第8章 — 幸運のいたずら
ドローンはベッドの上、卵は部屋の真ん中。
窓も汚れている。
藤宮は黙って何かを考えているみたい。
「どうしたら、あんなにひどいことができるんだろう?」
「重要なこと?」と僕。
「もちろんだよ」と彼女は即答する。
「理由もなく人がそこまで残酷だとは、信じたくない。」
僕は入学初日のことを思い出す。
ずっとひとりだった。
いつも誰かのターゲット。
ずっとそうだった。
「多分、僕のせいだよ。」
彼女のそばに座る。
「理由はわからない。でも、いつも誰かに狙われる。
もしかして…バカに見られるから。」
「それは違う。
君はバカなんかじゃない。
君は、やさしい。
本当に。」
僕は苦い笑みを浮かべる。
「仮にバカでも、それはひどいことをされていい理由にはならない。
そんなことするやつは、何か報いを受ければいい。」
「女の子にしては、強いこと言うね。」
「よく言われるよ。
でも、仕方ない。そういうやつ…
私は大嫌い。」
二人で床の卵を見る。
「ねえ…どうやって警察と連携したの?」
彼女が爆笑する。
「それ?ただの偶然。
最近コンビニ強盗の話ばかりじゃん。
散歩してて、パトカーがよく通る。
ドッキリのつもりでやってみたら、まさか本当にパトカーが来るなんて。」
もう一度笑う。
「見た?みんな必死で逃げてったよね?」
本当におかしい、彼女の笑いはうつる。
僕も耐えきれず爆笑する。
ベッドに仰向けになる。
止まらない。
彼女も勢いを増す。
「銃を持ってた時の顔!ほんと傑作。
『民間人に銃を向けてる!』って。」
ふっと、軽い音がした。
たぶん、彼女もベッドで転がったんだろう。
二人で笑い続ける。
こんなに笑ったの、いつ以来だったか思い出せない。
「藤宮、本当にすごいね。
山だって動かせそうだ。」
彼女の笑いが収まり、深呼吸する。
「いつか、自分の山を動かしたい。
そのときはドローンなんて忘れるくらいに。」
「今日の君なら、何だってできるよ。」
僕の山も、いつか消えるだろうか。
「最初から助けられなくてごめん。
隣の家の屋根にいた。
卵を投げられる前に助けたかったんだ。」
「じゃあ、もう来てたの?」
「うん。
朝からバカみたいだった。「同じ時間」って言ったのに。
でもあいつらも、いつも同じ時間に来る。
姿見られたくなかった。」
「……そうだったんだ。
知ってたの?」
「ここに引っ越して、結構経つ。
パパと一緒にドローンを作るのも時間がかかった。
飛行テストや距離計測を何度も繰り返して、ようやく安定した。
だから、毎日外に出るようになった。
もうずいぶん前から。
人やグループを見分けるようにもなった。
あいつら、何度も見てる。」
こんなに前から僕のことを見ていたのかもしれない。
「つまり……僕のこと、見張ってたんだね。」
「最初は悪戯かと思ってた。
本当に物を壊されそうなら警察を呼ぼうとしたよ。
でも途中で君が標的だって分かってきた。」
ひとつ雲が通る。
部屋がいきなり暗くなる。
「どれくらい……部屋にこもってるの?」
彼女はゆっくり、言葉を絞るように訊いた。
「二年。」
ゆっくり車が通る音。
僕が2ヶ月で限界なのに、彼女は2年も。
どうやって耐えたんだろう。
「二年閉じこもってるってどんな気持ち?」
「……世界のこと、忘れちゃうんだ。」
頭のてっぺんから足の指まで、冷たくなるような感覚。
「さ、掃除しよう、森谷。」
立ち上がり、雑巾を取りに行く。
汚れている窓は、きっと僕らの世界そのものだ。
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