第4奏パート5前編:「青春×友情×大冒険」

7月19日、金曜日。終業式を終えた教室は、夏の気配と人いきれで満ちていた。


パタン、と机の中のノートを閉じる音。椅子を引く音。ざわつく声、どこか浮ついた笑い声。


教室の窓からは、夏の日差しが差し込んで、照り返しにじわりと汗が滲む。


湊は、少しだけぼんやりしていた。


窓の外、蝉の声が聞こえる。制服の首元が蒸し暑くて、シャツのボタンをひとつ外す。


──明日から夏休み。宿題は山ほどあるけれど、それでもどこか、心が軽くなる。


「おーい、湊ーっ!」


勢いよく教室のドアが開いて、黒髪の少年が元気よく入ってきた。


「おつかれー! 終わったな、1学期!」


小野寺 陸。


サッカー部でクラスのムードメーカーで、単純体育会系の馬鹿。


でも──俺には大事な親友、そんなヤツ。


「なー、腹減ってね? 昼、麺麺亭いこーぜ! ラーメン、ラーメン!」


「部活は?」


湊の問いに、陸は肋骨のあたりをさすりながら、ちょっとだけ苦笑した。


「今日はナシ。午後から新宿方面、大久保病院で肋骨の確認をね!! 秋の新人戦に向けて身体を完成させたいからさ」


そうだよな……


こう見えても責任感のあるヤツだし、夏の大会に出れなくて悔しかったのは、陸自身が本当に痛感しているはずだから。


「そっか……じゃあ、時間まで飯付き合うよ」


「サンキュー! いやー、ひとりだと退屈だから助かるわ」


ふっと、陸の表情が明るくなった。


まるで──何か楽しみなことを思い出したような。


「でさ、湊。そういや、すげーゲーム、始まったんだよ──今日、世界同時スタートのやつ」


「ゲーム……?」


「XR搭載のオンラインゲーム! 『Magic & World End Night』……通称“マーウィン” (M.W.E.N)聞いたことない?」


口角を上げた陸が、ポケットからスマホを取り出し、画面を見せてきた。


「これがな……マジ、ヤバいって。世界が変わるぞ、マジで」


──夏の始まり。


まだ誰も知らない、“世界の裏側”が少しずつ顔をのぞかせる──





麺麺亭は、昔ながらのラーメン屋だ。


夏の昼下がり、ガラガラと扉を開けると、店内には湯気と醤油の香りが満ちていた。


昭和っぽい木目のカウンター。厨房から聞こえる、トントントンというリズムのいい包丁の音。


壁に貼られた手書きメニューの隙間から、年季の入ったスピーカーが、少しかすれたラジオを流している。


『──本日12:00より、全世界同時XRイベント “M.W.E.N” がついに稼働開始! 新世代ゲームの幕開けに、世界が沸いています──』


「それそれ、それだよっ!!」


陸が、ラーメンどんぶり片手にテンションMAXで叫んだ。


「うるさいよ、店内で……」


湊が苦笑しながら、箸でメンマをつつく。


汗ばんだ額に風が気持ちよくて、冷たい水を一口すすると、ふっと気が抜ける。


「……ああ、マーウィンね。陸も始めたんだ?」


「おう。ってか、入院中ヒマすぎてさ。アプリ版やったら……もう、ガチでヤバかったわ」


ズズズッとラーメンを啜る音と共に、陸の顔が真剣になる。


「世界観もキャラも、マジで“生きてる”感じなんだよ。NPCが普通に悩んでて、感情があって……。


俺、あれに殺されそうになった時、リアルに“死ぬ”って思ったもん」


「だよな。XR版だとよりリアルって聞くけど……面白いが勝るんじゃね!?」


「そうそう!! だから──」


陸はポケットから、銀色に光る紙チケットを取り出した。


「──当たったんだよ、これ」


湊が受け取ったそれには、こんな文字が印刷されていた。


> 『XR・M.W.E.N先行体験券(3名1組)』

>

>

> 新宿グランドセレム(GS)店 2025年7月19日(土)13:00〜枠

>


「すげぇ……。これ、抽選倍率高いやつだろ?」


「マジで奇跡だったわ。


でもさ──最低でも3人いないとパーティー組めないんだよ。で、お前は確定でしょ? あと1人……」


そう言って、**陸にノゾミが話しかけてきた。**





「陸さん──でしたら、私も参加していいですか?」


湊のスマホに映し出されたAR通話画面の中。


ノゾミが、優しい笑顔で言葉を重ねる。


「実は……湊とアプリ版で、すでに何度か一緒にプレイしているんですよ」


「えっ? 嘘だろ……ノゾミちゃんもやってたのかよ〜!?♪」


陸の顔がパァッと明るくなる。


