第二話 繰り返す死


「……また、ここ?」


薄いカーテン越しに差し込む朝の光。

見慣れた天井。2010年のアイドルポスター。


だみんちゃんは、目覚めるたびにこの部屋に戻ってくる。

最初は悪い夢だと思った。だが、何度も死ぬたびに、同じ朝、同じ景色に戻されることに気づく。


一度目は、2030年の名古屋。路地裏でフェンタニルの売人に襲われて死んだ。

二度目は、2010年に戻ってから、フェンタニルの噂を追っていたとき、偶然手にした薬に混入されていた白い粉末で倒れた。

三度目は、友人を助けようとした夜、組織の手先に刺されて命を落とした。


「……おかしい。なんで……?」


目覚めるたびに、だみんちゃんの中には死の記憶が鮮明に残っていた。

死ぬ瞬間の痛み、絶望、恐怖。

そして、必ず同じ朝に戻される。

時計は午前7時13分を指している。

スマートフォンの画面には「2010年4月1日」の表示。

何度繰り返しても、ここに戻る。


最初のうちは、偶然だと思った。

「さっきのは夢だったのかな?」

そう自分に言い聞かせて、普通の一日を過ごそうとした。

だが、どこかで必ずフェンタニルに関わる事件に巻き込まれ、命を落とす。


二度目の死は、好奇心からだった。

「未来の知識があるなら、何か役に立てるかも」

そう思って、当時まだ世間に知られていなかったフェンタニルの噂をネットで検索した。

だが、裏掲示板で「効く白い粉」の話題を見つけ、面白半分で近づいてしまった。

「これ、すごいんだぜ」

差し出された小さな袋。

何も知らないふりをして受け取ったが、指先に付着した白い粉が、ほんの数分で全身を痺れさせた。

「……あれ? なんか、変……」

そのまま意識を失い、気がつけばまた同じ朝。


三度目は、友人のミサキを助けようとした夜だった。

ミサキは、だみんちゃんが未来で知っていた「被害者リスト」に名前があった。

「絶対に守る」

そう決意して、彼女に危険を知らせに行った。

だが、すでに組織の手先がミサキの周囲に潜んでいた。

「お前、余計なことを……」

背後から刺され、ミサキの悲鳴を聞きながら、また同じ朝へ。


「これって、呪いなの……?」


だみんちゃんは何度も自分の運命を変えようとした。

学校を休んでみる。

家に閉じこもる。

名古屋を出てみる。

だが、どんな選択肢を選んでも、名古屋でフェンタニルに触れた瞬間、運命の歯車は冷酷に回り始める。


四度目のループでは、徹底的に人と関わらないようにした。

SNSもやめ、友人とも距離を置き、家族にも心配をかけないように気をつけた。

だが、ある日、家のポストに怪しい封筒が届く。

「お前のことは知っている」

中には白い粉と、脅迫めいた手紙。

警察に届けようとしたが、交番の警官がすでに組織とつながっていた。

「君も、もう終わりだ」

警官の冷たい声。

逃げようとしたが、背後から何かで殴られ、また同じ朝へ。


五度目のループでは、逆に積極的に動いてみた。

未来の知識を使って、まだ世に出ていないフェンタニルの情報を警察やマスコミに伝えようとした。

だが、誰も信じてくれない。

「そんな危険な薬物が日本にあるわけがない」

「君は何かの陰謀論に取り憑かれているんじゃないか?」

冷たくあしらわれ、やがて組織に目をつけられる。

「お前、余計なことを言いふらしているな」

また、死。


六度目、七度目、八度目……

だみんちゃんは、死ぬたびに絶望と恐怖を積み重ねていった。

時には事故に見せかけられ、時には誰かの裏切りによって。

逃げても、隠れても、どこかで必ずフェンタニルに関わる事件に巻き込まれ、命を落とす。


「生き残る方法は、本当にないの……?」


やがて、だみんちゃんは自分の死に方を記録するようになった。

ノートに「死因」「場所」「関わった人物」「その時の選択」を細かく書き留める。

ループごとに少しずつ違う出来事、微妙な選択の違い。

だが、どれだけ工夫しても、必ず「名古屋」「フェンタニル」「死」という三つのキーワードが揃うと、運命の終わりが訪れる。


あるループでは、フェンタニルの元締めらしき男――「王建国」という名前を聞いた。

別のループでは、薬物の密輸ルートが名古屋港から始まっていることを知った。

だが、どんなに情報を集めても、核心に近づくほど死が早く訪れる。


「私が死ななければ、誰かが代わりに死ぬ」

そんな現象も起こり始めた。

自分が慎重に動いても、今度は友人や家族が事件に巻き込まれて命を落とす。

「私だけが犠牲になればいいの?」

だが、そうしても何も変わらない。

また同じ朝に戻るだけ。


繰り返す死と再生の中で、だみんちゃんの心には、次第に恐怖と焦燥が積み重なっていく。

だが、同時に少しずつ「何かを変えなければならない」という強い思いも芽生えていた。


「生き残るためには、名古屋からフェンタニルを消さなきゃいけない……」


そう確信したとき、だみんちゃんは初めて、死のループに立ち向かう覚悟を決めた。


名古屋の空は、今日もどこか曇っていた。

だが、だみんちゃんの瞳には、わずかな決意の光が宿り始めていた。

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