この空の青さに あなたを想う

於とも

第1話 一人ぼっちの草原で

 高校生になって、1週間。クラスにもなじめてきたかな、って思えて来た初めての週末、仲良くなった友達(女子)と、映画を見に行く事になった。

 

「ねえねえ。あなた、映画とか観る?」

 入学式が終わった後の廊下で、彼女はいきなり、前を歩く私の肩をポンとたたいて、そう私に声をかけて来た。

 いきなり肩をたたかれた事も、映画の事を聞かれた事にも驚いて、振り向いた私は、すぐに返答が出来ないでいた。

 振り向くとそこに居た、彼女。とんでもない美少女だった。

 色素の薄い、白い肌。髪は黒いが、栗色に近く、サラサラのロングヘアー。はっきりとした切れ長の目に、栗色の瞳。形の良い唇は紅を引いたように美しかった。

「ねえ、どんなジャンルが好き?」

まるで、旧知の友のような気安さで、私を正面から見据えて、問いかける。

「え……アクション物とか、アニメとか。」

「そう。じゃ、次の休みに、行こう!」

「う、うん……。」

「一緒に教室まで移動しようよ。」

そう言うが早いか、私の腕をがばっと掴んで、どんどん前へ前へと、人をかき分けるように進んで行った。


 彼女は、奈月 吉那(なつき きつな)。

 親がうっかり、上から読んでも……な名前を付けてしまったと、自己紹介をした時に、おどけて言った。

「ホントだ!でも、言われないと気付かないよ。」

「ねえ。吉那って、名前で呼んで。私も、名前で呼びたいから。」

「いいよ。」

そうして、私も自己紹介をした。

 私は、榊 亜里(さかき あり)。

 私の名前の由来など、私の親は話してくれた事は無い。

 私の親は、私には感心が無いから。

 

 入学式の日、吉那は、その目立つ容姿から、男子に目をつけられ、言い寄られていたそうだ。とにかく、その場から離れたくて、たまたま前を歩いていた私に声をかけて、その場から逃げた。

 毎日、吉那は、朝から校門で男子に待ち伏せされ、下駄箱で待ち伏せされ、教室に入れば、吉那の席にはにやけた男子が座っている。

 そんな時、吉那は私の席に来て、担任の教師が来るまで、私の傍で雑談をした。

 クラスの他の女子も、本気で嫌がっている吉那に同情して、吉那を囲むように雑談の輪に入り、いつの間にか、私にも友達が増えた。

 楽しそうな女子の輪に、男子は面白くないらしく、吉那の気を引くのを、最近は控えるようになってきた。

 吉那は、徹底徹尾、男子を拒絶していた。

 吉那は、ごく普通に生活したいのだ。皆と同じ制服を着て、皆と同じ鞄を持って。キーホルダー1つ付けていない鞄。髪を縛るゴムもシンプルな茶色。メイクもしない。爪も磨いていない。何一つ、人より目立つ事をしていない。

 それでも、彼女は輝いて見えた。つい、目で追ってしまう程に。

『美人も大変だなあ。』

私は、本心から、そう思った。


 私は、小さい頃から、引っ込み思案で、自分から人に話しかけるなんて出来なくて、そのくせ、一人になるのも寂しくて、 話しかけてくれそうな人の近くに寄って行って話しかけてもらうまで、なんとなく待ってしまう。そんな子だった。

 要は”ヘタレ”なのだ。

 運よく、私の周りの子達は、そんな私を受け入れてくれて、数は多くは無いけれど、優しい友達に恵まれたと思う。


 高校になると、進路もバラバラで。親しい友人とは、別々の高校に進む事になった。私は、隣県の大学までエスカレーター式の私立高校を選んだ。

 個室の寮があり、親元を離れられるから。

 

 私が、実家を出た後、元々不仲だった両親は離婚した。

 住んでいた家は売り払われ、母親は自分の実家近くに転居した。

 父親は、かねてからお付き合いしていた人と、すぐに再婚した。

 

 私に、『新生活はどう?』なんて気にかけてくれる人は居ない。

 私が帰る家は、もう無くなってしまった。

 両親の為に、私は家から離れたけど。

 それにしたって、『待ってました』とばかりの、行動の速さに、呆れた。このチャンスを、いつから待っていたんだろう。

 私が、高校を地元にしていたら、あの家に、まだ住んでいたのかなあ。

 考えても、詮無い事だった。


「さあ、気持ちを切り替えて!明日の映画を楽しもう!!」

 気持ちが塞ぎ込みがちになるので、明日の映画は、ハラハラドキドキ、ラブロマンス有りの、アクション系の外国映画にした。

 字幕で、英語の発音を学びつつ、楽しむのがいいか。吹き替えで、内容をガッツリ楽しむのがいいか。当日、吉那に聞いてから選ぶことにした。

 

 吉那は、今時珍しく、スマホや携帯や腕時計を持っていない。何故かすぐ壊れるらしい。パソコンの授業の時に、彼女が触ると、画面が真っ黒になって、電源が落ち、その後、電源が入る事は無かった。隣の席のパソコンに触れても同じ事になってしまい、担当教官が蒼くなった。

「昔から、電気使う物は触れないの。」

ということで、ドライヤーも使わないらしい。ドライヤー無しで、寝ぐせ無しのあのサラサラ髪は、羨ましすぎる~。


 吉那と連絡を取る手段は、直接会うしかないのだった。


 週末の街中は、午前中なのに、そこそこの人の多さとなっていた。

 待ち合わせ場所の、公園広場の花壇の所に、約束の時間よりもかなり早く着いた。スマホを出して、映画の上映時間をチェックする。十分に間に合う。

 着信履歴は、誰も居ない。LINEにも、誰からもメッセージは無い。

「友達も、みんな忙しいよね……」

つい、独り言が漏れた。

 花壇の縁に腰かけて、ニュースを読み始める。

『あ、いかん眠くなってきた』

と思った時には、寝ていたんだろう。


カクッってなって、はっとした。

恥ずかしいから、顔が上げられない。自分の足元を見ると……

『あれ?足の所に、小さな花が咲いてる。え?タイル敷きだったよね?』

恐る恐る顔を上げたら、一面の緑の原っぱが、目に飛び込んで来た。

「え?え?夢?」

やばいと思って、急いでもう一度目をつぶった。

しっかりつぶって、十分に深呼吸をしてから、目を開けた。

「うそ!」

見渡す限りの、緑の原っぱが、目の前に広がっていた。

 足元の草には、小さな薄青の花が咲いていて、ほんのり良い香りを振りまいている。慌てて立ち上がった。

 自分が腰かけていた場所には、原っぱには不似合いな無骨な石碑が倒れて転がっていた。横倒しになった石に、文字が刻まれていた。

”奈月之吉那命”

「はあ?なつき?……え?なつきのきちなのみこと??」

声に出して読んだ。そして、もう一度。

「なつきのきちなのみこと。」

そう書いてある。

『どういうこと??』

困惑して、立ちすくんでいたら、後ろから、声をかけられた。

「真名を、呼んでくれてありがとう。」




 

 


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