第22話 浴衣を買いに行こう
村のお祭りに参加した次の日。
「昨日は一緒に屋台を回れなかったし、ちょっと遠くでやる夏祭りに一緒に行かない?」
「いいね。…うん、楽しみ」
「…だね」
夏祭りと聞き、昨日の夜の恥ずかしい思い出が蘇って苦しくなるが…なんとか2人で夏祭りに行くことが決まった。
ただ、そうなると恥ずかしい以外に問題がある。
「私、知っての通り何も持ってきてないから、ホミの私服を借りることになるけど…いい?」
そう、当日着ていく服がないのだ。
昨日のお祭りは、浴衣を着てやるようなお祭りではなく地域の集まりのようなもの。
それに対してホミが誘ってくれた夏祭りは友達やカップルで行くようなお祭り。
せっかくホミと一緒に行くなら、どうせなら浴衣で行きたい。
「そうだね。ちょっとついて来て」
ホミに呼ばれて二階の物置部屋にやってくる。
空調が効いていないので、真夏の体育館のように蒸し暑いが…そんな事で弱音は吐いていられない。
物置部屋の、様々な衣類が片付けられている場所を漁るホミ。
実に沢山の服が出てきて、ちょっと困惑したけど…昔、それも数年前までお爺さんお婆さんが住んでいたとは思えないほど、その2人の衣類がない。
作業着とかは残ってるけど…私服はもちろん、冠婚葬祭用の喪服?やスーツ、昔さ全開の和服みたいなものも一切見つからない。
あるのはそう、ホミの服だけだ。
「う〜ん…やっぱり無いか。買わないとダメだね」
「えっ!?」
「お婆ちゃんの浴衣があるかなと思ったけど…服とかの私物は、基本全部捨てたか売っちゃったからね…」
「そ、そうなんだ…じゃあ、余所行きのちょっとオシャレな服でも…」
「それはダメ!!」
浴衣は諦めて余所行き用のおしゃれ着でも良いかなと思ったけれど、ホミが詰め寄ってきた。
「私はサカイと浴衣を着て行きたい。買いに行くよ!」
「あの、お金は…」
「もちろん私が出すよ。この前のお駄賃があるからね」
「お駄賃?」
「祭りの準備で2人だけでお供え物を集めて回ったでしょ?あのお駄賃…というか、お小遣いだね」
「へぇ~?いくらもらえたの?」
「2人で5万円」
「…そ、そんなに貰えたんだ…」
1人2万5千円も貰えたんだ…
結構な額じゃない?
とても、お駄賃って感じの額じゃないんだけど。
「私たち2人にお供え物集めを押し付けた罰として、あの場にいた男性たちのお小遣いから引いたらしいよ。本来ならもっと貰ってもいいんだけど…流石に可哀想だから、このくらいにしておいてあげた」
「そ、そうなんだ…」
「けど、今後の事を考えるならこういう時用の貯えがあった方がいいか……ちょっと待っててね?」
一階に戻ってくると、ホミは固定電話からいろいろなところへ電話をかけ始めた。
なんか物騒な話をしてる気もしなくもないけど…気にしたらよくない気もするので、聞かなかったことに。
電話が終わると『ちょっとそこまで』と言って、どこかへ行ってしまうホミ。
…な~んかよからぬことを企んでいるように見えるけど…まあ、見なかったことにしよう。
居間でゴロゴロしてホミが帰ってくるのを待っていると、30分ほどでホミは帰ってきた。
…沢山の封筒をもって。
「ただいま。これで浴衣が買えるよ」
「……それは?」
「私たちだけにお供え物集めをさせた罰の追加徴収と、村の女性たちの怒りだよ」
「…?」
「浮気は良くないよね。うんうん」
「あぁ…そういう…」
哀れ村の男性陣。
ホミが魅力的すぎるばかりに、こんなに絞られちゃって…
こうして考えると、ホミってしっかり悪女だね。
…このために来年もやっぱり『巫女舞』に出てもらおうかな?
