ラブコメ適正‪✕‬の俺たちは眩しい青春を送れない。

なるほど大学生

#1 憂鬱なある日

外で小雨が降っているからか、どんよりとした空気を纏う廊下をゆっくりと歩く。


ああ、どうしてこうも雨の日は気持ちが憂鬱になるんだろうか。いっそのこと休んだ方が良かったんじゃ……なんてことを考えていると2-Eの札がかかる教室が見えてきた。


「あ、三宅みやけおはよ。随分と死んだ顔してるじゃんどしたの?」


運がいいのか悪いのか。ちょうど教室から出てきた友人の笠原かさはら 美奈みなと出くわす。


「天気の悪い日はいつもこんな顔だぞ、俺」

「そうだっけ?まあよく分からないけど今日一日がんば!」


それだけ言い残して笠原は俺が来た道の方へと走っていった。嵐のような奴だなと思いつつ、会話が短く済んだことに胸を撫で下ろす。


いざ教室へと入ると、思ったよりも騒がしさは感じられない。机に向かっている人が多いのを見るに、1限目の授業の提出課題に今取り組んでいるというところだろうか。


「三宅くんおはよう。案の定というかなんというか……憂鬱そうだね」


席へ着くやいなや、隣の席からこちらを軽く蔑むようなセリフが飛んでくる。


「……悪いな宮村みやむら。俺は今お前との会話に割く脳のリソースがないんだ」

「挨拶にも割けないって中々重病だよ?」

「雨の日はよくこうなる。というか、何度もこの状態の俺を見たことあるだろお前は」


頬杖をつきながらこちらへと視線を向けてくる隣人、宮村みやむら 海夏うみかは「それもそうだね」とボブヘアの短い髪を耳にかけながら机へと視線を落とす。


「相変わらず適当な返事だこと……てか、宮村も課題やってないのか?」

「私、課題は出されたその日に片付けるタイプだよ」


遠回しに「課題は終わってる」と伝えてくる宮村。よくよく見てみると、机の上に広げられているのは入部届けの紙だった。

今は2。そんな時期に今更入部届けを書いているのは多分こいつぐらいだろうなと思いつつ、「変なの」と先程のお返しとばかりのセリフを吐く。


「変なのって……三宅くんはそもそも部活に入ろうともしたことないよね?」

「俺は名誉帰宅部だからいいんだ」

「……三宅くんに友達が少ない理由が分かった気がする」


俺に友達が少ないなんて周知の事実、今更それについて言及されたところで別に傷つきなんて……傷つきなんて……ぐすん。


「ごめんね、流石に言い過ぎたかも」


俺は宮村に問いたい。

目も合わせず、ペンをくるくる指先で回しながら言ったそれは謝罪と呼べるのかと。


「……てか、何部に入るつもりなんだ?」

「古典部」

「さてはアニメに影響されたな?」

「そ、ソンナコトナイヨー」


あからさまに棒読みになる宮村。

恐らく某学園ミステリーアニメに影響されたんだろうが、この学校の古典部は割とガチで古典文学について調べてると聞く。果たして宮村はそこまで知っているのか……


「みんなおはよう。HR始めるからささっと席に着いてくれー」


担任が教室に現れ、立っていた生徒は席に。

課題をやっていた生徒達はギリギリまで諦めない姿勢を貫き、今も尚ペンを動かす手を止めていない。


「……なんだ、課題でもあるのか?」


少し目を細めた担任が問うと、どこからともなく「そうです、しかも1限なんです」と悲痛

叫びが聞こえてくる。


「じゃあこっちでぱぱっと連絡事項だけ伝えるから、課題終わってない人はやりながらでいいから聞いてくれ」


それが許されるならもう毎回連絡事項だけ伝えてくれよと思いながら、課題のプリントをカバンから取り出す。空欄が全て埋められているプリントを眺めるのはどこか気分がいい。


