なのかもしれないけど、俺は人としてどうなのか少し自信がなくなっていく気分だった。

「今日の授業は、もっとあの男子生徒には、厳しく指導した方がいい」

「わかってるけど、あんまり厳しく言うと、やる気をなくしたりすると困るし」

「志郎は、教師だろ。時には、厳しく言うのも必要じゃないのか」

 ミギーは、俺の教師としての態度にも口を出してくる。

それが、的確なので、返す言葉がない。もしかしたら、俺は、教師に向いてないのかもしれない。

もともと、教師になりたかったわけじゃないし、先生としては失格なのかもしれないなと思う。

「確かに、志郎は、教師としては、まだまだだけど、人間的には、とても素晴らしい。事実、生徒たちからも慕われているじゃないか。そこは、自信を持っていいんだ」

 少しずつだが、ミギーのことは、親しみを感じるようになったし、頼りにするようになってきた。相棒というか、頼りになる親友という感じだ。

 寄生された最初の頃は、煩わしいと思ったけど、最近では、なにかと相談したり気が付くと話しかけるようになっていた。


 もはや、ミギーと生活するのが当たり前になってきた。

右手に謎の生物が寄生しているのも気にならない。慣れというのは、不思議なものだ。

そんな生活に慣れてしばらくたったある日のこと、俺は、またしても謎の宇宙人と遭遇した。

 その日の帰りも、美術部には寄らずに、早めに帰宅する。

ミギーに怒られるので、今日も、スーパーに寄って、夕食のオカズを買って自炊することにした。

と言っても、自炊なんてほとんどしたことがない俺にとって、夕飯を作るといっても出来る料理など、片手で数えても余る程度にしか作れない。

俺は、数少ないレパートリーの中からカレーをチョイスして、肉と野菜とカレーのルーを買って帰った。

 果たして、カレーだったら、ミギーは文句は言うだろうか?

だいたい、食べるものにいちいち文句を言われてはたまらない。

好きなものを食わせろって感じだ。勝手に寄生しておいて、命令するのは、筋違いだ。右手のくせに生意気だぞ。本体のが、偉いんだ。

 俺は、よくわからない愚痴を独りごとのように言いながら帰り路を急いだ。

その間もミギーは、目を覚まさない。まだ、寝ているのか? 

それとも、寝た振りしているのか・・・

ミギーは、珍しく目を覚まして文句を言わない。静かなのが、ちょっと不気味だ。

 俺は、買い物袋を片手に帰宅する。今夜は、カレーだから、ご飯を炊いてカレーを煮込んでなど料理の手順を思いながら家路を急いでいた。

 その時、俺の家の前に誰かがいた。

よく見たら、若い女性だ。しかも、玄関にもたれてしゃがみ込んでいる。

でも、知らない女性だ。俺の知り合いに、こんな若い女性は、恥ずかしながら記憶にない。

「あの・・・」

 そっと声をかけてみる。今の世の中、男の立場は、社会的にとても不利だ。

悪気もなく、良かれと思って声をかけたのに、痴漢呼ばわりされたら人生が終わる。

しかも、俺は、教師という立場だ。生徒たちから、どんな目で見られるかわからない。まして、女子生徒からは、完全に変態扱いされるに決まってる。

そして、学校は、懲戒免職で、無職になる。そんな自分の将来を思っていた。

 しかし、自分の家の前で倒れている女性を無視することなど、俺にできるわけがない。

「大丈夫ですか? ケガですか、病気ですか? 救急車を呼びます」

 俺は、そう言って、しゃがみ込んだままの女性に声をかけた。

だが返事がない。まさか、死んでいたら・・・ 

と思って、肩に手を触ろうとした。

「待て、志郎」

 いきなり、右手が勝手に動いた。

「触るな。そいつは、人間じゃない」

「えっ!」

 俺は、ミギーの一言に、ビックリして後退る。

見た目は、普通の人間の女性にしか見えない。顔はよく見えないが若そうだ。

「人間じゃないって、どういうこと?」

「たぶん、私と同じ宇宙人だ」

「ウソ!」

「私が言うんだから、信じろ」

 それはそうだ。同じ宇宙人が言うんだから、ホントなんだろう。

だけど、このままってわけにもいかない。隣近所の目もある。

それにしても、よりによって、宇宙人とはビックリだ。

 俺は、なにかと宇宙人に縁があるようだ。

 

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