第28話 自らの選択
夜明けの光が王宮を照らしている。
冷えた石畳に降り注ぐ朝日が、金色の輝きを帯びて城門を染め上げる。
その光は、まるで王宮の古き歴史に、新たな幕開けを告げるかのようであった。
その中を、宵はゆっくりと歩いていた。
彼女の一歩一歩は、迷いを捨て去った者の確かな足取りであり、その足音は、王宮の静寂に、微かな、しかし確かな響きを刻んでいた。
背にまとうのは、もはや白羽の神子を示す装束ではない。
嘗て神聖な儀式のためにのみ許された、あの白無垢の衣は、彼女の過去の象徴として、遠い記憶の中に置かれていた。
深い藍の衣に、淡い藤色の帯を結んだ――ただのひとりの女としての衣。
その簡素な装いは、彼女の内面の変化を如実に物語っていた。
王宮の者たちは、その姿に息を呑んだ。
彼らの視線は、まるで時が止まったかのように宵に釘付けになっていたからである。
その瞳には、驚きと、そして微かな畏怖が混じり合っていた。
神子の象徴たる白無垢の装束を完全に脱ぎ捨てたその姿は、かつて誰も見たことのない、彼女自身の揺るぎない意志と確かな強さを纏った『宵』そのものだった。
それは、単なる外見の変化を超え、内面から発せられる確固たる存在感であり、彼女の魂が真に解放された証であった。
門前にはすでに、人々が集まっている。
王宮の女官も、兵士も、街から駆けつけた民も。
彼らは皆、何が起こるのかと期待と不安の入り混じった表情で、かつて王の妃であった女の姿を見守っている。
その視線は、宵の背中に、重く、しかし確かな期待を乗せていた。
宵は立ち止まり、澄んだ声で告げた。
その声は、夜明けの清らかな空気に溶け込み、門前に集う人々の胸に染み渡っていく。
「私は、神の声に導かれて歩んできました。その道は、私をここまで導いてくれました。多くの苦難と、そしてかけがえのない出会いを与えてくれました……けれど、もう違うのです」
彼女の声は、王宮の石壁に反響し、その言葉の重みが人々の心に深く刻まれていく。
「これから私は――自らの声で進みます。神の器として、誰かの命に従うのではなく、ひとりの人間として、一人の女、『宵』として。私の意志で、私の道を切り開いていくのです」
風が吹き、宵の白銀の髪が光をはね返す。
その姿は、神子の清浄さをも超えて、ひとりの人間の強さを宿していた。
彼女の瞳は、未来への確かな光を宿し、その存在自体が、希望の象徴であるかのようであった。
「私は今、過去の全てを清算し、自らの意志で、新たな未来へと歩み出します。誰の命令でもなく、誰の都合でもなく、ただ私自身の選んだ道へ」
たったひとこと。けれど、その言葉は、王宮の石壁よりも高く、重く響く。
それは、彼女がどれほどの覚悟を胸に秘めているかを、周囲に示すものであった。
人々は誰ひとり声を上げなかった。
彼らの瞳には、驚愕と畏怖、そして微かな後悔が混じり合っている。
ただ静かにその背中を、もはや自分たちには手の届かない存在として見送るしかなかった。
宵は、その視線を感じながらも、振り返ることはなかった。
彼女の心には、過去への未練は微塵もない。
彼女の視線の先には、ただ、自ら選び取る未来だけが存在していた。
――かつて王の妃であり、正室であり、神子と呼ばれた女。
その宵は今、神の庇護も、王の命令も、世俗のしがらみも全てを脱ぎ捨て、自らの足で、真の自由と、自らが選び取った未来へと歩み出したのだ。
堂々と、迷いなく。
彼女の歩みは、新たな時代の幕開けを告げるかのようであった。
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