第5話:嫉妬なんて、知らなかった



月曜の朝。

週の始まりは、決まってバタバタする。

それはどの部署も同じらしく、エレベーターの中には社員がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「おはよう、朝倉くん」


「おはよう……」


すぐ隣に立つ桐谷が、いつもと同じように微笑んでくる。

だけど、俺はその笑顔が――ほんの少し“誰かのため”に見えた気がしていた。


なぜなら、その目の先には、企画部の先輩・佐伯さんがいたからだ。


「桐谷さん、週末の件ありがとうございました。助かりました」

「いえ、こちらこそ急なお願いでごめんなさい。今度、お礼にお茶でも」


……ん?


(お茶って、どういう……?)


エレベーターの中、周囲の会話に混じって、俺の鼓膜がそのやり取りだけを拾い続けた。


仕事の話にしては、やけにフレンドリーすぎる。

かといって恋愛っぽくもない、曖昧な距離感。


桐谷は社交的だから、誰とでも気軽に話す。

わかってる。わかってるはずなのに――


(……モヤモヤする)


それが“嫉妬”だと気づくまで、少し時間がかかった。


***


昼休み。

俺はぼーっと社食のカウンター席でカレーをつついていた。


「あれ? 朝倉さんひとり?」


振り向くと、後輩の田嶋奈々がトレーを持ってやってきた。


「ちょっとご一緒してもいいですか?」


「……ああ、いいよ」


田嶋は新卒の後輩で、最近同じ営業チームに配属されたばかりの女の子。

明るくてまじめ、少し天然。笑うとえくぼができるタイプだ。


「先輩、今日ちょっと顔暗いですよ? なにかありました?」


「いや、別に……」


「えー? もしかして、桐谷さん関係ですか?」


思わず、手が止まる。


「なんで、そう思うんだよ」


「だって先輩、桐谷さんと最近仲良いし。

噂ですけど、佐伯さんが桐谷さんを食事に誘ってるって……」


(……まじか)


それは、さっきのエレベーターの“お茶でも”のことか?


「でも私、先輩のほうが絶対お似合いだと思うけどな」


「……なに勝手なこと言ってんだ」


「だって、朝倉先輩って……ほんとに優しいし。

桐谷さん、前に“信頼できる人と一緒にいたい”って言ってたし」


言葉が、胸の奥に引っかかった。


信頼できる人――

それって、俺……じゃないのか?


***


その日の夜。

会議室で、いつものように桐谷と資料の確認をしていたときのこと。


「ねえ、朝倉くん。今日、ちょっと元気なかった?」


「……そうか?」


「わかるよ。朝からちょっと、もやもやしてたでしょ」


「……桐谷さ、佐伯さんと、何かあるの?」


彼女の手が止まる。

一瞬、沈黙が流れた。


「……何かって?」


「いや、別に……ただの仕事の話なら、それでいいんだけど」


「そうだよ。

でも……気になった?」


「……少しだけ」


正直に言った。言わなきゃ、後悔すると思ったから。


彼女はしばらく黙っていたけど、

やがて静かに、言った。


「嬉しい」


「……え?」


「気にしてくれて。

アタシ、ずっとひとりで平気なふりしてたから、

そういうふうに思われるの、ちょっとだけ、嬉しいよ」


目を伏せたまま微笑むその表情に、

俺はようやく気づいた。


(……この人は、笑いながら、ずっと誰かの“優しさ”を待ってたんだ)


そのとき、不意に手が伸びた。

俺の指先が、彼女の手にそっと触れた。


「……ちゃんと見てる。

だから、もう一人で抱え込むなよ」


彼女の目が見開かれ、

それから――ゆっくりと、手を握り返してくれた。

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