第拾肆章【神結びの真実】

美咲は必死に走った。


潮風に混じって、どこかで町が崩れる音が聞こえる。


蓮の赤紐が切れた。彼の存在は、消えてしまった。


でも――それでも、終わりじゃない。


「私は……絶対に終わらせない。」


待ち合わせた海岸には、梨花が立っていた。


梨花の左手首にも、はっきりと赤紐が結ばれていた。


「美咲!」


「梨花……!」


二人は迷わず駆け寄り、手を取り合った。


「ごめん、美咲……私、ずっと怖くて黙ってた。」


「もういい。来てくれて、ありがとう。」


二人の赤紐が、同時に光り出す。


その瞬間、美咲の脳内に、祖母の日記で読んだ“本”の映像が浮かび上がった。


(……あの本……今なら、もっと読める。)


「梨花、図書館に行こう。」


二人は全力で図書館へ向かった。


町はもう半分以上沈み、人々は混乱し、逃げ惑っている。


だが、美咲たちは迷わなかった。


図書館に駆け込み、再び“海神記”を手に取る。


ページをめくると、黒く塗りつぶされていた部分が、赤紐の光に反応して次々と文字を浮かび上がらせた。


《神封じの儀》


神結びは、もともと“神を繋ぎとめるため”に編まれた。


生贄は本来、必要ない。


二本の赤紐を持つ者が、互いに結び合い、「凪」を発動させた瞬間、神の暴走は止まる。


ただし、片方が“神に選ばれた者”である場合、その者は神と繋がりすぎる。


その場合――


もう一方の赤紐が、全ての結び目を引き受け、神を封印する“鎖”となる。


ただし、その代償は……


文章は、そこから先が破れて読めない。


(代償って、何……?)


だが、迷っている暇はなかった。


「梨花、行こう。」


「……うん。」


二人は再び海へ向かう。


海はすでに、町を呑み込み、神の気配は濃く、空は暗く染まっている。


美咲は、強く決意した。


(私は……蓮が守りたかったもの、私が守りたかったもの、全部……私たちで繋ぐ。)


梨花が手を差し出した。


「私、ずっと怖かったけど……美咲となら、できるって思う。」


「私も。」


二人は、互いの赤紐をしっかりと結び合った。


美咲の赤紐と、梨花の赤紐が、ひとつの“結び”になった。


「……凪、発動。」


二人が同時に深く息を吸い、静かに世界に向かって呼びかけた。


その瞬間――


強風がぴたりと止まり、世界が、しん……と静まり返る。


目の前の海が、不自然なほど静止し、神の気配が一瞬だけ鈍る。


(……今だ。)


二人の赤紐は、鮮やかな青い炎に包まれた。


美咲の手首に、ほんのり青い痕が浮かぶ。


梨花の手首にも、同じような痕が――


しかし、次の瞬間、美咲は気付いた。


(私の赤紐は……燃えない。)


青い炎は確かに手首を包んだのに、赤紐は一切燃えない。


(……これが、“鎖”になる、ってこと?)


代償が何かは、まだわからない。


でも、美咲は迷わなかった。


「梨花、私が……引き受ける。」


「え?」


「全部、私が受け止めるから。だから、一緒に――」


(私たちで、終わらせる。)


海の底から、神が姿を現そうとしていた。


赤紐は、二人の絆をしっかりと繋いでいる。


美咲は、蓮の声を、はっきりと心で聞いた。


『美咲、君なら……』


美咲は静かに目を閉じた。


「さあ、神を――」


次の瞬間、神の力が暴走し、決戦の時が訪れる。

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