第2話 そこに居たのは……

 「真名を呼んでくれて、ありがとう。」

 後ろから声をかけられて、私は驚いて振り返った。

 

「だれ?ですか?……どなた様?」

そこに立っていたのは、やたらに背の高い男性だった。

 服装は、昔々、歴史の本の中で見た、聖徳太子が着ていたような衣装で。

 髪の結い方も、耳の脇辺りで結わえてある、その時代の、そんな感じの髪型で。

 すっとした配置の良い、切れ長の目は真っすぐに私を見つめている。

 そして、腰に、剣なんか下げている。

『え?剣!武器!!やばっ!!!』

 私は、知らず知らずに、後ずさりしていた。

 そしたら、足元に横倒しになっていた石碑に足を取られて、見事に後ろにすっ転んだ。後頭部強打。

 髪を後ろで止めていた、バレッタの金具が頭に刺さる感触が、頭皮にリアルに伝わって来た。

『あ、これ、血が出るやつ??』

そう思いながら、気を失った。


 目が覚めた時。辺りは真っ暗だった。

 さわさわと、風の音がした。虫が鳴いている。

 自分は、体を横たえているが、寮の自分の布団の中ではないらしい。

 何やら、ごわごわした物を着て寝ているが、

『この素材は、いったい何?』

『この静かさは、どこ?』

困惑しながら、もぞもぞしていたら、

「目が覚めたかな?痛みは?」

そう、暗がりから声をかけられて、本当にびっくりした。

 私の方からは、暗がりで座った姿勢の誰か、としか見えない。声から察すると男性のようだ。

 言われて、頭の後ろの痛みに気付いた。触ってみたら、何かねばねばした物が塗られていた。傷口らしい所は、特に痛い。

『やっぱり切れてたんだ~』

と、がっかりした。手当てしてもらってはいるが、塗られていたねばねばが着いた指を臭ってみたら、生臭い臭いで、げんなりした。

『何を塗られたんだろう……』

気分が落ち込む私に、暗がりの中の人影は、再び私に話しかけて来た。

「貴重な供物を頂いて、私の力となった。感謝する。」

意味がわからない。

『供物って、何?まさか、私が生贄にでもなるって事?!冗談じゃない。』

私は、ガバッと身を起こして、着ていた布?を、声のする影の方に投げつけた。

 

 すると、暗がりから、数人の男達が走り込んで来て、私をうつ伏せに押さえ込むと、手足を床に押しつけられた。

 顔を上げようとしたら、ゴンっいう程の乱暴さで、後頭部を押さえられた。

 顔が歪む。顎が痛い。

「痛いっ!!」

もう、痛すぎて、涙が出て来た。

「何するのよ!誰よ!こんなことして!ばかやろう!!離せ!!」

私はむちゃくちゃに暴れようとした。けど、がっちりと固定された手足も頭も、びくともしなかった。

 腹が立つやら、悔しいやら、痛いやらで、涙がとまらない。

「バカ!!離せ!はなせー!!!」

泣きながら叫んだ。鉄臭い生暖かいものが、私の首に垂れて来た。

 後頭部の傷から又、出血し始めたのだろう。

 その匂いに、押さえる手が緩んだと思ったが、やっぱりしっかりと押さえ込まれている事に、変わりはなかった。


「乱暴はやめなさい。この人は、私の大切な人だ。手を放せ。」

「ですが、吉那命様に対する無礼、我らは許せません。」

「その御血があったから、私はこれ程、身を保てたのだ。この者の存在こそが、我が命を引き戻せたのだから。手を放しなさい。」

厳しく響く、決然と命じるその声に、やっと、男達は、私の体から手を放した。

 手足を押さえる圧が取れても、傍から離れる様子のない男達。

 私が動けば、すぐさま押さえ込む気満々なんだろう。

『どういうつもり?』

 色々、言ってやりたい事はある。でも、ここで私に勝ち目は無い。悔しいけれど、どうしたらいいのかも分からない。

 大声出して、泣いてやることにした。しつこく。わざとらしく。悔しいから。


 腹ばいになった体制のままで、涙を拭いもせず、鼻水をすすりながら、大泣きしまくった。

 