「……けくん。三宅くん」


優越感に浸っていると、宮村が手を伸ばして肩をつついてきた。


「なんだよ。俺は今優越感にだな……」

「それ、裏面もあるけどやってる?」


『裏面もあるけどやってる?』


その言葉がやまびこのように脳内で鳴り響く。まさかそんなはずは……と恐る恐るプリントを裏返すと、そこにあったのは空欄だらけの文章問題。


「……宮村様。愚かな俺にプリントを見せていただけないでしょうか」


途端、ニヤニヤとし始める宮村。

もうこの時点で嫌な予感しかしないが、現時点で頼れそうなのはこいつだけ。


「私に借り作っちゃったね?」


ニヤニヤとした表情を崩さないまま、プリントを手渡してくる。


「本当にデカイ貸しだよ……やらかした」

「何してもらおっかなー」

「頼むから人間のできる範疇でな?」

「そこは確約できないかも」


そう言うと宮村はおもむろにスマホを取り出し、何かを調べ始めた。それを見て俺はため息をつくことしかできない。


……断言できる、今朝は最悪の朝だったと。



♦︎


放課後を迎えると、部活の盛んなこの高校ではほとんどの生徒が部活へと向かう。

帰宅部もいないことはないが、恐らく全校生徒の1割程度と言って差し支えないだろう。


そんな学校だからこそ、俺と宮村はクラスで若干浮いていたのだが……宮村も部活に入るとなれば浮くのは俺1人。辛い現実だ。


「……んで、さっきの借りの分は買い物に付き合うでいいんだな?」


帰り道、隣を歩く宮村へと声をかける。

買いたいものがあるとのことで、一駅隣のショッピングモールまで行くらしい。


「うん」


朝と同じく、スマホで何かを調べながら返事を返してくる。ちらっと見えた限りだと古典文学の本について調べてるようだった。


「古典文学の本が欲しいのか」

「あ、覗き見するなんてサイテー」

「たまたま視界に入っただけだ」

「まあ三宅くんが変態なのは置いといて、この本は古典部に入部するための事前準備で買おうと思ってるだけだよ」


さらっと俺が変態扱いされているが、それよりも今は宮村だ。今更本を買って古典知識を付けようとしているのを見るに、あの部活の鬼畜さを知らないのはほぼ確実だろう。


古典部で泣きっ面になる宮村を見るのもそれはそれで楽しそうだが、流石にそれは人として終わっている気がするのでここは救いの手を差し伸べるとしよう、うん。


「……悪いことは言わない。古典部はやめといたほうがいいぞお前」

「私が部活に入ると一人ぼっちになるからってそんなこと言っちゃうんだ」

「別にお前が部活に入ろうが入らまいが、俺が1人なのは変わらん」

「……それもそっか」


ものすごく悲しいことだが、宮村はこれで納得がいったらしく話を聞いてくれる体勢に。


「なんでやめといたほうがいいの?」

「これを見てみろ」


宮村に渡したスマホに表示されているのは部活動紹介にある古典部のページ。日頃の活動内容を切り取った写真や、県内のコンクールでの実績等が挙げられているのだが……


「……なんか、結構ガチな部活だね」

「だろ?お前がアニメで見た古典部とは活動内容から何から全然違うんだよ」


古典部の活動内容を見ていくにつれ、段々顔が曇り始める宮村。数分眺めた後に諦めがついたのか、ため息を吐きながらスマホをこちらに返してきた。


「入部届出す前でよかった……」

「俺に感謝してくれてもいいんだぞ?」

「うん、ありがと」


何かケチをつけられると構えていたのに、こうも素直に感謝されるとそれはそれで拍子抜けするというもの。返す言葉が何も浮かばずただの感じ悪い奴になってしまった。


「この後の予定どうしようかな」


うーんと腕を伸ばしながら、宮村が呟く。

確かに古典部への入部を諦めた今、買い物に行く目的は無くなった。正直なところ、この暑さで出かけるのはかなり億劫だったので帰れるに越したことはない。


「せっかくだし、ショッピングモール見て回ろっか」


帰りの電車を調べていた俺の耳に入ってきたのは、あまりにも意外な言葉。


「……それに俺が付き合うとでも?」

「私言ったよね。『買いたいものがあるから着いてきて』って」


口角を少しあげた宮村のその表情を見て状況が理解出来ないほど馬鹿では無い。俺は完全に嵌められたんだ。『買いたいもの』の指定を宮村は何もしてない……つまり、どんな理由でも俺を連れていくことが可能。


「……やってくれたな」

「ふふっ、三宅くん意外とそういうの気づかないんだね」

「悪かったな、鈍感で」


「……ほんと、三宅くんはずっと鈍感だよ。会った時からずっと……ずっと」


何か昔を思い出しているかのような、一瞬の間の後に宮村は続ける。



「エスコートしてね。三宅くん」



何気なく脳裏によぎるの3文字。

雨上がりの独特な空気のせいで余計なことを考えているのだと自分に言い聞かせ、頭を軽く左右に振る。エスコートなんて言ってはいるが、発言者は宮村だ。どうせ大した意味は込められてない……はず。


「俺ショッピングモール知らないし、エスコートするのは宮村のほうじゃないか?」

「三宅くん的にはそれでいいの?」

「俺にプライドなんてものはない」

「悲しいなぁ」


軽い雑談をしながら駅までの道を歩く。


俺と宮村の距離感は高一の頃からずっとこうだ。はぐれ者同士、たまに一緒に帰ったり、たまに遊んだりする。それだけの関係。

創作物のようなキラキラした放課後も送ってなければ、この関係に重たい感情が付きまとってくることも無い。俗に言う『友達以上恋人未満』が1番近い名称なんだろうか?


その答えは分からないが、この関係を俺は意外と気に入っている…とだけ伝えておこう。

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