#2 カフェでの一幕
ショッピングモールへと着いた俺と宮村。
相変わらずの人混みで、立っているだけで若干の眩暈に襲われそうになる。
「……んで、目的の店はどこなんだ」
「ないよ」
「ごめん、もっかい言ってくれ」
「目的のお店なんてないよ」
『よし帰ろう』と俺が決断したのを見透かしたかのように、右腕が掴まれる。
思ったより力が強く、人で混みあってるのも相まって振りほどくのは困難を示していた。
「まあ待ちなよ三宅くん。こういう時のプランは考えてるからさ」
「……プランって、お前はデートでもしに来たつもりか」
「高校生の男女が放課後に2人で出かけてる。これってデートじゃない?」
「こんなキラキラしてない放課後を俺はデートとは認めないぞ。絶対に」
デートとは、想いを寄せる男女がお互いのためを思って会うことを指すはず。(当社調べ)
だとしたら、どう考えても俺たちはそれに該当しないじゃないか。
そんなことを考えている俺を呆れた目で見てくる宮村。もう何度目かも分からないため息を吐かれた後、どこかの喫茶店のホームページが表示された画面を見せてきた。
「……ここに行きたいのか?」
「行きたいというか、ここに来た時は必ず寄るお店って感じ」
「まあ喉乾いてきたし、アリだな」
「じゃあ決まりだね」
ちょうどお互いの喉も乾き始めたということで、宮村の行きつけの喫茶店へ行くことに。
人混みの中を歩き、映画館がメインとなる3階東モールへと向かう。その階の隅にひっそりとOPENの札がかかっている喫茶店があった。
一昔前の喫茶店を彷彿とさせる、全体的に茶色の配色が多い外観。これは良店舗だと1人で楽しんでいた俺を他所に、宮村は入口の方へと歩いていく。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「2人です」
「ご案内致します」
そうして案内されたのはフカフカとした椅子と丸机が設置された2人席。見るからに座り心地の良い椅子に腰掛けると、学校で疲れた体を包み込んでくれるような柔らかさに思わず全身を脱力させてしまう。
「人をダメにする椅子だな……これ」
「この席人気でいつもは空いてないんだよ。ラッキーな日に来たね私たち」
確かにこの椅子なら長時間居ても全く疲れなさそうだ。まあ後の人のことを考えると長時間滞在は決して喜ばれることではないし、俺たちも長居は禁物だろうけど。
「先、メニュー表見る?」
「レディーファーストってことで譲るよ」
「そういうことなら先決めちゃうね」
「何にしようかな」とメニュー表と睨み合いしている宮村の後ろにある、大きな本棚。
店内を見回すと3箇所ほど似たような本棚が設置されているのが分かり、疑問に思った俺は宮村に尋ねる。
「なあ、このデカイ本棚はなんなんだ?」
「……よくぞ聞いてくれました」
メニュー表へと落としていた視線を上げた宮村はごほんと咳払いを挟み、話し始める。
要約すると、どうやらこの本棚は喫茶店がオープンする前にあった古本屋から受け継いだものらしく、この店舗の利用者は棚に置かれている本を自由に読んでいいらしい。
そういった事情もあって、この店では常識の範囲内での長時間滞在が許されていたりもするんだとか。
「宮村も読むのか?」
「私はあんまり読まないけど……今日ぐらいは読んでみようかな」
こいつアニメは見るのに本は読まないタイプなのかと思いつつ、宮村から手渡されたメニュー表を開く。夏限定のメニューや日替わりのケーキなど目を引くものが多い。
「まあ、無難にカフェオレは頼むとして、デザート枠に何を食べるか……」
美味しそうなデザートの面々に頭を悩ませていると、宮村が身を乗り出してメニュー表を覗き込んできた。顔がかなり近くまで寄ってきたため、反射的に身を引いてしまう。
「……何か追加したいならもう少し待ってくれ。俺は今悩みに悩んでるんだ」