「とりあえず、さっき言ってた5万円があればかなりいいものまで買えるだろうし、石山さんには話をつけてあるから…行こうか?」
「うん。ありがとう、ホミ。…そして、まだ名も知らぬ村のおじさま方」
「あの人たちに感謝することはないよ。自業自得」
「辛辣だなぁ」
ホミにせかされておしゃれをすると、石山さんの家に行く。
すでに待機していた石山さんに車に乗せてもらって、家から結構離れたところまで送ってもらう。
そこは…この近辺では繁華街と言えそうな場所で、左右の窓を見て景色を楽しんでいる限り、全てのものを取り扱う店がありそうだ。
無いものがあるとすれば、ゲームセンターとかそういうのだね。
色々なお店が立ち並ぶ繁華街的な場所の、着物屋さんと思われる店の駐車場に車を止めてもらうと、私たちと石山さんは別々で服を見て回ることになった。
「なにがいいかなぁ…」
「サカイのイメージカラーか……なんだろう?」
「自分でもわかんないかな。…何でもない人間だからさ」
所詮私なんてそんなもの。
いざ浴衣を選ぶとなって、何が自分に合うのか全く分からない。
そもそも、こういう時私と同年代の女子がどんな浴衣を着るのかも謎だ。
だから…まあ、馬鹿みたいに無難な朝顔の浴衣にすることにした。
「朝顔か……ふふっ」
「何で笑うの?」
「朝顔って…朝私に起こされないと、10時くらいまで寝てるようなサカイが朝顔って…ぷぷぷ」
「んなっ!?ほ、ホミが居るのがいけないんだよ!至れり尽くせりすぎて自分から何かできないだけ!その気になれば私だって自分で6時くらいに起きられるし!」
「必死だねぇ?」
「くっ…!じゃあやめ――」
「あらあら…友達は大切にしなきゃダメよ?」
朝顔の浴衣を返そうとして他の浴衣に手を伸ばした時、石山さんがニコニコしながらやってきた。
そして、私の持つ朝顔の浴衣を見てより優しい笑みでニコニコと笑う。
「朝顔ね…確か花言葉は『愛情』『結束』とかだったかしら?」
「愛情…ですか…」
「ええ。それも色ごとに違う花言葉を持っているのだけど…『儚い恋』の類語ばかりだった気がするわ」
「…っ!」
儚い恋…
それを聞いて、ドキッとしてしまうのは…きっとホミのせいだ。
けれど、私の恋は…そんなに簡単に消えてしまうものだとは思えない。
…まあ、成就する確信も長続きする確信もない。
だからなのかな?
「青と白とピンクの朝顔ね?今ここで調べてもいいかしら?」
「別に私は構いませんけど…」
「ありがとう。えーっと、朝顔、と……出たわ。青の朝顔の花言葉は『短い愛』『儚い恋』ね」
「そう、ですか…」
「白は『あふれる喜び』『固い絆』。ピンクは『安らぎに満ち足りた気分』。う~ん、やっぱりメルヘンな花言葉が多いわね」
…どうしてそんなに寂しい花言葉が多いんだろう?
朝顔なんて、明るい夏の定番でひまわりと並ぶ夏の顔ともいえる花なのに…
「朝顔は、朝に咲いて昼には枯れちゃう儚い花だからね。まあ、そんなだから小学生を早起きさせるために、朝顔観察日記なんて宿題があるんだろうね」
「あれそういうことなの?でも、確かに早起きさせられた記憶…」
「ふふふ、小学生なんてそういうものよ。…ところでその浴衣だけど、サカイさんにはぴったりだと思うの」
「え?そうですか?」
朝顔の浴衣。
花言葉を聞く限り、私はあまりいい気分にはなれない。
白とピンクはいいかもしれないけど、青の花言葉が足を引っ張っている。
…ホミへの思いが、『短い愛』で『儚い恋』だなんて思いたくない自分がいるから。
「何なら、もう一着朝顔の浴衣を買ってもいいと思うわ。青は何とも言えないけど…少なくとも、白とピンクは2人にぴったりな花言葉だと思うわよ?」
「私たちにぴったり?」
「愛情と結束、あふれる喜びと安らぎに満ち足りた気分。2人の関係そのままね。テレビで見るような、漫画で見るような恋路とは遠いかもだけど…そういう恋愛も、アリだと思うわ」
夢見る乙女のように語る石山さん。
その話に聞き入っていたけれど……いざ私たちの会話のターンが回ってきて冷静になると、すごく気恥ずかしい。
……んん?あれ?
