12 死んだ者
各階に一か所はトイレがあるので学校は偉い。女子トイレに詩杏を押し込み、僕は廊下で待機する。
間を開けて、中から苦しそうな嘔吐音が聞こえた。
……詩杏は人付き合いで極度に緊張すると吐いてしまう。
大人数の前はもちろん、発言するだけでもかなりのエネルギーを消費してしまうのだそうだ。
それに加えて嘘もつかれたんだからだいぶ精神的につらいだろうな。少し酷なことをしてしまった。
ぼんやり先ほどの会話を思い返していると水を流す音がする。水道で口をゆすいだあとによろよろと詩杏が出てきた。
「……平気かよ」
「なんとか……」
さすがにそれは嘘って、僕でも分かる。
青ざめた顔の詩杏と共に図書室へ向かう。
こいつの顔色からすると図書室より保健室の方がいいと思うのだが譲ってくれなかった。
「悪いね、もう図書室閉めるんだ。完全下校だから」
いざ入ろうとした時、司書さんが出てきて申し訳なさそうに言う。
出鼻をくじかれた。まあここに至るまで色々くじかれてはいるんだけど。
「明日またおいで。昼休みは開けているよ」
「分かりました。ありがとうございます」
会釈して退散する。昼休みは、ということは明日も放課後は閉めるのか。知らなかったぞ。もしかして全校集会で言われていたんじゃあるまいな。
あまり校内にいてもいいことはないと考え、僕と詩杏はこそこそと学校を出た。
飽きもせずに雨が降っている。よくもまあ空にはこんなに水があるものだといっそ感心すら覚えた。
「そういや、しぃちゃん。部室に猫の本なんてあったか?」
傘を広げながら聞くと詩杏は首を振った。
彼女は今日は折りたたみ傘だ。持ち手でイルカのストラップが揺れている。
「ないよ」
「は? じゃああの質問は?」
「猫の話題を出すための嘘だよ。別に猫飼う気はないし」
自分が嘘ついても能力の判定に引っかかってしまうのによくやる。
「自然な流れ、だったと思うけど」
「うん? うーん……うん」
あれは不自然であったが、弱弱しくも得意げな顔を向けられたので僕は頷いておいた。やさしいので。
「それはそれとして、どうして猫の話題だったんだ?」
「明日香先輩と京香先輩は、加代子ちゃんに聞く前からおまじないを知っていた。そして、"おまじない"の本がこの学校の図書室にあることも分かっていた。その二つを嘘をついて誤魔化していたよね」
「そうだな」
嘘をついているかどうかの判断は詩杏頼みなので僕は同意しかできないが。
前者は僕から見ても分かりやすすぎるぐらい誤魔化していた。なにか後ろめたいものがあると言ってもいいだろう。
「それで、
「そうだっけ?」
「……それしぃくんが言ってたんだけど……」
「そうだった」
すっかり忘れていた。
詩杏がジト目で僕を見てくる。最近いろいろ起きているんだからひとつやふたつ忘れていても許してほしい。
「でもまあ、オカルトに絡めたがる江夏のことだぞ。ブチのことと"おまじない"がたまたま結びついて『これだ!』となった可能性だってある」
「それは私も思うけどね。……なんて言えばいいのかなあ、勉強以外の知識って、興味から取り込むじゃない」
「まあ、うん」
興味があるから、必要だから、知ろうとする。
例えば昆虫に興味なんてなければ一生昆虫図鑑を捲らないだろうし、逆に大好きならば難しい本だって探すだろう。
「オカルトだって、こちらからアクセスしないと浮き出てこない分野だと思うの。そして加代子ちゃんからの知識ではなく、先輩たちふたりが個人で手にした情報だったわけだよね」
「そうだな」
実のところ、あの江夏より先に情報を得ていた、というのはけっこうびっくりした。
来宮姉妹はあまりオカルト話に乗り気ではないからだ。部活には出てくるが活動しないという、出席は幽霊部員のようなものだ。それもうゾンビじゃねえかな。
「だから先輩たちは自分たちの意思でおまじないを調べたんだろうなって考えたわけなんだけど」
「うん」
とりあえず相槌を打つが、少しだけ整理する時間が必要だった。
賢いんだよな、こいつ。小学校と中学一年生までは私立だったし。――心中事件で詩杏以外の家族がみんな死んで、祖父母の家に引き取られてからは同じ公立中学校に通っていたけれど。
「つまりね、つまり、ええと……」
ぐぬうとうめき声をあげて詩杏は黙った。
彼女は思考のスピードが速いのだが、口下手な分言葉が追いついていない時がたまにある。「単語を選んでいるうちに途中で訳分からなくなっちゃう」らしい。どんな脳みそしているんだろうな。
「……ブチの件と関係があるなと思ったわけだ」
助け船を出すと詩杏は高速で頷いた。ヘドバンじゃないんだから。
「うん。あの、仮説なんだけれど」
「いいぞ、聞かせてくれ」
「"おまじない"を知っていることを隠すことが変だったじゃない。だって、あの部ではそういうこと知識としてもっていても何もおかしくないもん」
「そうだな」
「だけど、隠した。そうしなければいけなかった。おまじないを隠した理由、それはなに? ――実際に実行していたとしたら?」
「……」
どちらともなく立ち止まる。
イルカを揺らしながら、彼女は真剣な顔をしていた。
「たいていの生贄は殺される例外がなければ、その"おまじない"だって儀式のために殺された生き物を要求しているんじゃないかな」
少しずつ僕を思考上で置いて行く詩杏をただ眺めていた。
詩杏は僕に「一人で考えすぎ」と言うが、こいつもこいつで自分の世界にのめり込んでいってしまうのだから人のことを言えない。
なにかを追うように目が左から右へと動く。
「もしも先輩たちが"おまじない"をしたなら、当然生贄は必要だよ。そしてそれがブチだったとしたら――そうであるなら、先輩たちは生き物を私欲のために殺したとなる」
「……そうなってしまうのか」
「だけどこの話にはひとつ前提が必要なの」
「それは?」
詩杏は目を伏せた。
「『死んだ者を生き返らせる』ということ」
「うん、そうだな」
ずっとその話をしていたわけだが。
僕の理解できていない表情を見て彼女は補足する。
「『死んだ者』がいないと、ダメでしょ?」
「ああ……」
連れ戻したい『誰か』がいなければそもそも"おまじない"なんて必要が無い。
そのために行うのだから。
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