「そんな悩める三宅くんに、私のおすすめを教えてあげようと思ったんだけど」
この店の常連と言って差し支えない宮村のおすすめは確かに気になるので、黙って耳を傾ける。
「ここのチョコレートケーキは外さないよ。この街……いや、この県で一番美味しいと私は思ってる」
宮村がここまで太鼓判を押しているチョコレートケーキ……気になるな。
「なら、それ頼んでみるよ」
「おっけー。店員さん呼んじゃうね」
店員を宮村が呼び、そのまま注文。
本来こういうのって男がやるような気もするが、初見のお店なので許して欲しい。
せっかく来たなら本を読もうかと席を立ち上がると、「おすすめの本あったら私にも」と言われたので店内の本棚を目当ての本が見つかるまでゆっくりと周る。
レトロチックなBGMと客同士の話し声、時折聞こえる食器の音。全てがこのお店の落ち着いた雰囲気を醸し出している……なんて己に似合わない小洒落た感想を抱いてしまうほどに、この店の雰囲気は独特だ。
「……あった」
親切に作者の名前順で並べられていたのと、元々有名作というのもあって、お目当ての作品は案外すぐに見つけることが出来た。2冊を手に取り、席の方へと戻る。
「おかえり、早かったね」
「探しやすい親切設計のお陰でな」
「はいこれ」と宮村に1冊の小説を手渡す。
「……小市民シリーズ?」
タイトルを見て首を傾げる宮村。まあタイトルだけでこの作品の内容を当てられる人間ははいないと思うので、これは当たり前の反応と言えよう。
「小市民シリーズはいわゆる学園ミステリーものの作品なんだ。それで、今お前が持ってる春季限定いちごタルト事件がシリーズ第1作目にあたる」
タイトルを見て「美味しそう……」なんて感想を呟いている宮村には少し不安が残るが、きっとハマってくれるに違いない。
「ちなみに、お前が影響されたであろうアニメの原作と同じ作者さんが書いてる。ハマると思うぞ」
「分かった。とりあえず読み進めてみる」
カチャカチャと食器の音が遠くから聞こえてくる店内で俺たちは黙って本を読み進める。
思いのほか宮村も熱中して読んでくれているらしく、ページをめくる手は止まっていないようだ。
その後数十ページほど読み進めたぐらいで頼んだ品が運ばれてきた。
「チョコレートケーキが2つと、カフェオレとミルクティーがそれぞれ1つずつ。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」
出された品に間違いは無い。「大丈夫です」と返事をすると店員はぺこりと頭を下げ厨房の方へと帰っていく。
「本は後にして、とりあえず食べよっか」
「だな」
フォークでチョコレートケーキを適量に切り分け、口へと運ぶ。チョコレートの甘さは控えめでくどさがなく、その分スポンジ生地のバニラ風味を強く感じる。
ふむ、確かにこれは美味しい。
「お前が太鼓判押す理由が分かったよ」
「でしょでしょ。初めてここに来る人には必ず勧めてるんだよねこのケーキ」
「……へぇ、誰かと来ることもあるんだな」
あ、変なこと言ったな。と一瞬で気づいたが時すでに遅し。宮村はフォークを持つ手を止め、少し驚いた表情でこちらを見ていた。
「それは嫉妬ってやつかな?」
「ただの言い間違いだ」
「三宅くん、意外と独占欲強いタイプなんだね」
「だから違うって……」
一度こうなると宮村からのいじりは中々止まらない。数分程度戯言を聞き流していると、宮村もようやく飽きてくれたのか、ケーキを食べながら本を読み始めた。
「……ったく、自分勝手なやつだなほんと」
ぎりぎり宮村に聞こえないぐらいの声で呟いた後、カフェオレで乾いた喉を潤す。
一息ついたところでしおりを挟んでいたページを開き、本へと意識を集中させる。
今日は少しばかり長丁場になりそうだ。
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