「そ、そういう恋愛って!私たちの関係をなんだと思ってるんですか!?」
「さ、サカイはホントに世話の焼けるめんどくさい同居人ですよ!す、すすす、好きだなんてそんな!!」
「あらあら~…」
恵まれた、ザ・母親という雰囲気で『あらあら』『うふふふ』と言って、のらりくらりと躱す石山さん。
必死に弁明するけど、まるで聞いてくれないし相手にされない。
説得は諦めて、こっちから関係を明言することはなく……かと言って、石山さんの言った二人で朝顔の浴衣を着るのは魅力的な考えだと思う。
結局、石山さんの掌の上でコロコロ転がされて朝顔の浴衣を2着買うことに。
ただ、この浴衣は思っていたよりも良いものらしく、お会計が5万円を超えたのでやっぱりやめようかとなったけど…
「青春ね…まけてあげる。5万円ちょうどでいいわよ」
「青春ですよね~?羨ましい」
「全く、店でイチャイチャしちゃって…若い子はいいわね」
「「~~っ!!!」」
石山さんとたった1人で店を回している店員さんに温かい目で見られて恥ずかしいことこの上ない。
こんなにいい浴衣を少しだけ安く買えた代償がそれならば……恥ずかしいけど、得をしたと思うべきなのかな?
そんなことを考えながら浴衣が梱包されるのを見ていると、石山さんと店員のおばさんが楽しそうに話し始めた。
「ありがとうね。相変わらず商売上手な子だよ」
「伯母さんほどじゃないですよ。また連れてきますね。今度はお正月前とかに」
「「…ん?」」
伯母さん…?
いや、おばさんの聞き間違いだよね。
うんうん。
「たまにはあの愚弟のところに顔を出してあげなよ。蝶よ花よと育てた可愛い娘になかなか会えないのは、寂しいと思うからね」
「そうですねぇ…お盆には帰るつもりですよ」
「「………」」
「…随分怖い目で睨まれてるね。はい、できたよ。毎度あり」
ニッコニコで浴衣の入った袋を手渡してくれるおばさん。
…嵌められた。
この2人グルだ。
ここに来る途中に、暇だったから久しぶりにスマホを開いて浴衣の値段を調べてみたけど、ネットだと5千円~1万円ちょっとだった。
なのに2着で5万円超えって…これやられたよね?間違いなく。
「…人は見かけによらないね、ホミ」
「…ね?ニコニコしてる人ほど怖いんだよ、サカイ」
いい笑顔の悪魔二人に嵌められた私たちは、何とも言えない気分でお店を出た。
流石にこのままタダで帰るわけにはいかないので、2人で説得して石山さんにお昼をおごってもらった。
レストランで食べるオムライスはとてもおいしくて、少しだけ気分がよくなったけど…その隙を突かれないように常に気を張って家まで送ってもらった。
「和服とかが欲しい時はまた言ってね?」
「「はい。でも2度と石山さんの意見は参考にしません」」
「息ピッタリね。お幸せに」
「「私たちは“まだ”違うのでッ!!」」
「うふふふ…」
今日の収穫は、この綺麗な浴衣を買えたことと…洋服とかを買う時は人に流されちゃダメだと勉強できたことかな…
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