 悲しみは、記憶の中で連鎖するようで。

 何故か、両親の顔が浮かんで、住んでいた家が浮かんで、無関心に放置されて来た日々が浮かんで、家を出て行く母親の背中が浮かんだ。

『百歩譲ろう。父親が私の顔も見に帰らないのは、娘だと思いたくない事情があったんだろう。でも!母親は、どうして私を居ないかのように扱ったの!産んだのに。こんな扱いをするくらいなら、産まなければよかったじゃん!!』

 

 私は、生まれてすぐから、小学校の3年生まで、母方の祖母の家で面倒を見てもらっていた。

 祖母は、よく私に言っていた。

「あんたのお母さんは、不器用者でね。勉強は出来たけど、子育ては全く出来なかったんだよ。」

 私の両親は、国家公務員のキャリア官僚で、半年おき位のスタンスで、全国を転勤して回っていたらしい。

 私が生まれても、父親は家族を一切気にせず、仕事ばかりで、そのうち母と私の元に帰っても来なくなったらしい。

 母は、子供を産んでみたら、自分が思い描いて来た理想の子育て、理想の家族とは、あまりにもかけ離れていて、絶望したそうだ。

 だから、殺してしまいそうなので、祖母の所へ連れて行ったらしい。


 祖母の愛情を受けて、私は成長した。高齢になった祖母が、私を手放すまで。

 

 私は、母と父の住民票の居住地に移り住んだが、私が母に引き取られてから、そこに父親は帰っては来なかった。数回しか逢った記憶のない父は、私の中では、既に他人だ。


 母は、同じ家に住んでいるのに、私を居ない者として、自分の仕事に邁進していた。私は、自分の面倒は、全て自分ですることにしていた。

 それでも、少しくらい、目を向けて欲しかった。

 勉強を頑張っていい子でいる事も、関心を引く為の問題行動も、全て無かったかのように無視された。親からの無関心は、私を何度も苦しめて来た。だから、なるべく感じないように、自分の心を殺した。

 中学校に上がってから、勇気を振り絞って、夜の街へ出てみた。

 煙草を吸ってみたり、家にあった酒を浴びる程飲んでみたり。

 毎夜帰宅せず、街中をうろついた。誰でもいいから、人肌に触れたくて、抱きしめられたくて、よく知りもしない男に、誘われるままに付いて行った事もある。

 それなのに、私を誘った男は

「ごめん。なんか……今日調子悪いみたいだ。出来そうにない。」

「こんな事、やめな。いつか、大切な人に必ず出逢うから。それまで、自分を大切にするんだよ。」

そう言って、急に聖人君子になって、誘った時の勢いは無くなって、何もせずお金だけ握らせて私をホテルの部屋から送り出した。

 夜、男とホテルに入って、さあ、これからって所で、急に真面目に説教されて。

 その上、出来ないって。どういう事?

 ヘタレの私が、決死の覚悟で誘いに初めて乗ったのに。


『なんで?私って、そんなに魅力ない??』

 そいいえば、今まで異性から告白なんてされた事が無い。抱く気も起きない位に魅力がないという事かと、気付いてしまった。

 そう気付いてしまうと、それはそれで、かなり凹んだ。

 単に、私が幼過ぎて、法に触れるのを嫌ったのかも知れない、と思う事にした。  

 

 娘が夜、帰宅しないでいても、母親からは何も言われない。

 服装が乱れていても、何も言われない。

 大酒飲んだら、家の中の酒という酒は全て消えた。

 無駄に散財したら、カードを止められたけど。それだけ。

 止められたカードが復活する事は無かった。

 娘が金欠でも、日々の食材は、チンして食べるやつを買い置いてくれているので、

食事は出来る。それだけは、気にはしてくれていたんだ。

 現金が無くても、PayPayで何とかなったし。

 本当に、最低限の関心。生存させる為だけの、食べモノ。


 私は、引っ込み思案の、ヘタレ娘だったから、母親に面と向かって文句も言えなかった。母親が、私を無視するように、私も母を無視した。

 その生活は、やはり自分にしっくりと馴染んでいて、色んな事に勇気を出さなくてもいい環境は、私の気持ちのささくれを押さえてくれた。

 だけど、人恋しかった。

 

