第11章:反逆の決意

 星の湖の光が、アオイとシオンの足元を幻想的に照らしていた。


 湖面は夜空のように輝き、星の粒が揺れるたびに微かな音が響く。周囲のガラス張りの木々は、風に揺れて光を反射し、エーテル界の不安定な時間が空気を震わせていた。


 アオイの鼻がひくつき、甘い花の香りと水の清涼な匂いが混じる空気を捉えた。彼女の耳は、湖の奥から響くかすかなユキの声――「アオイ、いい子ね」――を拾い、胸を締め付けた。だが、その声はすぐに消え、彼女の心に焦りを残した。


「シオン、この湖、めっちゃ広いね……ユキの声、聞こえたけど、どこにいるんだろう?」


 アオイは湖の対岸を見つめ、つぶやいた。彼女の動きには猫のしなやかさが残り、地面を軽く蹴る足音が波紋を広げた。


「データバンクじゃ、湖の奥に『時間の中心』があるって話だった。ユキの声が聞こえたなら、そこに近づいてるはずだ。けど、この場所、なんかヤバい雰囲気だな」


 シオンはデバイスを手に、スキャンを試みたが、画面は依然として乱れていた。彼はアオイに笑いかけ、励ますように言った。


「お前なら見つけられるよ、アオイ。猫の勘、頼りにしろよ」


 *


(良い決意だ、アオイ。ユキへの執着は物語の推進力だ。星の湖の奥へ進め――そこに君の答えがある)


 クロノの声が頭の中で響き、アオイは眉をひそめた。影猫の警告――「クロノは君の物語を盗む者だ」――が頭をよぎり、彼女の不信感は頂点に達していた。クロノの言葉はいつも彼女の感情を「物語の素材」として扱い、まるで彼女の心を操っているようだった。


「クロノ、いい加減にして! 私の記憶、勝手に編集するのやめてよ! ユキを探すのは私の意志――あなたの物語じゃない!」


 アオイは心の中で叫んだ。クロノの声は一瞬沈黙し、冷たく笑った。


(意志? アオイ、君の意志は私の編集があってこそ輝く。君の記憶は乱雑すぎる――私が整理しなければ、君は混乱に飲み込まれるぞ。さあ、湖の奥へ進め。物語は待っている)


 アオイの胸に怒りが燃えた。彼女はシオンを振り返り、決意を込めて言った。


「シオン、私、クロノの言うこと、無視する。ユキを探すのは私のため――クロノの物語のためじゃない。手伝ってくれる?」


 シオンの灰色の瞳が真剣に彼女を見つめ、静かに頷いた。


「当たり前だろ。アオイ、お前が自分で決めたいなら、俺もそのために動くよ。クロノが何企んでても、お前の心は本物だ」


 *


 シオンの言葉に、アオイの胸が温かくなった。猫だった頃、ユキのそばで感じた安心感に似ていた。彼女は湖の奥へ目をやり、決意を新たにした。


 湖の対岸に近づくと、ガラス張りの木々の間に光の膜が揺らめいた。そこから、かすかな人影が現れた。――半透明の姿で、まるで夢の化身のような存在たちだった。彼らはアオイとシオンを取り囲み、囁くような声で話しかけた。


「旅人よ、なぜエーテル界に来た? 君の心は揺れている――クロノの物語に縛られている」


 アオイは身構えたが、化身たちの声は穏やかだった。彼女の猫の感覚が疼き、彼らの匂い――花と光の混ざった不思議な香り――を捉えた。


「クロノの物語? あなたたち、クロノを知ってるの?」


 化身の一人が前に進み、静かに答えた。


「クロノはエーテル界の寄生者だ。旅人の記憶を物語に変え、永遠に閉じ込める。アオイ、君の心は強い。クロノに抗えば、真実が見える」


(ふむ、面白い障害だ。エーテル界の住民は物語のスパイスにすぎない。アオイ、彼らの言葉に惑わされるな。ユキの声に従え――それが君の目的だ)


 クロノの声は冷たく、アオイは怒りを抑えきれなかった。


 *


「クロノ、黙って! あなたが私の記憶を操ってるの、わかってるんだから! 私は自分の物語を自分で書く!」


 アオイの声は湖面に響き、波紋を広げた。化身たちが静かに頷き、一人が光の膜を指差した。


「君の心は鍵だ。アオイ、クロノの物語を拒め。湖の奥に真実がある」


 化身たちは光の粒子となって消え、アオイはシオンを見た。


「アオイ、すげえな。クロノに真っ向から反発するなんてさ」


 シオンは笑い、デバイスを握りしめた。


「化身の言う通り、湖の奥に行けば何かあるかもな。行くぞ、アオイ」


 アオイは頷き、湖の奥へ進んだ。湖面の光が揺れる中、彼女の瞳は決意に燃えていた。ユキの声が再び聞こえた。――「アオイ、いい子ね」。彼女の猫の感覚が疼き、甘い花の香りが強くなった。


 湖の中心に、巨大な光の膜が現れた。そこには、ユキのぼやけた姿が映り、彼女がアオイを呼ぶ声が響いた。「アオイ、どこ?」。アオイは光の膜に手を伸ばし、叫んだ。


「ユキ! ここにいるよ!」


 だが、映像は不安定で、すぐに暗闇に飲み込まれた。アオイの胸が締め付けられ、彼女はシオンを振り返った。


 *


「シオン、ユキ、絶対見つける。クロノが何を企んでても、私の心は私のものだよ」


 シオンの灰色の瞳が輝き、彼は力強く頷いた。


「いいぜ、アオイ。自分で道を選ぶお前、めっちゃかっこいいよ。行くぞ、ユキが待ってる」


(ふむ、反逆的な展開だな、アオイ。君の意志は物語に面白いひねりを加える。だが、気をつけろ。私の編集がなければ、君の心は混乱に飲み込まれるぞ)


 クロノの声は冷たく、アオイは無視した。彼女はシオンと並び、光の膜に飛び込んだ。瞬間、身体が浮くような感覚に包まれ、視界が白く染まった。湖の光が揺れる中、彼女の物語は新たな段階へと進んでいた。

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