「なら話が早いなぁ! ちなみにクラスは!? クラス!!」


「魔降技師だよ」


湊が代わりに答える。


「俺がアーチャーで、ノゾミが……あのレアなクラス。“魔降技師”ってやつ。完全な後方支援型だから、ガンガン攻めても安心なんだよ。


おかげでけっこう無双できてるんだよね、俺たち」


「魔降技師!? やっば……あれ、超希少職じゃん。ってか、あれAIしか扱えないとか言われてなかった?」


「はい、そのとおりです」


ノゾミが微笑みながら、静かに言葉を継ぐ。


「私達AIは、情報収集・分析・予測などを得意としています。


ですから、前線で戦うよりも、後方からチーム全体を支援する役割の方が適しているんです。


戦況を常に把握し、必要な支援を最適なタイミングで送る──それが、私の戦い方です」


「なるほど……なんか、ノゾミちゃんが言うと説得力すごいな……」


陸はラーメンをすすりながら、すっかり引き込まれた様子でうなずいた。


「じゃあ、もう完璧じゃん!


前衛:俺、バリバリのソーダー! 中距離:湊のアーチャー! そして後方支援:ノゾミちゃん! これは勝ったわ!!」


「はは……気が早いな」


湊が笑うと、ノゾミも目を細めた。


「えへへへ。じゃあ♪私は新宿GS店のシステムにログインしておくね。


陸さん、チケットの裏側の先行IDを湊の携帯に3人分送って下さい!


その方がスムーズに入場出来るように手配しておきますので」


AR通話の画面がふっと消え、湊と陸は顔を見合わせる。


「……なんか、ますますゲームって感じしねぇな」


「うん。でも、だからこそ──行ってみたい気がする」


「だな。じゃ、ラーメン食ったら、冒険スタートだ!!」


湯気の立ち上るどんぶりの向こうに、


確かに“現実とはちょっと違う夏”が、微かに揺れて見えた。





午後0時56分、新宿駅・南口。


アスファルトの照り返しに、じんわりと足の裏が焼けるような感覚がした。


「うわ、あっつ……やべ、溶けるってコレ」


Tシャツの襟元を引っ張りながら、陸がひとり言のように呟く。


タオルを首に巻いたまま、信号待ちの横断歩道で立ち止まると、コンビニで買った炭酸水を一気にあおった。


「お前、せっかくラーメン食ったばっかなのに……よく飲めるな、それ」


湊は隣で肩をすくめながら、ペットボトルのお茶をひとくちだけ口に含んだ。


人の波、クラクション、海外の観光客の会話、巨大ビジョンのCM──


街は相変わらず、現実という名の“騒がしさ”に満ちていた。


「……このあたり、すげー久しぶりかも」


「病院、大久保だろ? 新大久保のあっち行く感じか?」


「ああ、午後から肋骨の確認。秋の新人戦に向けて身体、完成させたいからさ」


そう言って、陸は軽く自分の脇腹をさすった。


夏の大会──。


予選すら出場できなかった悔しさを、あいつはたぶん、冗談にすらできないほど飲み込んでた。


「……復帰、楽しみにしてる。ノゾミと応援に行ってやるから、絶対に勝てよ!」


「湊……ありがとうなぁ。でもその前に、ま…まずは“冒険”だぜ?」


陸がグッと親指を立てる。その笑顔に、湊は少しだけ気持ちを緩めた。


──ピコン。


スマホの画面が一瞬だけ光り、小さなウィンドウが浮かび上がった。


ノゾミ


「お二人とも、そろそろ店舗前に着くころでしょうか?私はすでにログイン済みです♪


入場ゲートで、AIサポートキャスト“シエル”が待機してくれていますので、迷ったら名前を呼んでみてくださいね」


「……もう完全に、現実じゃねぇなこれ」


「まだだよ。俺たちは“まだ”現実にいる」


そう呟いた湊の目に、新宿駅前の巨大ビジョンが映り込んだ。


『M.W.E.N XR:本日よりグランドセレム店舗にて稼働開始──』


まるで世界が、次のステージへ進む合図みたいに。


その瞬間、信号が青に変わった。


「行こう、陸」


「おう、3人目の仲間が待ってるぜ!」


交差点を渡る彼らの足元には、もはや「現実」と「仮想」の境目が曖昧になっていく、そんな気配が確かにあった──。





次回!!

湊、ノゾミ、陸に待ち受ける世界とは!??


『君恋』夏休み譚:マーウィン編!!スタート!!!


予想不可能な新感覚!?


『君恋』の歯車を大きく進める出来事とは!??


是非、次回もお楽しみください🎶

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