 そんなぐちゃぐちゃの感情が、何でか今頃湧いてきて、こんな所で泣くことで、泣き声と一緒に、身体の外へ放たれていったような気がした。

 散々泣きまくって、声も枯れてきて、頭がぼうっとなった。

「チッ……」

すぐ傍の男が舌打ちをした。……嫌な奴。

 

 もう、十分泣いたから、もういいかなって思えた。なんだか泣くのも疲れたし。

 心底、生きていく気力が無くなったみたいだった。

『私を待ってる人も居ないし……』

そう思った、その時、フッと、吉那の美しい顔が、頭に浮かんだ。

『はっ!今日、映画観る約束してたんだった!!』

私は、がばっと起き上がった。

「こんな事をしている場合じゃない。吉那がまた変な男から声をかけられたら、守らないと!!」

 さっき舌打ちをした男が、私がいきなり起き上がって叫んだので、驚いて、後ろにのけぞった。

 私は、そいつの腕をがしっと掴んで

「帰りたいの。帰して。」

真剣に、そう訴えた。

 しかし、私の後ろから、また誰かの腕が伸びて来て、今度は羽交い絞めにされた。ものすごい力だった。喉に腕が入ったので、首が絞まる。

「げえっ!!」

変なうめき声が出た。必死で首に入った腕を外そうと引っ掻くが、力がどんどん加わって、どうにも出来ない。声も出ない。息が出来ない。

『こいつ、私を殺す気だ……』

 私は又、気を失った。


 頭がガンガン痛くて、目が覚めた。

 気分は最悪。周りは薄暗くて、ムッとする程の穀物の匂いがした。

 体に掛けられているのは、ムシロみたいな物で(ムシロを触ったことが無いので、時代劇に出て来た物に似てる気がしたから、そう思っただけ)。

 穀物の匂いは、そのムシロからだと分かった。

 起き上がってみたら、ごわごわの、こちらもムシロの敷物の上に寝ていた。

『これって、どんな待遇なのかしら?奴隷?やっぱり、生贄??』

今度は、近くに誰も居なかった。1人きりで寝かされていた。

 

 薄暗い小屋のような室内に、窓は無かった。壁は板張りみたいで、板と板の隙間から、外の光が見えた。壁の向こうも薄暗いようだった。

 朝の薄闇か、夕方の夕まずめか、判断が出来なかった。

 とにかく、頭が痛くて、首が変にダルくて、後頭部の傷が特に痛かった。

 

 服は、着て来たままだったので、ちょっと安心した。

 吉那との初デートだったから、白いリネンのふわふわのワンピースに、皮のサンダルを合わせて、可愛くしていたのに。

 持っていた小ぶりの皮製肩掛けショルダーバッグは、無くなっていた。

 スマホも無い。誰に連絡も取れない。

「はああああ……」

我知らず、大きなため息が出た。

「私、何の事件に巻き込まれたんだろう。殺されなかっただけでも、現時点では良しとしないといけないのかなあ??」

ついつい、独り言が漏れる。

「いやいや、待て待て。『死ぬより辛い』ような目に合わされたらどうしよう……。

 吉那は、すごく心配してると思うから、何とか帰らないと。」

スマホが手元にあれば、現在地を調べられるのに、それも出来ない。

 側に誰も居ないのは、この部屋の外側を施錠してあるからだと思う。だからと言って、大人しく捕まっていては、生贄になる未来が待っている気がして、私は起き出して、開口部がないか、壁に沿って歩いて探し始めた。

 

 部屋は、8畳くらいだろうか。寝具のムシロ以外は何も置かれていない。

 窓はあったが、嵌め殺し式の板が数枚左右に動かせる程度で、人の頭さえ出せそうにない。その狭い板をずらして、外を眺めたが、薄暗い屋外には、遠くに山の影が見える位で、情報として判断の材料になる物は、何も無かった。

 出入り口らしい扉はあったが、当然、外側からかんぬきがかかっていて、外側からしか開けられない構造だった。

 手持ちの物は何も無いし、天井は思いの外高く、手を伸ばしても遥かに高く届かない。天井の屋根裏側と壁側に隙間が開いていて、そこから外の明るさが増して来たのが分かった。朝日が昇ったようだった。


