11 質問

 先輩たちの顔があきらかに強張る。

 そうか、"おまじない"について図書室に調べに行った……のか?


「明日香先輩、僕、あそこでラノベとか話題のものぐらいしか借りたことないんですけどそういうものも置いてあるんですか?」

「……さあ、そこまでは分からないかなぁ」


 たちり、と詩杏がかかとを鳴らした。

 ほんの小さな響き。姿勢を直す時に自然と出るような気にも止まらない物音。

 だがそれは、僕らの暗黙の合図だ。


「そうですか。京香先輩は?」

「わたしも分かんない。オカルトの本なんてこの部室以外あるとは思わないし」


 またかかとが鳴る音。

 『嘘をついている』という合図。

 なるほど、なるほどな。――二人そろって嘘をついているのか。

 おそらく、共通の経験をしている。


「そこから戻ってきていないと」

「うん。多分だけど……図書室に行って、君のところに寄って、それから階段に向かったのかもね」


 その予想は僕も同じだ。

 僕に会った時点で江夏は"おまじない"の知識を仕入れていた。あの前に図書室で調べ物をしていたのだろう。

 結局僕以降の足取りが不明なままじゃねーか! ふらふらと生きてるんじゃねえよ江夏! もう死んでいた。


「あいつ、一体どこに行こうとしたんだ……!?」


 頭を抱えると同情した表情で明日香先輩が頷いた。


「なにかしら分かったら教えに来るような子なのにね」

「それこそ犬みたいに嗅ぎ回るし、見て見てって言いに来るよね」

「こら、京香」

「だって明日香、そんな感じじゃない。えなっちゃんって」


 それについては否定できない。

 ふむ……。もっと重大な手かがりがあって、そっちに行った可能性もあるか?


「部室で何か読んでいたりとかは……」


 読んでいたならそこにヒントがあるかもしれない。僕は本棚扱いされているロッカーを指さした。

 カモフラージュのように置かれている『星座と神話』『星座のみかた』やら『望遠鏡ガイドブック』に紛れてオカルトやら宇宙人やらの黒字に赤や黄色でごてごてと好奇心を煽るような背表紙が並んでいる。

 ……紛れているのか、これ? 歴代の先輩たちが持ち寄ってこうなったのだと聞いたことがある。


「ううん、そこには手を触れていなかったかな」

「そうですか」


 突然思いついて部室を出ていってしまったのだろうか。

 だけど、先輩たちが"おまじない"に反応したのが気になる。

 どう問いただすかと考えていると、横で気配がかすかに動いた。


「あ……」

「土屋?」

「あ、あの」


 彼女はぱくぱくと唇を動かし、俯く。


「ゆっくりでいいぞ」

「そんなに緊張しなくてもいいけど……」

「まー面接っぽいよね」


 やんややんや言う横からみるみるうちに詩杏の顔が真っ青になっていく。

 これはだめだな。切り上げようとしたとき、絞り出すような声で彼女は言った。


「……加代子ちゃんと、なにか、話してました、よね?」

「え?」

「え?」

「加代子ちゃん、部室に来て、それから出るまでの間。先輩たちは加代子ちゃんと、話をしていましたね?」

「それは……まあ、話ぐらいはするけど」

「おしゃべり好きな子だから……」


 詩杏は首を振る。


「違う、違くて……。""――


 先輩たちは、黙った。

 詩杏も唇を震わせながら口を閉じる。

 僕のターンか。


「明日香先輩と京香先輩は、江夏とおまじないの話をしたんですね」

「……どうだったかな」

「質問を変えましょう。――


 来宮姉妹は目くばせしあった。


「ううん」

「知らなかった」


 ――たちり。

 これは、嘘だ。江夏が話題に出す前から"おまじない"について知っていた。


「おまじないの内容については?」

「さあ」

「なんにも」


 たちり。

 内容も知っていると。ただこれ質問が悪かったな。江夏から情報提供があった前か後か分からない。

 だけど図書室から僕の所へ行き、そのまま部室に戻ってこなかったのを考えると江夏経由ではないと思うんだよ。

 ――元から、来宮姉妹は"おまじない"を認識していた。


「ああ、だから図書室で調べてみたらって流れになってあいつは向かったんですね」

「そうだね」


 できるだけ好意的に話を持っていくように気を使う。

 いたずらに敵は増やしたくないので。

 まだこの先聞きたいことがあるときに険悪な関係になってしまうと困る。


「分かりました。ありがとうございます」


 僕は頭を下げる。空気が弛緩した。


「いえいえ。……参考にはなった?」

「ぶっちゃけさっぱりですね」

「えーっ、しっかりしてくれよ探偵」


 今にも死にそうな詩杏を引っ張りドアへ向かう。


「あ、」


 僕に縋るようにしながら彼女は先輩たちを振り返る。


「あの、そこの本棚に、猫の育て方の本、あるんですけど」


 ……。それ、今言わないと駄目か?

 そんな息も絶え絶えに言うことではないと思うのだが。


「私、猫、飼いたくて。詳しい人、いるかなって。――先輩たちの家は、今、猫、飼っています?」


 あっけにとられた顔をしたあとに、発言したのは京香先輩だった。

 その横で明日香先輩は無表情でじっと詩杏を見つめていた。


「うん、猫飼ってるよ。雑種だけど。エサとかトイレトレーニングなら教えてあげられるけど」

「――そうですか。じゃあ、また、お願いします」


 ぐいぐいと押されるので挨拶もそこそこに僕らは廊下へ出る。


「やばい?」


 短く聞くと詩杏は口を押えながら頷く。もう秒読みだこれ。

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