第8話



 エドアルトは宿の裏で自分の大剣を綺麗に洗って磨いていた。


「よっし!」


 綺麗になった刃を陽にかざす。

 そこにメリクの顔が映った。

 エドアルトは振り返る。

「メリク。おはようございます」

「おはよう。綺麗だね」

「はい!」

 エドアルトは明るい顔で笑う。


「ミルグレンのことなんだけど」


 エドアルトは頷き、剣を側の木箱の上に一旦置いた。

「しばらく一緒に旅をすることになったけどいいかな」

「いいです……けど、しばらくって……どのくらいですか?」

「さぁそれは……分からないな」

 メリクは横顔でそう言った。

「分からないって……王女様を連れ回したりなんかして平気なんですか? その、メリクが国の人から罰せられたりとか……」


「エドアルト」

 エドアルトは背筋を伸ばした。


「分からないことたくさんあると思うけど、一つだけ言っておくよ。

 過去はどうあれ俺はサンゴールとはもう一切関わりがない。

 関わる気も俺にはないよ。

 多分それもないと思うけど、

 過去を辿って俺に関わって来るサンゴールの者がいたら俺は拒絶する。

 ――でも唯一拒絶出来ないのが、あの子だった」


 エドアルトの黒い瞳が優しく揺らめいた。

 落ち着いた顔と声で少年は頷く。

「はい。分かりました」

 あの子がそれを望んでるんだろう、とエドアルトは考えた。


「もちろん彼女のことは俺が責任を持って見守るけど。

 何かあった時は君も、ミルグレンのことを気にしてあげてくれるかな。

 迷惑かけるけど……ごめん」


 エドアルトは表情を輝かせる。

 メリクがこんな風に、エドアルトに何かを頼んで来るのは初めてのことだった。

 頼りにされたみたいで嬉しい。

「全然迷惑じゃないですよ! 任せてください!」

 メリクは小さく微笑んだ。

「うん。ありがとう」

 宿に戻ろうとしたメリクに尋ねる。


「あの、メリク。あの子のことは……メリクの大切な人だと思ってればいいんですか」


 少年の声を背で聞いた。


 この世界であの黄金の双眸を知らずにいたら、

 きっと自分の心は彼女に捧げられただろう。


 だが同時にリュティスに出会わなかったメリクは、メリクではない。

 全く別の人格として育っただろう。

 そしてその人格がミルグレンに愛されることが出来たかなど、

 自分には知る由もないことだ。


 ……結局どうあれば、など考えても仕方のないことだった。


「うん。いいよ」

 メリクの答えにエドアルトの瞳が輝く。

「?」

「いえ……なんか嬉しいんです」

 メリクがそんな風に誰かを大切だと言うのを初めて聞いた。

 少年は何となくメリクはただそういう人を、持とうとしない人なのだと思ってたため、そうじゃないのだということが分かって嬉しかったのだ。

 色々と謎の多い人ではあるけれど、彼も自分と同じように何かを大切に思って守りたいと願っている。

 メリクの背を見送りながら、少年は少し嬉しかった。



(それを君が望むなら)

(望む限りは)



 望む限りは一緒に行こう。



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