 朝日が昇って、暫くしてから、人の動く気配が部屋の外から、近付いて来た。

 その人の気配は、私の部屋の前で止まった。

 かんぬきを開ける音がした。私はムシロの上に座って身構えた。


 小柄な女性が、2人。

 部屋の入口から、足音も立てずに、歩調を同じにして進んで来た。両手を自分の顔の前で重ねており、視線は落としている。顔を伺う事もできない。

 髪を後ろで一まとめに結わえてたらしている。生成りの白い上下のゆったりした衣装を着ていた。腰の部分で、白い織りの紐で結んであった。

 目線を一切上げる事無く、私の2m手前まで無言で進んで来て、そのまま、膝をついて、頭を床に着くほど落として、座った。ほぼ2人同時に。シンクロしている。

『え??何ごと???』

部屋の入口には、男が左右に立って、頭を垂れて2人程見えた。その手には、槍のような棒が握られている。

「かしこみ、かしこみ、申し上げます。榊之亜里ノ大姫様。」

右側で伏している女性が、口上を述べ始めた。若い声だった。

「昨晩のご無礼の段、村の民一同、伏してお詫び申し上げます。」

『榊之亜里??私の事?大姫?なんで???』

私は、困惑して、言葉も出ない。その無言を、私が怒っていると取ったようで。

「お怒りとは、思います。……ですが、どうか、お怒りをお鎮め頂き、お出まし願えませんでしょうか。民一同、ご尊姿を一目見たいと、集まっております。」

「どうか。どうか。怒りをお鎮めいただけませんでしょうか。」

もう一人の女性も、すがるように言葉を添えてきた。

「はあ??閉じ込めて、外に出れないようにしていたのは、そちらでしょう。早く、帰してください。私は、帰りたいのです。」

意味が分からない。話が通じないとは、この事だと思った。

 昨日は乱暴に押さえつけられ、首まで絞められた。部屋に閉じ込めておきながら、怒りを鎮めて、出て来い?

「話にならないわ。私は帰ります。誰か、別の人と間違えてますよ。私は、とにかく帰ります!」

私は、立ち上がると、正面で床に伏している女性2人を避けて、出口に向かって走った。そこに立っていた男2人が、長い柄の槍を交差させて、私が出るのを阻止しようと出口を塞いで、立ちはだかった。

『負けるもんですか!』

私は、走った勢いのまま、槍が交差されたその部分に、体重を乗せてケリを放った。見事に槍の柄に私の足がヒットして、その勢いで、男2人が、倒れ込んだ。

 そのまま、着地した私は、周囲を目ざとく見回した。更に2人の男が立っていたが、丸腰だった。その、驚きに剥かれた目。体は完全にスキだらけ。

 その時、心地よい風が、吹いて、私の髪をなぶった。

 渡り廊下のように、開放的な空間がそこにはあった。

 すぐ先の欄干に駆け寄って、そこから飛び降りようと、身を乗り出した……

 けれど、飛び降りれなかった。

 眼下に広がる、壮大な田園風景。すぐ下には、人の集団が、この建物の周囲を取り囲んでいるのが分かった。

 その、人々の小ささ。

 下から、大きな歓声が聞こえて来た。

 私は、遥かに高い位置から、下を見ているのだった。

 その高さは、目もくらむ程。

 咄嗟に、振り返って、建物を見た。大きな梁を支えるのは、一抱えもありそうな柱。きれいに切り揃えられた、茅葺の屋根の軒下。

 頭に浮かんだのは、修学旅行で訪れた出雲大社の大神殿だった。


「榊之亜里ノ大姫様。食事の用意が出来ました。」

 私は、丁重に扱われていた。

 食事は、菜物と雑穀を主とした、健康的な料理が出された。

 いつもチンしてばかりの冷凍食品やレトルト食品ばかりを食べていたので、これはこれで、有難く頂いた。誰かが、私の為に用意してくれた食事は、それだけで御馳走だと思った。

 

 食事の前に、お湯を使わせてもらったが、露天風呂だった。

 地面に掘った穴の周囲を石で囲って、そこに水を張り、熱く焼いた石を沢山放り込んで湯にするのだ。恐ろしく手間暇のかかるお風呂だ。

 私の世話係の2人の女性(女の子)に、髪まで洗ってもらった。

 頭の傷に塗っていた薬が、よく効いたようで、傷は塞がっていた。

 私の髪は、女性にしては短いので、結い上げられない。丁寧に櫛削られた後から、香油を塗って、ゆったりとしたふくらみをもたせて、後ろに一つで結ばれた。

 私が着ていた白いワンピースは、洗って返してくれるそうだ。それまでは、巫女が着るような、白い生地の、光沢の美しい織りの布の衣装を着るように、準備されていた。裾が長く、踏んでしまいそうだった。

 沓は、自分のサンダルを履く事にした。


 何がどうなったのか、さっぱり分からないが、感覚的に、日本の古い時代の何処かに、私はやって来たようだった。

 言葉のニュアンスや発音が違うが、全く分からない言葉ではなかった。どこか田舎の聞き慣れない方言を、聞き分けて理解しようと頑張る感じのコミュニケーションで、お世話係の女の子とやりとりしている。

 私は、奈月之吉那命の”妻”だと言われて、心底びっくりした。

『誰それ!!』

って思った。”奈月”は吉那の苗字だし、”吉那命(きちなのみこと)”の字が、友人の”吉那(きつな)”と同じであるけれど、彼女は、どこからどう見ても、女性だった。

 確かに、神々しい程の気品ある輝く美人ではあったけれど。

 

 奈月之吉那命は、遥か昔に、高天原(天にある神様の国)から、豊穣神としてこの地に降臨し、この地を豊かな穀倉地にしたそうだ。

 その奈月之吉那命を崇め祀る、物井一族がこのちを治めるようになり、この地はいっそう豊かな実りを産む地となった。

 ところが、近年、吉那命を信望し崇めていた物井氏一族が、勢力争いから誅殺されてしまった。祀られていた神殿が焼かれて、現身のご神体が一緒に焼けてしまってから、神力が衰えて、その姿も声も消えゆくばかりの有様になってしまったそうだ。

 そこで、物井氏の最長老で、別の地の神殿に巫女として神に仕えていた女性が、自身の命の灯を差し出して、吉那命の力を寸の間留めて、それにより、私がここに呼び寄せられたそうだ。

 奈月之吉那命の元の力を取り戻す為の”妻”として。

 

 最初に、石に足を取られて後頭部を強打して気を失って、その後、事情を知らない従者に首を羽交い絞めにされて、私は失神した。

 その夜に、私は奈月之吉那命と床を一緒に過ごして、初夜を終えていたらしい。

『何ですって~!!』

 私は、今、既に奈月之吉那命の妻になっていた。

 私の血を身に受けて、元の力を取り戻した奈月之吉那命は、その力を、皆に示した。一夜にして壮大な神殿を建立したという。

 あの、私が閉じ込められていた、壮大な建物。現在住まいしている建物が、それだった。


 私の旦那様、奈月之吉那命は、現在各地を巡回して力を示して回っているらしい。

 神様の妻の私も、神と同列に扱われるようで、榊ノ亜里ノ大姫と呼ばれて丁重に扱われている。

 『婚姻は両性の合意のみに基いて成立する』との認識で、これまでの人生を過ごして来た私には、合意した覚えも無いこの婚姻は、到底納得できないものだった。

 文句を言ってやりたくても、当の奈月之吉那命は、全く姿を見せない。


「顔も見せない夫となんて、夫婦としてやっていける気がしないわ……」

 約半月も奈月之吉那命の顔を見ていない私は、つい、愚痴をこぼした。

 その言葉を聞きとがめたのは、いつも私の身の回りの世話をしてくれている、侍女の采女の『卯』と名乗った若い娘だった。

「どなたの事をおっしゃられておられるのかは、分かりませんが……。

亜里ノ大姫様は、大層愛でられておられますよ。」

「え??」

「毎夜、遅い刻限ではありますが、奈月之吉那命様は、こちらの寝所にお戻りになられて、朝までお過ごしですから。」

「……!!」

「皆、早々にわ子様がお生まれになるのではないかと、噂しております。」

「!!!」

 采女の卯は、ほっこりと笑ってそう告げた。私は、赤面した。

 

 

 

 

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